なんといっても吉村智洋の魅力は息長く追えるずば抜けたスタミナにある。あのフィジカルの強さは…?
彼は中学の3年間、陸上部で長距離を走っていた。
また部活とはべつに、体育の教師だった父親からきびしい鍛錬を求められたという。
「登校する前に朝から走ってましたし、休みの日は父親が一緒に山へ走りに行ってくれました。
父親はメチャメチャきびしかったです」。レースで息長く追える心肺機能の強さが、その時期に培われたようだ。
そして、騎手デビュー後も足腰の強化に取り組み頑健な身体をつくってきた。
「昔からそうですけど、自分の身体をいじめるのは全然苦じゃないんです。
デビューして4、5年ぐらいはジムにいってトレーニングしてました。
それも限界ギリギリまでやらないと気がすまない」。
重い荷物を足で押し上げるマシーン相手に、吐きそうになるまでいじめ抜く。
そこまでやらないと強くなれないと自分に言い聞かせていた。
「いまの若手は身体を鍛えるようなことしてないんじゃないですか。だいたい夏場になったら分かります、
こいつは鍛えてないなって」。彼が後輩ジョッキーたちを見て物足りなさを感じるのは当然だろう。
吉村がストイックに、コツコツ努力を積み重ねるタイプであることは、デビュー以降の成績をみればよくわかる。
デビューした年(2002年)の9勝にはじまり15、25、51、64、75…と一年一年勝ち鞍をふやし、
100勝到達までに12年かかっている。
「デビュー当時は上位騎手の顔ぶれがすごかった時代でしたから、乗り鞍すらほとんどなかったです。
その頃に身体を鍛えましたし、ずっと我慢の時代でしたよね。
そういう時期は正直キツかったですけど、うちの先生(橋本忠男調教師)を信じていました」。
ここで辛抱して、耐えて、真面目に努力すればいつかチャンスが与えられる――
本命馬を乗せ替えられたことも当然何度もあったが、しかし恩師への信頼が揺らぐことはなかった。
彼の乗り馬エイシンプレジャー(牡5・橋本忠男厩舎)の活躍がめざましい。JRAから移籍して園田で10連勝。
しかも、一人の騎手で乗り替わりなしでの10連勝は近年珍しい快挙といえる。
晴れてオープン馬となり、強豪との対戦が楽しみだ。
「あの馬のいいところは折り合いがつけやすいところ。で、行け!って言ったらピュッと反応する。
はじめて馬場に入ったときから飛びが全然違った」と、ぞっこん惚れ込んでいる。
同馬とのコンビは2013年11月から約1年半だが、とりわけ昨年7勝目を挙げたレースが忘れられないという。
「休み明けのB2クラスのレースでしたっけ、半馬身差でなんとか勝てたんです。
4コーナーをまわってマスソングウインドという馬とマッチレースになって。
一瞬、きょうは負けると思った。でも最後はよく辛抱してくれました。
あのレース、重賞を勝つよりうれしかったですね」
最後に重賞を勝ってから(2011年園田チャレンジカップ)4年が経つだけに、
ひさびさにめぐり会えたパートナーで重賞を獲りたいという思いは強い。
そこには吉村を信頼して馬を任せている橋本師への恩返しの気持ちがこめられている。
「努力は裏切らない」「努力にまさる天才なし」という格言を、取材のなかで吉村は何度も口にした。
真面目にやっていれば必ずそれをみてくれている人がいる、
彼のなかでその信念がくつがえることははい。ときにユーモアをまじえ、軽やかにハキハキと受け答えする姿が、
どこかメジャー入りめざして頑張っている川崎宗則選手と重なって見える。
どちらも努力家で、楽天的で、愛嬌がある。
ジョッキーをつづけていくうえで一番大事なものは?という質問に、吉村は「気持ちだ」と答える。
直線での追い合い、勝ちたいとより強く思っているほうが勝利に近づく。
「最後はゴール板過ぎてから落馬してもいいというぐらいガムシャラに追えばいいんです。
そういう気持ちだけは誰にも負けたくないですね」
今年は勝ち星のバラつきもなくなり、レース中にまわりを気にするクセも解消されつつある。
騎乗回数がふえたことが勝ち鞍につながり、レース中の不安が払拭されたことが大きいようだ。
年間200勝というのはさておき、今年の吉村智洋はこれまでとはちがうぞ、というものをみせてくれるのではないか。
話を聞いていて期待が膨らんできた。エイシンプレジャーを最強パートナーに、
ひと皮むけた中堅ジョッキーの活躍が楽しみである。
文:大山健輔
写真:斎藤寿一