「初勝利を挙げて、先生が迎えてくれましたが、
あんな表情を初めて見ました」と、
いつも厳しい師匠の坂本調教師がこのときばかりは目を細めた。
「目標は3人の中で、先に100勝を挙げることです。
勝った後に初めてファンの人にサインを求められてサインをしたんです。
嬉しかったんですよぉ。
騎手になったことを実感できました」と
ニコニコの龍スマイルがさく裂した。
「レース前は自分の体力のなさを痛感させられました。
騎手教養センターでは馬を動かすより、
抑える事ばかり練習してきたので、全然違いました。
実際、馬を動かして勝つと本当に嬉しいです。
デビューした週は落ち着かなかったけど、
2週目からは緊張もなくなってきて気持ちに余裕が出て来ました」。
その言葉通り、初勝利を挙げた日から、
開催日4日間連続勝利を挙げる快挙!
さらに4月最終週も3日間ともに勝利を挙げる活躍を見せ、
通算7勝。同期の中でトップに立った。
その一方で坂本師からは「先生には勝っても怒られるし、
厳しく指導されています」と苦笑いを浮かべた。
差し切りで2勝を挙げて最初の一週間を終えたあと
「逃げていると後ろとの間隔が掴めない。やっぱり経験不足ですね」
と語っていたが、その後の5勝はいずれも逃げ切り勝ち。
スタート勘、ペース配分や流れを掴みだして、
頼もしく成長を遂げている。
初勝利を誰よりも喜んだのは、師匠の坂本和也調教師だった。
「嬉しいですよ。(師匠は)こんな気持ちになるんですね。
いつも厳しく言ってますけど、
このレースに関してはこっちが言った通りに動いてくれた。
だから褒めたんです」と上手く乗って2着と好走しても
レース後に厳しく指導しているシーンを見かけていただけに、
落ち着かない様子で喜びを表す坂本師が微笑ましく思えた。
「4月は合計で7勝したけど、もっと勝てたとも思っている。
いまは身体がブレてもいいし、オーバーアクションで逃げたり
追い上げたりすることでアピールになる。
動きの振り幅が大きいことはあとで修正がきくけど、
小さく収まるとそれ以上の動きができなくなる。
そう意味では、一歩ずつ成長していると思う」と今後に期待を寄せた。
芯の強そうな面持ちで、
ハキハキしていて真面目な印象を与える好青年。
厩舎関係者も同様に、皆が口を揃えて真面目ぶりを強調する。
年齢も3人の中では年長となる19歳。
ルーキー3兄弟の長男といったポジション。
いよいよデビューを迎えるにあたり、意気込みを訊いた。
「やっと始まるなぁという感じです。
早く来いという思いと、もうちょっと準備したいという
思いと半分半分でした。
しっかり先生の指示通り焦らず乗りたいと思います。
感謝の気持ちを忘れず、ひと鞍ひと鞍大切に乗っていきます」
と遠くの目標を追いかけるのではなく、
足もとをしっかり見つめているような堅実さが感じられる。
3人の中では、ただひとり勝ち鞍を挙げられずに迎えた
デビュー週の最終日、長尾騎手も翼を広げた。
第2レース、師匠の橋本忠明調教師が用意してくれた
メイショウキンカクに騎乗して、二番手から抜け出して快勝したのだ。
「ふたりが先に勝って、
自分は勝てるのだろうかという不安がありました。
道中も馬に寄せていけなかったし、
コーナーも外に膨らんでしまうし正直、(騎手に)向いて
ないのかなというぐらい考えていました」
と考え込んでしまう性格で、ナーバスになっていたことを吐露した。
そんなことを振り払って臨む勝利前日
「調整ルームに入ってこのレースしかないと思って集中しました。
前走まで乗っていた(田中)学さんからフワフワするところが
あるとアドバイスをもらっていたので、
ハミが抜けないように気を付けて乗りました。
馬に遊ばれずにレースをすることができたと思います」
3コーナーで抜け出し4コーナーをいい手応えで迎えます。
「もう誰も来るな!と思って追いました。
後ろからは来ていないことは分かっていましたけど、
気を抜かず最後まで全力で追いました。
勝った瞬間はやったー!!という気持ちでしたね。
これからは乗せていただいている感謝の気持ちを忘れずに、
ひとつでも前の着順を拾えるように頑張りたいです」
と喜び勇まず、勝って兜の緒を締めるあたりに、
実直な性格の翼玖騎手らしさが出ている。
翌週からは「少し落ち着いて乗れるようにはなりました。
でも前に行かなくちゃならないと思ったら、
馬に乗るときリキんでしまって…」と失敗は繰り返す
けれど、それは必ず成長に繋がる!
「レースに乗ると勝ちたい気持ちが出て来ました。
自分の性格は真面目過ぎるところがあります。
だから考え込んでしまうのです。
考えないでおこうと思っても、逃げられなかったときに
どうしようとかレース前に悩んでしまいます。
そんなときは結果もダメですね。
平常心を失うわけではないですけど、いっぱい考えちゃいます…」
と真面目過ぎるがゆえに悩みを抱えてしまっている現状だ。
とはいえデビュー3週間で44戦2勝。
2着4回3着3回は新人としては立派な成績。
悩むのも結構だけど、自分の成績を誇ることも忘れずに!
師匠の橋本忠明調教師は「攻め馬が丁寧で、
上手にするなと思っていました。
レースでは遠慮しているというか、
気の弱さが出ていると思う。優しい子なんで。
レースはもっとガツガツやってもいいと思う。
レースも丁寧で優しいところが出ている。
根が真面目だから、もうちょっとガツガツ行っても
いいのかなとは思います」
そんな翼玖騎手に自厩舎の有力馬をあてがい
初勝利をもたらした。
「嬉しかったですね。
ホントはそれほど多くを乗せるつもりはなかったんですよ。
うぬぼれてはいけないと思っていたので(笑)。
そんな中でも2勝もさせてもらって、
ちょっとは楽になったんじゃないですか本人も」。
そう言う橋本師自身もホッと胸を撫で下ろした。
「デビューのときはいつも冷静なのに、
思っていた以上に緊張していましたし、
勝ちたいという意識は強かったみたいですね。
ガッツの現れと思えばいいのですが、
ぼくとしてはもっともっと足りないですね。
関西でジョッキーとして活躍するためには、
まだまだダメですよ!」と愛弟子にハッパをかけた。
師匠とタッグで三組三様。
それぞれ個性があって楽しみなルーキーたち。
ひとりが勝つと、連鎖的に勝利がもたらされたのは、
さながら北上する桜前線のようだった。
開花した同期のサクラたちは、
数えきれないほどのつぼみを抱えている。
咲き始めたばかりの彼らの未来はひたすら明るい。
見頃はずっと続いていくのだ。