このプロジェクトの発足時、厩舎の反応は様々だった。
「よし、賞を狙うぞ!」と盛り上がるところもあれば、
「自分たちには関係ない」と関心を示さない厩舎もあった。
肌感覚的には7〜8割ほどが肯定的だったということだが、
その反応ほど、パドックで変わった様子は見られなかった。
実際には何かを変えたくても「どうしたらいいかが分からない」
という厩舎が多かったからだ。
そこで、兵庫ダービー当日には、
兵庫ダービーオリジナルの赤ネクタイを皆で着用し、
統一感を持ってパドックに臨むことにした。
これが功を奏したのか、Twitter 上にも
「今日初めて来たが、こんなに綺麗な競馬場だとは
思わなかった。好感が持てた」
「いつもこんなんだったらいいのに」
「なんだか園田じゃないみたい」
と好評価のコメントが並んだ。
審査基準は5項目。
厩務員の服装、馬の状態、馬の引き姿、色彩など全体の調和、
調教師の姿勢。調教師がきちんとパドックに姿を出しているか
どうかも審査対象になっていた。
この審査に関しても、第2回を行うにあたって
改善したところがある。
その厩舎関係者向け“⻄日本ダービーWEEK”では、
表彰の仕方を“個人”から“厩舎”に変えた。
第1回の兵庫ダービー時には、1レースごとに際立った
1人の厩務員を選んでいたが、 調教師の意識改革が大事
だという観点から、厩舎全体を評価することにしたのである。
評価対象期間を3日間に広げ、より広い視点で採点、
その取り組みの結果ごとに厩舎をクラス分け
(上から順に S、A、B、C)するというものに変更した。
ちなみに Sクラスは、その3日間だけでなく、普段からの
姿勢もチェックした上で決まるという。
元々、常日頃からきちんとしてほしいという目的で
やっている取り組みなので当然といえば当然と言えるが、
自分たちのやり方で慣れていた人たちにとっては、
なかなかすぐに意識を変えるということは難しいようだ。
ちなみにプロジェクトチームは
「園田金盃の時に全員 Sクラス」という目標を掲げているが、
果たして実現するのか、今から期待したいところである。
今回の審査で S クラスの認定を受けた
2人の調教師に話を聞いた。
まずは田村彰啓調教師。
「元々、競馬は紳士のスポーツといわれているぐらいなので、
美意識プロジェクトの話を最初に聞いたときも、
そんなに違和感はありませんでした。
ファンの方々も馬主の方々も、パドックの様子を見ているし、
プラスの部分しかないとは思いますけどね。
馬主会側も日本人の厩務員不足を感じていて、
ここで仕事がしたいと思える魅力的な環境にしなければ
という思いがあるんじゃないですか。
30年ほど前に生産や育成の牧場で
働いていたことがあるんですけど、その時、
牧場サイドの地方に対する偏見がすごかったんですよね。
外部の人たちって目に見える部分でしか評価しないから。
昔の話ですし、今は違うと思いますけど、
きちんとすることに越したことはないなと。
今回の美意識プロジェクトにあたって、
私の厩舎全体も服装を見直したといいますか、
シワが寄っていたシャツはきちんと直して出るとか、
そういうことはしましたね。
ただ私がなぜ S クラスなのかというのは疑問で。
たまたま私がダイエットした期間と重なったので、
その変化で評価されたのかなぁ。」
と終始恐縮しっぱなしの田村師。
ちなみに16キロ減のダイエットに成功したという。
「馬を調教している仕事をしていて、
馬も頑張っているんだから、
自分もやらないとと思いまして(笑)。
ただ、ネクタイとかだけが正装ではなく、
揃いの厩舎ジャンパーでも統一感と清潔感は出ると思いますし、
それにあくまで馬が主役なので、人より馬が評価されても
いいかなとは思います。」と今後の課題に触れ、言葉を結んだ。
一方、森澤友貴調教師は、
「私たちは普段から意識しているので、
普段の延⻑という感じで特別なことはしていません。
