吉田 だけどね、あの時代は寺嶋がおり花村がおり保利良次がその下におり、尾原だって乗り
方は凄かったと思う。そういう凄い連中がいっぱいおるから、そうは勝てない時代やっ
たよね。年間勝ち星で言うたら、ぼくの記憶に間違いがなければ219勝が一番多かっ
たと思うんや。
道夫 そうやったかな……。
吉田 あれっ?記憶力悪いな(笑)
学 記憶力じゃなくて、興味がないんですよ。自分の数字とかにね。
道夫 興味ないな。なんぼ勝ったとかゆうの、全然興味ない。
吉田 学くんもそう?
学 ぼくもそうですね。
道夫 相手が何勝してるから何勝して追い越さんといかんとか、そういうの興味ないね。ただ
自分が勝とうというのだけやから。だから人から言われて、ああ、そうなん?という感
じです。
吉田 学くんは騎手になってから「お父さん」って呼んだことある?
道夫 そういえば聞いたことないな(笑)
吉田 自分のお父さんに対してずっと「先生」やもんな。
学 なんか「お父さん」って言いにくいんです。
吉田 いまでも忘れらないのはね、あなたが中学生ぐらいやったと思う。道夫くんが大本命の
馬で3着になって戻ってきたときに、学くんが父親に向かって「ヘタクソ!」って言っ
た。憶えてる?それで言われたお父さんはムカッとする表情も何もない。ただ黙って、
負けて帰ってきた悔しさを噛みしめてた。
道夫 なんで負けたのか、あそこであんなことしたからかな……ああ、失敗したって……レー
スから上がってきたら、もうそんなことばっかり考えてるもんな。
学 一馬身差ぐらいなら騎手の力でなんとができる。それを一馬身負けた言うて「しゃあな
いな…」って上がってくる奴がいる。そうじゃなしに「なんとかなったのになぁ」と悔
しく思ったらつぎにつながるやろし。アタマとかハナ差で負けてヘラヘラしてる若い騎
手見たら腹立ってきますね。
道夫 ニコッと笑って帰ってくるのおる。俺もそれは腹が立つ。
吉田 父親から見て、学騎手をいまどう見てる?乗り役として……。
道夫 俺より上やなと思うわ。いやホントに。うまいなと思うよ。こんなこといままで言うた
ことないんやけど……あそこをあの馬であれだけラクさせるかぁ、そういうことできる
もんな。最初の頃は、なんでハミを受けさせ行かせるんかなって。なんでハミはずせへ
んねやって叱っても言うこと聞かなかったんやけどね。それをいまはちゃんとするもん
な。
吉田 ハミをはずすとはどういうことか。ハミをはずすぐらいのこと乗り役やったら誰でもで
きる。だけど、レースしてるということを馬に記憶させる、馬に伝えていく、そうして
ハミをはずす。でないと、いざハミを取ってはずしっぱなしやったら馬は走らない。馬
だって走りたくないもんな。
道夫 初めて乗る馬やったら、ちょっと返し馬みて、どういう馬なのかをたしかめるのがふつ
うなんやけどな。ハミ受けの具合とか、この馬はこうしたらイヤがるなとか。そういう
のを見る。西脇の人間やったらここ(園田競馬場)で調教してないいやから、なおさら返
し馬して馬の足あとを見とかんといかんやろ。どこが深いか、そこらもわかってないと
いかん。俺は最後に返し馬して、ここらが深そうやなとか浅そうやなとかを蹄跡をみて
必ず確認したもんですよ。
学 いまは返し馬で正面を通らずに左へ行くケースが多いでしょ。右に行く馬は少ない。そ
れもどうなんかなと思います。
吉田 馬の蹄跡を見て、深いか浅いかを確認するというのは大事なことなんやね。
道夫 雨の翌日なんかは砂が入ってるから、どこが深いか浅いか分からんもんね。
父、道夫師の話が中心となった前篇。後篇では学騎手の復帰までの苦悩、心を突き動かしたも
のとは何か――と話は進んでいく。
後篇へと続く…。