玄関口で、小谷周平は子どもたちといっしょに笑顔で迎えてくれた。
よく晴れた休日の昼間、どこの家庭でもちびっこたちの弾む声がするなごやかな時間帯である。
部屋に入ると、いっせいに可愛い声が耳に飛び込んできた。
3LDKの住居がまるで保育園のようなにぎやかさで包まれている。
それもそのはず、その数や2人や3人ではないのだ。
現在29名の騎手が所属する園田競馬にあって、今年15年目を迎える
小谷周平は弱冠30歳で6人の子をもつスーパー・ダディー騎手なのである。
まずは長女で10歳の華穂ちゃんをかしらに、
哲平くん(8歳)、華凜(かりん)ちゃん(6歳)、竜平くん(5歳)、華乃愛(かのあ)ちゃん(2歳)、
そして昨年12月に誕生したばかりの晃平くん(2ヶ月)。
驚くべきは女の子と男の子が交互にそろったラインナップということだ。
周平が結婚したのは11年前、デビュー3年目で19歳だった。
奥さんの久子さんはそのとき28歳、年の差9つの姉さん女房である。
派遣会社の社員として競馬組合に勤めていた久子さんを見初め、
半年後には結婚したというスピード婚のふたり。
騎手と業務関係者の接触はご法度なのだが、
このカップルは速攻で決めたため誰も咎めようがなかったというからおもしろい。
周平くんのひと目ぼれ?――
「どうなんですかね。声をかけたのはぼくが先だったのですけど…」
年の差を考えて、久子さんは一度は断ったらしい。
「夏の“園田まつり”で再会して、いっしょに食事して…」。
そのあとはトントン拍子に進み、結婚の翌年に華穂ちゃんが生まれた。
小谷家の家族計画は当初は4人だったという。
4人目までは計画どおりで、5人目ができたときはもう限界だと思った。
「6人目はまったく考えてなかったです。
5人6人の出産となると母体も心配やし、妊娠中の子育てがまた大変なんですよ」
競馬開催のない日は深夜0時に起きる。0時20分には馬場に出て攻め馬が始まる。
朝8時か9時まで20頭近く調教し、家に戻って夫婦で幼い子どもたちの面倒を見、
幼稚園と保育園に送り届ける。
それが終わると仮眠をとる。2時間ほどで起きて昼食。
そうこうしているうち2時になると幼稚園に2人の子どもを迎えにいく。
夕方には習い事をしている華穂ちゃん、哲平くんの『送り迎えが待っている。
ミニバスケをやっている華穂ちゃんを迎えにいくのは夜8時。
周平の1日はざっとこんな感じだ。
周平は酒はいっさい呑まない。久子さんはイケる口だが、いまは育児に専念している。
「家のことはよく手伝ってくれます」とは、久子さんの旦那評。
「わたしのストレスの的になってくれるので助かっています(笑)」
久子さんのグチや小言を周平は真正面から受けとめる。
ひと言も言い返さない。
ただ、それですべて問題解決というわけにはいかない。
これだけの家族になると妻の立場として、ときに日頃のうっぷんをぶつけたいこともある。
夫婦げんかになったとき、間に入ってくれるのが6歳の華凜ちゃんである。
「ふたりでよく話し合いなさい」
「パパ、謝っときなさい」
見るに見かね断をくだす。よく出来た子だ。
父親の仕事関係の人間がやってきたので、子どもたちは少し興奮気味なのだろう。
ひとときもじっとしていない。油断してると横からチャチャが入る。
「ちょっと静かにしなさい」「こぼさないで飲みなさい」「コラ、やめなさい」
周平が叱るが効果はない。
子育てに関して最初から周平は優等生だったわけではない。
久子さんに任せっきりの部分が多く「5人目が生まれてはじめてパパになった」のだと言う。
「子どもの送り迎えとかはずっとつづけてたんですけど、
なんていうか…嫁さんの底の部分の気持ちをわかってやれてなかったですね。
自分は十分にやっていると思ってたんですよ。
でもそれはちがったんです。
相手の気持ちをわかったうえであれこれ手伝ってたわけじゃなかった。
ぼくの自己満足で手伝ってただけ。
で、そういう気持ちがわかるようになったのは、5人目からだったんです」
5人目の華乃愛ちゃんが生まれたときに、久子さんの本当の大変さに気づいた。
「そのとき気づいて、これからは考えてゆこうと思って。そこからですね…」