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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い
新子教師インタビュー02長距離ランナーの栄光と孤独

2015年リーディングトレーナー・新子雅司調教師

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一度獲ったものは渡したくない

 今年とくに期待している馬を訊くと、「期待してるといえば、すべての馬に期待してますね」。彼らしい答えだった。

 

 「タガノトリオンフは牝馬の千四なら負けないんじゃないかなと思います。
ビナスイートも短距離の重賞を狙っていきたい。アクロマティックは名古屋の梅見月杯を目指して調整中。
新春賞で1870mを勝ってくれたんでかなり(距離の)幅が広がった感じですかね」

 

 ざっと、こんな具合で「どの馬に期待するかって言われても、ホント、期待馬が多すぎて…」となる。
バカな質問をしたと、こっちが恥ずかしくなる。

 

 趣味といえるような趣味はないらしい。あえていえば仕事が趣味。昨夏からジムに通っているが、
これもストレス解消というよりは、あくまで体力維持が目的で仕事につながっている。

 

「ストレスを感じたことがないんですよ。自分を無理に抑えているってことがないんで。馬に乗っていたら愉しい。
なんか趣味みたいなもので、この馬をどう鍛えようって考えながら乗るのが愉しいんですね。
ゴルフの好きな人がゴルフに行っても疲れないじゃないですか、そういう感じ」

 

 仕事を離れて気晴らしする必要がないほど彼の日常はリラックスしている。
頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したように馬のことであふれかえっているが、その状態が愉しいのだ。

 

 さて、2015年を制覇したことで、新しい時代(新子時代)の到来と見る向きもあろう。
そのあたり、当の本人はどう感じているのか。リーディングをつづけることへの意気込みやいかに――。

 

「まぁ、一度獲ったものは人に渡したくないですし、何年連続が(兵庫県の)記録かは知らないですけど、
できるものならその記録を越えたいですね」

 

――いまの厩舎力を考えれば、長期政権だと思えてくる。

 

「そうなればいいんですけど…。どこで獲れるかなと思いながら開業からやってきましたけど、
1回獲ったらそうそう負けないんじゃないかなとは思いますね」

 

――つぎのターゲットは歴代最多勝利?

 

「そうですね、118勝を狙いたい」 ※兵庫県記録は1997年、森澤憲一郎調教師の118勝

 

 ――そのための課題は?

 

「課題はとくにないですね。昨年後半のペースでいけばラクにできる。まあ、どこがで(ペースが)落ちるときは
あると思うんですけど、いまやってる感じではそんなに大きく崩れることはないと思っています」

 

 自信にあふれた強気な発言は、クレバーで冷静沈着な新子雅司の面目躍如たるものがある。

 
 

2割の正解、8割の間違い

 トップに躍り出た新子に、まわりからは“ニューリーダーの旗手”の期待が高まるはずだ。
あとにつづく若い調教師たちをけん引することはトップの役目でもある。
「そうですね、その気持ちはあります。(若手の中で)ぼく一人が頑張ったって面白くないんで。
また、新人の調教師が頼ってきたときはいろいろ紹介したりもしますし。どこまでできるかわからないですけど、
やれることはやろうと思う」。世代交代の時期にさしかかった兵庫競馬の次代の担い手として今後、
彼はさまざまなカタチで期待と責任を背負うことになる。

 

 前回の取材で『ドバイワールドカップ』へのビジョンをあつく語っていたが、リーディングを獲得したことで
夢の実現に一歩前進したように思える。

 

「ドバイへの夢は持ちつづけてますよ。ただ、最近変わってきたなと思うのは、笑われなくなったこと」。
絵に描いた餅がそうではなくなってきた。そのことを周囲が認めだしたのだ。

 

「だから、セリに行ったときでも、冗談まじりに、さあ、ドバイへ行く馬を探そうか――って感じで喋りながら
探してますから。そのあたりはホント、必死で頑張ってきた証というか、
まあ、こういうこと言っても笑われなくなったなと。うれしいというか自信になりますね」

 

 これまでの4年間、いや、それ以前の騎手時代~7年余の厩務員時代を経て学んだ馬との接し方、
つくり方に違いなかったということだ。

 

 ところが、彼にいわせると、そうではないのだ。「馬って間違いだらけなんですよ」と、新子は言う。

 

「ただ勝ったからといって、それが正解かというとちがいますし、
自分のイメージしたとおり――馬体重から身体つきから追い切りの感じから――
レースにもっていってちゃんと走ってくれてこその正解だと思うんで。そういうことってあんまりないんですよ。
確実に間違いの方が多いですね。言っても勝率2割で凄い数字なわけで、いわば8割間違ってるわけですから」

 

 勝つことよりも、8割の間違い(ミス)をいかに少なくしていくかに重きを置いているところに彼の競馬観がみえてくる。
内容に目をつむり、ただ結果で喜んでいるうちは厩舎の成長はない、そう言いたげだ。
物事の本質を読みとる力が彼にはある。強い競走馬をつくるためには何に取り組むべきか。
それが調教師の仕事の本質であり、それが見えているから、その核(コア)に向かってまっすぐのレールを
敷くことができるのである。彼の競馬に対する価値基準に狂いはない。

 

 これから何十年という長い年月、新子雅司は競馬世界のフィールドを走りつづける長距離ランナーである。
ときに栄光の美酒に酔い、ときに失意の淵をさまよい、名誉と挫折をくりかえすことになる。
ひたむきに走るつづける長距離ランナーの孤独を愉しみつつ、理想の競馬に向かって長いレースはつづく。
園田競馬を見つづけるファンは、そんな勝負師の宿命に一喜一憂しながら、
稀代の名馬の誕生に夢を託しているのである。

 
 

文:大山健輔
写真:斎藤寿一

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