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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い
田中範雄 調教師インタビュー02真のリーディングと園田競馬のビジョン

柔らかアタマの調教師が語る、
プロフェッショナルのこだわり。

田中 範雄プロフィール

曽和直榮師を追いかけて――

 昨年、自己最多95勝を挙げ二度目のリーディングトレーナーに輝いた。95勝に関しての満足度を訊くと
「厩(馬房数)がようけあったから勝てただけの話で、重きを置いていない」と自己評価は低い。
「リーディングというのは重賞も勝ち(昨年はインディウムの1勝のみ)、獲得賞金額も1位(昨年は3位。
吉行厩舎がトップ)にならないといけないんです。それで勝ち鞍もトップになるのが曽和(元調教師)さんの言う
リーディングなんですよ。これまでずっと曽和さんをめざしてきたからね。曽和調教師のカゲを追いかけてきたから。
あの人が言うように、トリプル制覇して初めてリーディングだと思う。だから実質は(リーディング16位ながら
重賞10勝&賞金王の)吉行厩舎がリーディングトレーナーだと思っています」

 

 「ぼくはずっと曽和さんを追いかけて目標にしてきた、会うとよくケンカしましたけど、あの人の調教師としての
仕事ぶりには敬意を払ってきました。だから、あの人に『よう頑張ったな』と言ってもらえる中身のある成績を残したい。
通算勝ち鞍も曽和さんの数字、1746勝を抜きたいよね、※65歳までに」と、
かつてのライバル調教師へのリスペクトを忘れてはいない。
※かつては65歳が定年。いまは延長が可能

 

 範雄師は、吉行厩舎のトーコー軍団に対抗できる有力馬が揃いつつあると自信を覗かせる。
3歳馬で5戦5勝のインディウム。好素質馬ダイリンエンド。バズーカの成長も目覚ましい。
「アルドラゴンのときのように外向けできる馬、園田の看板を背負っていく感じ、その第一段階が
やっとできたかなと思う。今年デビューの2歳馬も、自分の中では逸材を揃えたと自信を持っています。
吉行厩舎のトーコー軍団を超えてゆくのが自分のテーマ、課題やと思ってるので、
吉行には『もう今年までやで』とクギを刺してる(笑)」

 

 3歳馬を中心に“闘える布陣”が整いつつある現状を踏まえ、曽和師を追いかけたように「真のリーディングを
目指して今年、来年あたりをメドに頑張りたい」と明言した。

 

セリ場と牧場を歩く。場数を踏み、眼を鍛える。

 調教師の仕事で一番むずかしいのは何なのか、範雄師の考えを訊いた。
すると即座に「馬を選ぶこと」だと答えが返ってきた。
「仕入れですよ。どれだけいい馬を入れられるかです。仕入れを失敗した年は馬の成績が悪い。
少しイメージとズレたなと思うときは成績が上がっていない。一番大事なのは仕入れ」

 

 いい馬をセリ場で見抜く眼力をどう養うか。そのためにはセリ場と牧場を歩くこと。経験と場数が大事だという。
いい馬を見抜き、自分のなかの過去のデータと、走った馬のイメージとを照合し、
さらに馬の成長過程を予測するのが調教師の仕事だと。いい馬を仕入れることができれば厩舎の活気も違ってくる。
若い衆に働く意欲が湧いてくる。この相乗効果が何より大きいのである。

 

 「ぼくはセリ場では信頼している先輩の後ろをついて廻るようにしています。自分が目標としている、
セリ場で一番目の利く人の後ろをついて廻る。で、わからないことは必ず質問する。
自分が目をつけた馬は『この馬、どうですか』と訊いてみる。そういう先輩には礼を尽くすことも忘れません。
セリ場に行ったら必ず挨拶します。帰るときも『帰ります』と丁寧に挨拶する。それくらい例を尽くしてはじめて、
ひとつ教えてもらえると思っているから」

 

ヤンチャ時代の教訓から人生を学び、仕事に生かす。

 相手の立場になって考える、というのが範雄師を理解するうえでのキーワードだと思う。そして、日頃の人間関係で
礼儀を重んじることにも敏感だ。中元、歳暮ひとつをとってみても、デパートから適当な品を贈るというようなことは
しない。自分が食べて美味しいと思ったものしか贈らない。そこに大きな差が生じることを知っている。
人は年齢とともに頭がかたくなり柔軟性を失いがちになるものだが、範雄師はそうではない。
いいことはどんどん採り入れ、他人のいいところを貪欲に吸収する。アタマはつねに若く、みずみずしい。
そうした頭の柔らかさや細かな配慮といったものは天性のものではないらしい。過去に自分の生き方を
見直す分岐点となった、ある痛恨事があったから身についたものだという。
詳しくは書けないが、十代の頃にハメをはずし無軌道に突っ走った時期があったようだ。
「そのことが自分の転機になった」と明かしてくれた。その経験を経て克己心が芽生えたのだろう。
「生きることは大変なことや。これからは賢く生きよう」――そう胆に銘じた。

 

 範雄師にもヤンチャ時代があったと知ってちょっと驚いたが、いま振り返って考えれば、
あながちヤンチャも無駄ではなかったのではないか。仕事に対する厳しさや人間的なふところの深さは
過去のあやまちを教訓にして形成されるものかもしれない。

 

 取材の最後に、範雄師はファンサービスの重要性を重ねて語った。
「やっぱり、もっとファンの声を聞きたいよね。絶対データはファンからだと思う。まずファンからの声を聞いて、
そのなかから実現できるもの、できないものを分けていく作業が必要。ファンが要望するもののなかには、
意外と実行可能なものがあるんやから」

 

 今年62歳になる柔らかアタマの調教師は“ファンあってこその競馬場”を明確に位置づける。そうして、ここ1年、
あるいは2年計画で「真のリーディング、トリプル制覇をめざす」と宣言した。その潔さにエールを贈りたい。

 
 

文:大山健輔
写真:斎藤寿一

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