初出走で初勝利というのは、騎手にしても調教師にしても
一度しか訪れないチャンス。
勝たないと出世が見込めないかというとそうではない。
現に、大成しているホースマンたちのほとんどが
そのチャンスを逃している。
チャンスを掴み取るには運も必要だし、
首尾よく掴み取ることができれば大きなインパクトを与えるのは間違いない。
それが重賞に初出走させ、見事に勝利を飾るとなると、
兵庫県では前代未聞の快挙ではなかろうか!
「(馬主の)平野先生からは『兵庫若駒賞』は重賞じゃない。
負けても別に構わない。
2、3着でいいと言われていました」と振り返る大山寿文調教師。
デビューから2連勝。
レース内容からも人気を集めることが予想された
ツムタイザンを出走させる若手調教師に、
プレッシャーをかけまいとするオーナーの配慮だった。
「これまで長く馬主をやられていて、
大きい重賞を何度も獲ってらっしゃるから気にされないかもしれないけど、
ぼくにとっては騎手時代にもなかった重賞タイトルですから、
一週間ぐらい前から胃が痛かったです(笑)」
オーナーの配慮虚しく、大山師はガチガチだった…。
ただ、その緊張がレースに影響することはなかった。
「レースになると(騎乗した)杉浦君に任せるだけ」と
調教師ルームで愛馬を見守った。
控える競馬も想定していた杉浦騎手は、
スタートを決めたので内枠だったことをより有利に活かすために
逃げる戦法に出た。
道中は2番手の馬に終始プレッシャーを与えられる形になりながら、
それを振り切って独走に入る。
直線では8馬身もの差をつけて圧勝。
周囲が思った以上の強さで勝利し、
大山師は重賞初出走で初勝利を挙げた。
「最後の直線は馬と一緒に走ってましたね(笑)」
レースをモニターで確認しながら
ツムタイザンと一心同体になっていた。
一緒に走った愛馬を迎え入れ、
関係者が集まった検量室前では人目も憚らず号泣した。
「牧場の方が来ていたんです。
いろんな支えがあってこそ今があるわけですし、
育成してくれたおかげで競走馬になれたんです。
平野先生にもお世話になり続けていますし、
いろんな思いが湧いて来て、自然と涙が出てきました」
北海道のセプテンバーセールで1歳のツムタイザンと出会った。
「平野先生と馬を見て、バランスの取れた良い馬と感じました。
その場で馬主さんが買って『お前に預けるから』と言ってくれた」
「誰が見ても良い馬だと思う」と評価しながら、
30年以上積み上げてきたホースマンとしてのキャリアから、
間違いなく走ると確信があった。
そうなると走らせなければならないプレッシャーも出てくるが、
ツムタイザンは思い描いた通りの成長を見せてくれた。
「来たときから自分で跨がって、良い感触を得ていました。
乗らないと分からないところがあるんですよね。
見ているだけではわからないところがある。
乗ってみないと感じないところがある」
全ての競走馬が、最初からエリートではない。
当然課題も出て来る。
最初に感じたのは、併せ馬をしたときに並走パートナーを
内側に押し込むようなことをするということだった。
「格上のユメタイザン(牝3)を押さえ込んでいくぐらいの走りを見せるんです。
さらに噛みつくぐらいのことをする。
でも、2歳馬らしからぬ根性があるなと思いました」
1頭では変な動き見せないけど、
併せ馬のときだけ闘争心をムキ出しにする。
「新馬戦の前は不安でした。
レースでは少しモタれるような仕草は見せましたけど、
なんとか勝つことができてホッとしました」
それでもいつ、闘争心に火がついてレースに影響しないかと心配だ。
そこで大山師は、西脇トレセンの内馬場を反対回り(左回り)で
長めに乗ってから本馬場に出していくように工夫をした。
すると手前が逆になり、内に行く馬が外に行くようになり
修正することができた。ハミも替えた。
そうして迎えた2戦目、距離は新馬戦(820m)から
1230mへの距離延長。新馬戦では逃げたが、
今後のことを考えれば控えることも頭に入れておく必要があったが、
騎乗した杉浦騎手は無理せず控え、好位の内で脚を溜めた。
直線で外に持ち出すと、楽々と抜け出して快勝。
重賞前に素質の高さを大いにアピールした。
このレースを観て「道中で馬群に包まれながら、
怯まなかった姿に自信を持ちました」と確かな成長も感じていた。
杉浦騎手もこの一戦で感じた精神力の強さで、
レースシミュレーションに幅ができたという。
この流れから行くと『兵庫若駒賞』当日は
断然人気かと思いきや、最終的には2番人気だった。
「あれは+11キロだったからじゃないですか。
でも、装鞍所で見てても太くは感じられなかったので、
成長分だなと確信しました」
大きな馬体の増減はオッズに影響する。
2戦2勝とは言え、重賞は初出走。
他陣営は牝馬であっても重賞好走組がいて、
2番人気も決して不思議ではなかった。
「体重は気にしないスタイルでやっています。
調教は緩めずビッシリ行く。
それで馬が耐えられなかったらしょうがないという考えなんです。
それに耐えられた馬が上に上がっていくのだと思うのです」。
その上での+11キロはやはり馬の成長だったということ。
結果は2着馬につけた着差は8馬身差。
これは兵庫の2歳重賞では最大着差だった。