37歳の若さで、厩舎開業4年目にしてリーディングトレーナーというのは、おそらく兵庫県で最年少最速の記録であろう。
しかも勝ち鞍を100勝の大台にのせるオマケ付き。記録づくしのパーフェクト制覇といって差しつかえない。
「率直なところほっとした、それだけですね…」
普段からクールな新子雅司は、頂点に立った感想をあっさりクールに、ひとことで片づけた。
つねづね「いずれリーディングは獲れると思う。獲れるなら早いうに獲っておこう」と、強い意志をもって
競馬に取り組んできた男だから、この結果を想定内のこととして冷静に受けてとめているようだ。
ただ、100勝到達はさすがに想定外だったようで、年末ギリギリまでプレッシャーを感じていた。
勝ち鞍が85勝だった11月に、新子は某有名ジョッキーから「100をめざせ!」と喝をいれられたという。
「100は無理ですよ、1ヶ月で15勝は…」
「いや、大丈夫。お前ならできる」
「わかりました。じゃ、めざします」
そんなやりとりがあったらしい。某有名ジョッキーとは誰あろう、岩田康誠である。
「12月後半、だんだん100に近づくにつれてプレッシャーを感じはじめていました。まわりが変に意識しだしたし、
自分もおのずと意識しはじめた」。
リーディングを獲ることの重圧より100勝をクリアするというプレッシャーのほうがキツかったのはたしかで、
100勝目に到達したのは年末最終日のギリギリ、残り2レースという瀬戸際での快挙だった。
新子がこの欄に登場するのは二度目になる。前回、彼は月間6勝ペースが目標だと語っていたが、
昨年後半は月間10勝を上回るハイペースで数字を上げていった。彼の中で目標設定のハードルを上げたということか。
岩田と約束した手前、より一層奮起したともいいえる。
じつは一昨年(2014年)の新子厩舎の忘年会で、2015年の目標をスタッフ全員で話し合った折、
一人15勝の目標を設定していた。スタッフ6名が目標を達成すれば90勝になる。
「90勝てばリーディングが獲れるなという話をみんなでして、その目標をみんながクリアしてくれました。
達成した者にはボーナスを出すと宣言したんです。
15勝ってなかなかできないんですけど、思ったよりみんなにされちゃったもんで…
思わぬ出費に(笑)。まぁ、嬉しい出費でしたけどね」
2015年が新子雅司にとって輝かしい1年であったことには違いないが、一方で負の意味において
生涯忘れられることのできない年でもあった。厩舎の看板馬タガノジンガロが事故に見舞われたのは11月3日のこと。
「1年間必死でやってきたんですけど、11月にアクシデントがあって、そこからはつらい気持ちしかなかったですね」
と、無念の想いを明かす。大井競馬場でのレース中、タガノジンガロは急に失速し、大敗するも最後まで走りきったが、
その後厩舎地区内で心不全を起こし急死した。
「つらい気持ちというのは、やはり馬にしか癒してもらえないのかなと思って…。事故のあと、それまで以上に
必死に頑張ったところはあると思う。ジンガロにかぎらず、どんな馬でも事故で失うことはしたくない。
1頭でもそういう馬がでると、やっぱり満足できる1年だったとは言えないです」
看板馬を失ったからといって立ち止まることは許されない。
事故のあと、士気は下がることなく厩舎の結束力はより強まった。
開業から4年を経て、管理馬の質は確実に向上している。
「馬主さんも応援してくれるんで、そのぶん質のいい馬をやらせてもらってます」と新子は謙虚に言う。
素質のある馬を走る馬、強い馬に育て鍛えるのは厩舎力であり、
その能力を認めているからこそ馬主は応援してくれるのである。
それはとりもなおさずスタッフ全員の能力の高さの証明にほかならない。
1人15勝をクリアした昨年の実績をみれば明らかだ。
厩舎力を高める指導者としての手腕と統率力はどのように培われたものなのか。
「ぼくの考えでは、ぼくがスタッフを育てたというよりも、みんなで築きあげたという感じなんです。
ぼくは厩舎の親方(ボス)ではなく、どうちらかといえばリーダーというタイプ。
自分が率先して動くことでまわりのスタッグも動いてくれます」
新子雅司は率先垂範の人である。まず自分が動く。動いて手本をみせる。
それがはっきりあらわれているのが朝の調教である。午前1時前に馬場にでて8時半までずっと調教の具合を見守っている。
ただ見守るだけではない。自らが15頭以上乗って攻め馬をやる。
多いときは20頭。開業以来、この『スタイルは変わっていない。
自分を「ボスではなくリーダー」という所以なのだが、これは並大抵の努力で続けられるものではない。
「いや、努力というより、やっぱりちょっと怖いんですよ。ぼくはそんなに真面目な人間じゃないんで。
一度ラクしてしまうとズルズルとラクするほうにいってしまいそうで。
そういう自分の性格があるんで動けるうちは動いていたい。たぶんラクすることを覚えたら成績も落ちると思う。
その怖さがあります」
怖さに震え、脅(おび)えを感じつつ、ストイックに自己鍛錬に努める、新子雅司とはそういう男だ。