ところで、馬を育てるより人間を育てる方が難しい、とは多くの調教師からよく聞く話だ。
厩務員の質の向上という問題に関して、吉行師はこんな話をしてくれた。
名古屋のリーディングトレーナー角田(つのだ)調教師の言葉を人伝に聞いた話だと前置きして
――なぜ交流レースを多く廻るのかとたずねられたときに、角田師は厩務員の質を高めるためだと答えたらしい。
交流に参加している厩務員は優秀な人間が多い。しっかりとした人材を用意して遠征を廻る。
そういう選りすぐりの厩務員が集まっているから、自厩舎の厩務員にはいい勉強の場になるのだという。
「装鞍所で厩務員同士が会話を交わすなかに大事なヒントがいっぱいあるというわけやね。
飼葉(カイバ)の話をしたり、馬に関する情報を交換したり。いろいろ吸収できる場なんだと。
角田調教師の話を耳にして、そういう考えもあるんだ、面白いなと思いましたね。
うちの吉見(厩務員)も、遠征先では厩務員同士で飼葉の話や
トレーニング方法について話し合うことが多いって言ってた」
遠征は厩務員の感覚(センス)を磨く勉強の馬だという発想はユニークで面白い。
そうして、その考えに共鳴する吉行師自身が周囲の考え方、物の見方に対し
フレキシブルな姿勢を持ち合わせていることがよくわかる。
精力的で努力家であると同時に、調教師にはそうした精神の柔軟性も求められるのではないか。
さて、期待を寄せる2歳馬、なかでも「ガイアよりも数段格上」と言い切るヴィーナスの今後のプランは、
『園田プリンセスカップ(9月18日)』~『兵庫ジュニアグランプリ(11月26日)』が順当な路線だが、
吉行師はJRAで一度走らせたいという。
「9月のプリンセスカップのあとで芝のレースに挑戦させ、スピード競馬を経験させておきたい。
今年の3歳馬は結局(JRAに)行かなかったでしょ。だからヴィーナスは積極的に連れて行こうと思う。
今後に絶対いい影響が出るだろうし」
ガイアに限らず、3歳馬3頭を含め、いまやトーコー軍団は
「園田で使って負けるわけにはいかない」ところまでパワーアップした強力軍団。
他厩舎からマークされる格好のターゲットになっている。
それだけにオーナーから寄せられる信頼、ファンからの声援に応えるため重い責任を担って、
さらなる飛躍を誓う。勝ち星がすべての勝負の世界。
覚醒のときを迎えてトーコー軍団の“厩舎力”がいよいよ問われるときだ。
文:大山健輔
写真:斎藤寿一