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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い
01坂本和也が描く「明日へのカタチ」

騎手生活を終え、調教師人生への第一歩を踏みだした坂本和也。

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    坂本 和也プロフィール

新年すぐに開業を迎えて、新厩舎の土台づくりに奔走する彼のなかには、
すでに太く、強固な未来像が見えている。
産声を上げたばかりの坂本厩舎の明日へのカタチ、彼が思い描くビジョンとは――。

考えるより、まず行動

 9月26日のレースを最後に、騎手坂本和也は現役生活にピリオドを打った。
22年5ヵ月、生涯成績11037戦926勝。ラストランを終えた彼に騎手への未練はあったのだろうか。

 

「ないと言ったらウソになりますけど……」と前置きして、これまで耐えてきた減量と
20年間苦しめられてきた(いまもつづいている)膝の故障について語った。

 

「若いうちは筋力でカバーできていたけど、トシとともに歩くだけでも痛くなりだした。
馬に乗ってゲートが開く前まではアブミを踏まないようにしたり、
できるだけ痛みを感じないようにしてから走り出す。そんな具合でしたね」

 

 変形性左膝関節炎。二度の手術に耐え、医者から「騎手を続けるのは難しい」と言われながらの20年だった。
調教師試験を受けようと考え始めたのは、自らの限界を悟ったここ1年ほど前のことだという。

 

「競馬場を取り巻く環境という面では厳しい状況であるのは事実。でも、これと決めた志を信じて試験を受けました。
とりあえず、これからは自分の歩く道に向かって一歩足を踏みだす。
いまはそうやって事を進めています。実際のところまだ始まってもいないんですよ。まだ土台づくりの段階です」

 

 土台づくりのいまだからこそガムシャラに動かないとダメだと自分に言い聞かせ、
精力的に取り組んでいる真っ最中である。

 

 騎手引退後は岡山エイシン牧場に1ヵ月間の研修に出かけた。基本的な馬の育成法、飼料の配合、
厩舎管理のことなどを学ぶためだが、それが土台づくりの基盤になることを彼は熟知している。

 

「それと、牧場に行くと生産者やいろんな調教師さんと出会えるんです。
少しでも自分のことをアピールできる場だと思ってます。いまはつねに行動です。考えるより、まず行動。
何かを始めようとするときは誰だって悩むじゃないですか。ぼくも何をしていいのか分からないときがある。
それでも、関係者の方に電話かけて挨拶に行ったり紹介してもらったりして、とにかく自分をアピールする。
乗り役のときからそれは変わらないです。アピールすることから始まると思ってますから」

 

坂本ファミリーの力量

 馬の知識を修得することと自己アピール、それに加えて、馬と接する日々のなかで大事なのは柔軟性だと感じている。
「自分のやり方がこうだから必ずこうなるというんじゃないんですよね、生き物が相手だから。馬にはそれぞれ個性が
あるわけだから、その個性に合わせてこっちの考え方を変えなければいけないことがある。
固定観念にしばられず柔軟性をもっと養うことも必要。でも、基盤というのはやっぱりしっかりしていなかったら
ダメだと思うし、その基盤の枠のなかでフレキシブルに対応することが大事だと思ってます。
自分のやってることが決して正しい訳じゃないしね」

 

 開業まで3ヵ月という短期間のなかで、やるべきことはいっぱいある。一国一城の主になったとはいえ、
いまはまだ名ばかりだ。師匠である橋本忠男調教師にアドバイスを仰ぎ、分からないことは恥ずかしがらずに
先輩調教師に教えてもらう。彼の人柄の柔らかさ、素直さは現役時代とかわることはない。

 

「手本にしている調教師は?」と訊ねると、「自分を育ててくれた橋本忠男先生」だと率直な答えが返ってきた。
「ぼくの基本になっているのは橋本忠男先生です。ほかにも凄い先生はたくさんおられますが、
ぼくはそれらの先生方からいいところを盗み取るよう努めています」と、答えは優等生的だが、
一方でこれから闘いを挑む勝負師としての覚悟が、感じられて小気味いい。

 

 開業当初は管理馬8頭、厩務員2人でスタートする。厩舎のモットーは〈馬と厩務員は自分の家族〉。
「人にそれを言うと、そんな綺麗事できるかいなと言われるんですけど、ぼくの主義はそれなんです。
そういう厩舎づくりをしたい。厩務員さんに対して頭ごなしに言うことだけはしたくないんです。
みんなの意見を聞く場をつくってコミュニケーションをとりたい。厩務員さんとフランクに会話することでカベがなくなる。
そういう厩舎づくりをめざします」。坂本ファミリーの力量が問われるのはこれからだ。

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