開業時のころに話を戻す。
厩舎の看板をあげた当初から渡瀬師は心に期するものがあったという。
「生意気と思われるかもしれませんが、
絶対に重賞を獲る、必ず獲ってみせるぞと決めていました」。
昨年、その念願だった重賞
(佐賀競馬・佐賀ヴィーナスカップをエイシンアトロポスで制覇)を
はやばやと手にしたのだから、厩舎の成長ぶりと強運は本物だと見ていい。
このレース、渡瀬師の経験値が見事に生かされたレースだったといえる。
忠男厩舎時代の豊富な遠征経験から得た知識と情報量が物を言ったようだ。
「馬の調整であったり、現地での過ごし方も全部知ってるつもりでいたんで。
その経験が活きたと自信をもっていえますね」
さあ、そこで期待がふくらむのが地元の重賞制覇である。
厩舎の看板馬エイシンエールはデビューから6戦6勝。
「期待は大きいですね。
この馬はデビューが遅かった馬で、
脚もとに不安があり初出走まで4カ月かかった。
試行錯誤を重ねてようやくここまで来たんで、
なんとか地元の重賞をという思いがあります」
今年の園田は秋の3歳重賞が2つ
(園田オータムトロフィーと楠賞)用意されている。
重賞制覇は1勝目より2勝目、3勝目がむずかしい
という認識をもっている渡瀬師だが、
その意味でも早い時期に2勝目を獲りたいと考えている。
明るく快活に話す渡瀬師だが、
見かけによらず「すごい人見知りで営業は苦手」なんだそうだ。
「相手はましてや年上で、会社の社長さんだったりとかじゃないですか。
人間が縮んでしまいます(笑)。
喋りがヘタで、気おくれしてしまって…」。
とはいえ一家の看板を背負っているからにはそうも言っておれない。
「うちの良さはとにかく馬をよく見るということ」をアピールポイントに、
誠意をもって営業活動につとめている。
「馬の調子の良い悪いを見抜く力は自信があるんで。
手入れの状態、毛艶、仕上がりの状態はオーナーさんはわかってくれていると思います」
厩舎内の雰囲気や仕事ぶりにおいても
「二人の厩務員は技術面だけでなく、人間的にもよくできた人なので雰囲気はいい」と胸をはる。
「うちはにぎやかな厩舎です。みんな酒好きですし…」。
信頼とリスペクトで結ばれた仲間意識。
風通しのよい円滑な関係が維持できているところに今後の伸びしろが感じられる。
5年後、10年後の厩舎のカタチをどんなふうに描いているのかと訊ねたとき、渡瀬師はこう答えた。
「この世界は現状維持がむずかしいんです。勝ち鞍もそうですし、
あらゆる面で現状をキープするのは至難です。
たとえば、いまのランキングでいえば9位じゃないですか。
これを維持するには相当の努力が要る。
まずはその努力を怠らないことですね、この5年、10年は…」。
管理馬の質をキープする、勝ち鞍を一定レベルに保つ、
厩舎力を落とさない…あらゆる意味において現状維持のむずかしさをあげる。
その克服策の第一は
「調教師ができることは、まず営業。いい馬を集めることです。
一番の資源ですから。勝ち鞍を確保するのに資源確保が最優先だと考えています」
いくつかの質問をしていて感じるのは、渡瀬師の答っぷりのよさである。
まっすぐで迷いがない。答が明快なのだ。
現状維持を将来にわたり継続していくうえにおいて、
期待よりも不安が大きいと渡瀬師は本音を明かす。
「勝てる馬をつねに集めることは簡単にできることじゃないです。
エイシンエールみたいな馬が運よく来ることもありますけど、
そうたやすいことではない。
エイシンエールがいなくなって、
じゃ、つぎの看板馬はいつ来るのか。
来るって保証はないわけですから」
気を緩めることなく、慢心を戒めるかのように、あくまで慎重だ。
仕事のあとの酒がストレス解消の一番の特効薬。
外でプライベートで飲むときは大山真吾や鴨宮祥行を誘うことが多い。
家で独り酒(業務用のビールサーバを置いている)のときは肴は自分でつくる。
材料を入力すればレシピを教えてくれるクックパッドを活用して、
ときには凝った料理も。
「真吾や鴨宮にぼくの作ったおでんの味、
聞いてみてください。ヤバイって言いますよ(笑)」
飾らず気取らず、自分を語る渡瀬師。
自慢のおでんに負けないくらい味わいのある、
奥の深い競馬人生は、ファーストステージがまだはじまったばかりだ。