田野豊三が3カ月の北海道遠征から戻ってきた。デビュー8年目にして初の遠征。
未知の体験から彼はなにを学んだのか、どんな出会いがあったのか、
みやげ話を聞いてみたいと思った。
道営での成績は154戦12勝。他場からの遠征騎手は田野ひとりだけだったので
戸惑いはあったものの、短期騎乗のジョッキーを厚遇する習慣が道営にはあるようで、
騎乗には恵まれたようだ。
「思った以上に勝たせてもらいました。乗り鞍も結構まわしていただけましたし、
充実した3カ月でした」と、まずは率直な感想を口にした。
北海道遠征の話は今年3月、お世話になっている馬主からの強い勧めがあったという。
「道営で揉まれてこい、勉強になるから行ってこい」のひと言で決断した。
「遠征前は調子もよくなかったので、自分を鍛えるいいチャンスだと思って…」
レベルの高い2歳馬が数多くいるのが道営ならではの特徴であり、
2歳馬を乗りこなす訓練は騎手のスキルアップにつながる。
幼い馬に対して乗り手の体が柔軟な対応を要求されるからである。
そうすることによって下半身強化にも役立つ。
「数多く乗ることで鞍つきもよくなってきたように感じました」と田野は言う。
北海道遠征だからこその収穫だといえるだろう。
川島洋人調教師との出会いも田野にとって喜ばしい出来事だった。
元騎手である川島師は、レースに臨むジョッキーの心がまえや姿勢を分かりやすく
教えこむ指導力に長けたトレーナーで、多くのことを吸収することができた。
レースで馬の能力を発揮するにはレース前から集中力を高めること、
馬に気合いをつけることが大事。
川島師から学んだその方法をむろん詳しく明かしてはくれなかったが、
そうした指導法が新鮮だったようだ。
「これまでは、ただ漫然とゲート裏をまわってるだけだったかもしれないんで…
そのへんから意識を変えていかなければいけないんだと感じました」
川島師から何度も指導を受け、自らも試行錯誤しながら集中力の高め方を体で
覚えるよう努めた。
結果が出たときは川島師から「ほら、そうだろ!」と繰り返し言葉が返ってきた。
そうだ、その感じを忘れるな、と教え諭す指導法だったらしい。
一度身についた対処法や意識の持ちよう(集中力の高め方、馬への気合いの入れ方)は
園田に戻ってからも心にとどめ、忘れず実行している。
「あまり大きなことは言えないですけど、実感はあります」と、
控えめな言い方ではあるが、彼なりに貴重な何かをつかんだようだ。
前回登場の杉浦健太と同期で、デビュー以来よきライバルと見られていたが、
2014年に44勝(キャリアハイ)をあげて以降は失速した感が否めない。
とくに2015年はわずか14勝、さんざんな成績に終わっている。
14年暮れ、クリスマスイブのレースで怪我をし翌年3月復帰という不運に
見舞われたことで成績が大きく落ちこんだ。
「怪我からの復帰がおくれ、いろんな事情が重なって…この年は厄年でした」。
“厄年”と割りきるより仕方のない1年だった。
杉浦に水をあけられたことに関しては「まだ間に合う。焦りは感じていない」と
いうが、その言葉からは悔しさが伝わってこない。
杉浦の活躍を発奮材料ととらえているのか。
「ぼく、あんまり闘争心がないんで…」と気弱に答える。
彼の淡白な気性がそう言わせてしまうのかと思う。
そこが騎手として物足りなさを感じる部分ではある。
デビューからともに切磋琢磨してきた同期の騎手に差をつけられた、
そこで俄然火がつくのが勝負の世界に生きる者の常だと思うのだが、
彼の場合はそうはならない。
杉浦がマイタイザンで重賞勝ちしたときも、悔しさより喜びが大きかったという。
「いい馬にめぐりあえてよかったなと思いました。彼のことはいつも応援してるし、
ほかの騎手が勝つより同期が勝ったほうがうれしいです」。
まるで杉浦健太のサポーターだ。
田野豊三という男は、なんとも心やさしい男である。