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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

「真ん中よりちょっと上」をめざして――。/新井隆太 調教師

PROFILE

新井 隆太(あらい たかひろ)調教師
1978年8月21日 兵庫県出身
 
高校を中退して、
父の厩舎に厩務員として雇われ、
競馬界に足を踏み入れる。
 
祖父は北海道の牧場主。
 
2012年9月13日に開業。
 
その初戦、リュウスマイルで勝利して
開業初戦を飾った。
 
昨年10月、
マイタイザンで『兵庫若駒賞』を勝ち、
重賞初制覇。
 
今年、師匠に当たる碇調教師の厩舎から
移籍してきたノブタイザンで
『兵庫ダービー』を勝ち、
晴れてダービートレーナーとなった。
 
独身(婚活中)。

写真

 
 
 厩舎運営のポリシーを訊ねると――「とりあえず会話はしよう、ということですね」。スタッフ
間のコミュニケーションだけでなく、外部の騎手たちとも朝の調教時にはひと声かけあって馬の
調子をかしかめるのが厩務員時代からの習慣になっている。
 
「調教から戻ってきたときに『どうだった?』って聞きます。『今日はどうだった?』って。ち
ょっとしたことが馬の調子を判断するヒントになるんです。毎朝ただ淡々と仕事してるだけじゃ
なくて『エサ喰いがちょっと悪いから軽くね』とか。短くていいんですよ。黙って仕事するのが
ぼく自身好きじゃないし、厩舎内で黙々と仕事されるよりは、みんながワイワイ言いながら笑顔
で馬の世話をしてる方が仕事がはかどる」
「ぼく、仕事してて結構いろんな人に声をかけられます。厩務員さんでもだれでも『隆太(たかひ
ろ)、隆太…』って。調教師らしさがあまりないから。貫禄ないから(笑)、話しかけやすいんでし
ょうね。年下の子でも気さくに話しかけてくれます」
 
 そんなところからも〈勤勉・謙虚〉を絵に描いたような、人に好かれやすい実直な人柄がみて
とれる。
 

自分の厩舎番号ぐらいは勝ちたい

 ノブタイザンとマイタイザンは今後どういう路線を進むのか――。ダービー制覇の余波として、
まわりは勝手にあれこれ路線を決めたりするものだが、新井師は「まわりからどこがいいんじゃ
ないって言ってくれるほうが、こっちは選びやすい。選択肢がふえていい」と、むしろそれを歓
迎している。そのことよりも、いまの悩みはまずマイタイザンのクセを矯正することにあるとい
う。逃げ馬の特質なのかもしれないが、ほかの馬に寄ってこられると怖がって逃げるクセがある
らしい。
 
「前の馬を追いかけて砂をかぶるのは大丈夫なんですけど、並びかけるときにちょっとオーバー
に逃げる」。レース中にかぎらず調教の折りもそうで、いやけがさすというか。この馬嫌いのク
セを矯(なお)すのが課題だと考えている。夏場をどう使うかは未定としながらも、秋の重賞を見
据え、とくに今年11月に予定されている新設重賞への出走を念頭に置いている。
 
「園田で第1回を開催するとなると、なんとしても参加しないとね」と、このときばかりは控え
めでなく、意欲的なことが聞けた。意欲的といえば、愛弟子・杉浦健太に向けるまなざしにもあ
ついものが感じられる。
 
「健太にはつねづね言ってるんですよ。上(ランキング上位)の騎手から勝ち星を取れよって。こ
こ数年でいえば上は3人。タケちゃん(木村健騎手)、(田中)学さんに川原さん。3人で1000
勝近く持っていくじゃないですか。年間1800レースほどあって上の3人が半分以上持ってい
くんだから、下から奪い取るんじゃなくて上から取らないと(上位には)入れない」
 
 多忙な日々の合間を縫って、杉浦をつれ北海道に何度も出かけている。牧場や育成所を見学す
るためである。生まれて1カ月ほどの仔馬を見て、二人で感動を分かち合う。杉浦を連れていく
のは彼の成長を促すという狙いがあってのことだ。
 
「生産現場なんて健太は見たこともなかった。その経験が競馬に対する取り組み方に反映してく
れれば…」という親ごころ。馬に対する愛情や慈しみの心――携わる者の基本はそこにあるという
ことを感じ取ってもらいたいのであろう。
 
 数字にガツガツしない“ぼちぼち派”の新井師には酷なことだが、今年の目標を一応聞いてみた。
 
「ぼちぼちやっていけば結果につながるでしょう」
 
案の定、予想したとおりの答えだった。きっと、それが本心なのであろう。
 
「勝ち鞍は自分の厩舎番号ぐらいは勝ちたい」と毎年思っているそうだ。過去の年間勝ち鞍は
2014年の27勝が最高だけれど、新井厩舎の番号は30番である。まだ厩舎番号を越したこ
とがない。「(ランキングの)真ん中より上にいたいと思っています。真ん中よりちょっと上」。
つまり上位30位以内をつねに維持していたいということだろう。ダービーを勝ったことによる
周囲からの「期待感」と、地味で控えめなことを標榜してる新井師の「ぼちぼち感」。そのギャ
ップを今後どう埋めていくのか。新井厩舎に課せられたテーマである。
 
 好きな言葉は「外柔内剛」。「ダービー獲って『もうちょっと威張れよ』とみんなから言われ
てるんですけど、威張れない(笑)」。外に向けての柔らかさ、腰の低さは人柄をよくあらわして
いるし、彼の魅力でもある。
 
「フワフワッと見られてても、自分が芯を持ってしっかりしていればいいんじゃないのかな。
外柔内剛、この言葉が自分に合うんじゃないかと思ってます」
 
 5年後の自分、新井厩舎はどのレベルに達していると思うか、と訊ねると――「いや、期待する
ようなコメントはないです!」
 あっさりと、うまくかわされてしまった。

 

文 :大山健輔
写真:斎藤寿一

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