厩舎理念といいますか、小手先のテクニックではなく、
人間的にホースマンとして成⻑していって、
それが結果に結びつけばいいという考えをミーティングでも
共有していますので抵抗はなかったです。」
と、新しい取り組みとして好意的に受けとめているとした上で、
このあと課題も口にした。
第1回のときには、「日頃から意識の高い厩舎よりも
意外性や変化の大きさに惹かれて審査が行われたのではないか、
もっと正当な評価を」と、厩舎サイドから不満の声が出た
というが、森澤師もそう感じていた一人だ。
「イベントの盛り上げ、厩舎の意識向上という
元々の目的でいえば、仕方ないことかもしれませんが、
正直悔しいという思いがありましたね。
普段からきちんとしているところも見てもらいたいですし、
そもそも人よりも馬だと思うんです。
かつてアイルランドの厩舎にいたこともありますが、
ベストターンドアウト賞に輝いたスタッフにはボーナスが
与えられるなど、欧州は意識がそもそも高い。
そして本来のベストターンドアウト賞は磨き上げられた
馬の美しさを評価するもの。
今回のイベントにあたって、唯一意識したのは、
普段厩務員にやってもらっている馬体のブラッシングの
最後の仕上げを自分で行ったところです。
ただそれをどれだけ見てくれたか(苦笑)。
まだ立ち上がったばかりなので、
スタートとしては良かったと思いますが、
先々海外に匹敵するようなものにしようと思えば、
そういった意識に加えて、
審査する側の目というのもさらに求められますよね。
ただ、馬主協会が危機感をもって、
こういった企画を出したのは大きいと思います。
ネット販売による売上げがこのまま続くとも思わないし、
競馬場として何ができるかを総合的に考えないといけませんから。
そういう意味では本来、我々厩舎サイドからも
こういった声があがらないといけないとは思っています。」
こうした厩舎サイドの声を聞いて、
第2回では、1日ではなく3日間に審査期間を広げ、
かつ Sクラスはイベント期間以外も対象とするなど改善を
おこなったが、まだまだ課題は多い。
美意識プロジェクト側も「まだ立ち上がったばかりの企画
なのでご容赦いただいたところもあります。
ご指摘はごもっともで、
今後、回を重ねながら検討していきたい。」と話している。
地方競馬における公正確保の徹底の要請がきっかけで
見直された、ホースマンとしての美意識の改革。
身だしなみ、立ち振る舞いといった意識の改革は
兵庫県競馬にとどまるものではない。
「あくまで兵庫は叩き台、全国展開していくための
第一歩という位置付けです。
我々から地全協に思いを伝え、
そして地全協から全国に広がっていけば嬉しい。
5年から10年のスパンでやっていきたい。」
と発起人の池田さんは先を見据えていた。
県外への周知という意味では、
第2回が、兵庫、名古屋、笠松、金沢、高知、佐賀の
6場の関係者が一堂に会する⻄日本ダービー時に
行われたのも大きかった。
「地全協では年に一度、地方競馬の功労者を表彰する
NARグランプリを行うが、表彰されるのは調教師や騎手だけで
厩務員はない。
厩務員の良い所が表彰されてもいいのではないか。
将来的にはそこにもスポットを当てられたら。
“美意識プロジェクト”と名付けてはいるが、
これは本来、常識的なこと。
所詮は地方競馬と言われないためにも、
まずは兵庫全体の底上げをして、地方競馬全体の地位向上を
目指したい。」と、池田さんはこんな思いも口にしていた。
実際、今回の表彰式では厩務員から、
「自分たちにスポットライトが当たったのが新鮮。
裏方が見られたという喜びがある。
調教師もそんな厩務員の姿を見て喜んでいた。」
という言葉もあったという。
もうすでに第3回を計画中とのこと。
様々な課題を乗り越えながら、内外ともに美しくなっていく
兵庫県競馬を今後も楽しみにしたい。