「1勝1勝を必死になってもぎ取ってきた、その日々の連続だった」と、10年をふり返って言う。
かつては自分の判断ミスによる出走から、競走中止という悲しい目に遭わせてしまった馬もいた。
そうした判断力を含め、10年の歳月から学んだものは大きい。「いい経験をさせてもらったと思っています。
あっという間の10年間でした。数字的にも(通算)500勝が迫っているので、
つぎの10年は飛躍の10年にしたい」と決意を口にする。
父親ゆずりの職人肌。人柄がよくてマジメで、馬づくりに取り組む熱意は誰にも負けない、という自負もある。
反面、そういう職人かたぎの弱点として、自分を売り込むのが苦手だという一面がある。
友貴師にもその傾向が見られ、まわりを押しのけ自己を顕示するタイプではないように思う。
馬主へのアピールにしても、自厩舎を売り込むための饒舌さや目立ったパフォーマンスがときには必要なのだろうが、
友貴師にそれを求めるのは酷なのかも知れない。
調教師としてやっと一人前になれたと思ったのはいつですか、という質問に「自分が一人前の調教師だと思ったことは
ない」。即座に言い切った。足りないものの第一が「馬に対する洞察力」だと自己認識している。
「一頭一頭の馬が、いまはどういう状態で、何を欲していて、どうすれば良くなるのか――それを探る力、
見抜く眼――それをもっと的確に汲み取れるようにならないといけない。
洞察力を養って正確な判断ができる調教師になりたいですね。おやじから教えられたように、
たとえ乗らない馬でも馬房に入っていって朝晩、脚を触って身体を見て確認はしているつもりなんですけど。
でもまあ、結果的に間違っていたなあということが多いですから…。
それができるようになれば馬の成績も上がるんじゃないかと思ってます。おやじはたしかにそういう力を持っていました。
恥ずかしいですけどいまだに勝てないです」。この謙虚さが、向学心を高める大事な要素なのだと思う。
友貴師が重要視するファクターの一つにエサの配合、食餌の量に関してのことがある。
強い馬づくりについてのテキストや資料があまり出廻っていないことから、人間のスポーツ医学や
アスリート育成法などの本を読み、そこから応用できるヒントを見つけるのだという。
エサの配合や分量に関しては憲一郎氏も独自の考えを持っていたようで、カロリーを与えすぎず、
人間で言う「腹七分目健康法」のようなやり方を実践していたらしい。
「カロリーを多く与えるほど筋肉がついてよく走るという考え方がたしかにあるんですけれど、それだけではないなと。
むやみに高カロリーを与えず、はやりのサプリメントだとか濃厚飼料にたよらずに、
本来の草食動物としての草中心の飼料……いま考えればおやじは腸内環境にまで配慮したエサの配合をやっていたように
思います。スポーツ選手と競走馬、どちらも同じ動物。テキストが少ないので人間の分野から使えそうなものは
使いたいですし、試行錯誤していくのも面白いなと思うんです」
半年前から実際にデータをとりはじめ、何頭か実験的に試している馬がいるというから、
どんな栄養理論が生まれるか楽しみにしたい。
通常、自厩舎の馬が出走する際、ほとんどの調教師は調教師控室(検量室の2階)でレースを見守るのだが、
友貴師は馬場に降りてゲートインに立ち会うのを常としている。ゲート入りを嫌う馬、スタートの出がわるい馬に
寄り添いフォローするためである。後ろから見て立ち方がわるければお尻を押して体勢を立て直す。
「わるい体勢のままスタートすると明らかに不利。差し馬ならまだいいんですけど、前にこだわって行きたい馬だと
大きく響きますから」。レース直前の細やかなチェックをおろそかにしないトレーナーの姿がスタッフ(厩務員)に
どんな影響を与えるか、じつはその意味合いが大きいのだ。「そこから何かを感じ取ってほしい。
それがモチベーションを上げるきっかけになれば…」と考えている。
友貴師の熱心さはレース後にもあらわれていて、騎乗したジョッキーと一緒に検量室でレースをこまめにチェックする。
「レース前にやってきたプロセスと、つぎに勝つための要素が凝縮されているのがレースだと思うんです。
自分に騎手経験がないぶん、人一倍真剣に分析します」検量室には場内モニターでは見られない
パトロールビデオ(タテからの映像)があるので、どんなコース取りをしていたかがよくわかるらしい。
最後にリーディングトレーナーについて訊いた。リーディングを狙うためには総合的な厩舎力アップが必須条件である。
馬の管理育成、スタッフの充実、優秀な馬を獲得するための営業力。どれひとつ欠けても上位進出は叶わない。
「3つの要素のうち一つだけが飛びぬけていても歯車はかみ合わないと思うんです。でも勝負事なんで、
いい馬がいて勝ちだすと厩舎の雰囲気もスタッフのモチベーションも上がってくる。
勝つことによって馬への接し方が良くなったりだとか……好循環が生まれてくると思うんです。
何か一つのきっかけで好循環が生まれ、いい雰囲気で、成績も付いてくるというのが勝負事であり、
競馬であると思っています。先ほどの馬集めもそうですし、ぼく自身の技量のこともそうですし、そのへんが噛み合えば
リーディングも決して現実離れした目標ではないと思います。近い将来の一つの目標に位置付けてやっていきたい」
年間の勝利数やランキングは厩舎の格付けの指標であり、ひいては営業力に関わってくる重要な要素なので
おろそかにできない。「ですから現在の成績を持続していって、さらに上げていかないといけない。
年間60で行くと、月最低でも5勝。それは意識してやっています。さらにそこからだと思うんです」
友貴師が胸に秘めた信条は骨太の探究心と志の高さだ。父が成し得たように、自厩舎デビューの馬から重賞を
何度も制するスターホースを育て上げたい、その理想に向かって――競走馬を取り巻く環境の変化に対応しながらも、
森澤家のDNAにこだわりつつ、てっぺんめざして挑戦はつづいていく。
文:大山健輔
写真:斎藤寿一