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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

“園田のミスターピンク”めざし、再出発(リスタート)/松本幸祐 騎手

PROFILE

松本 幸祐(まつもと こうすけ)騎手
1981年2月4日 京都府出身
 
野村克也氏やプロレスラー中邑真輔氏(一年違い)と
同じく京都府立峯山高校出身。
 
高校を卒業してから競馬学校に入学するというのは
稀なケースで、21歳と遅い騎手デビュー。
 
小牧太、毅兄弟を育てた名門・曾和厩舎に入門。
 
成績は上がらなかったが、明るい性格で悲壮感など
全くなく、ムードメーカーとしての地位を確立する。
振るわなかった成績も徐々に良くなり、
ひ弱だった肉体も鍛え上げられてきた。
 
入門当時19kgだったという左右の握力は、
現在60kgにまで増強された。
 
この度、勝負服を一新。ピンクの勝負服で、
園田のミスターピンクを目指す。
 
可愛い奥様と二人暮らし。

写真

9年間ぼくは騎手じゃなかった。

 松本幸祐はデビューして15年目を迎えた。キャリアはすでにベテランの域に入った騎手だといえ
るが、残念ながらこれといった手柄(めざましい成績とか重賞勝利)をたてるには至っていない。年間
20勝をクリアしたのがデビューから11年たった2012年であり、以後2015年に自らのキャ
リアハイとなる24勝をマークしているにすぎない。騎手ランキングは昨年20位。実績面において、
これまで評価を受けることも注目を浴びることも少なかった騎手である。たしかにそうではあるけれ
ども、しかし彼ほど献身的で、得がたいキャラクターを持つ騎手も珍しいのではないか。物事をポジ
ティヴにとらえ、自分の信じる道を彼は突き進んでいる。取材をとおして、そのことを強く感じた。
 
 幸祐はデビューしてからの9年間を名門・曾和厩舎で過ごした。当然のように、当初は技術は未熟
で騎乗チャンスを与えられることは少なかった。競馬に関して向学心に燃える騎手ではなかったのだ
ろう。ただ淡々と仕事をこなす日常だったことは想像に難くない。
 
 当時、曾和厩舎には小牧太というスーパージョッキーがいた。
「あの頃のぼくは、太さんから教えてもらえるようなレベルじゃなかったんです。競馬が分かってな
かったですから。アドバイスを受けても、さっぱり理解できなかった。太さんにすれば教えたくても
ぼくが下手すぎて教えようがなかったんでしょうね。だからレースしてても面白くなかったし、正直、
嫌いでした」と、当時をにがく振りかえる。
 
 そんな彼が光を見いだすきっかけとなったのは、笠松競馬から移籍(2006年)してきた川原正一
騎手との出会いであった。出会って最初のころ、併せ馬をしていたときの会話。
 
川原「お前、併せ馬でけへんのか?」
幸祐「はい、できないです」
川原「併せ馬でけへんかったらレースで馬を引っぱられへんやろ(力で馬を抑えること)」
幸祐「はい、引っぱれないです。なんでレースで引っぱらなあかんのですか」
川原「お前、レースは(馬の脚を)タメなあかんねやぞ」
幸祐「タメるってなんですか」
 競馬のイロハ、騎手心得の初級コースからのスタートだった。教える川原騎手も困ったにちがいな
い。そんな調子で曾和厩舎での9年間が過ぎていった。
「レース後に、川原さんから『なんであそこでタメとかなかったんや』って言われながらしてるうち
に、あぁ、競馬ってこういうものなんやって、10年目ぐらいにやっと分かってきました。だから曾
和厩舎にいるあいだの9年間は、ぼくは騎手じゃないです。ただ馬に乗って一周まわってただけです」。
デビューして9年間は騎手ではなかった、この言葉には驚くより、笑ってしまった。
 
 住吉厩舎に移った2012年からは乗り鞍も徐々にふえ、川原騎手の競馬を間近に見て、レース後
にアドバイスを受けているうち「レースの面白さが分かってきて。分かりだしたら競馬が面白くなっ
た」のだという。現役5000勝ジョッキーの川原騎手から学ぶことはあまりにも多い。どこで動け
ばいいか、どこまで辛抱すればいいか、川原流のレースのかけひきを具体的に、くりかえし教えても
らっている。
 
「ぼく川原さんと出会わんかったら騎手を分からんまま、面白いこと何ひとつ知らんまま辞めてたか
もしれません」
 その感謝の意味を含め、彼は川原騎手の乗り馬の調教に現在も勤(いそ)しんでいる。

 

上手くなりたかったら馬込みで競馬しろ!

「いまはレースが楽しい」というレベルに達した松本幸祐が、つぎの一手で打ち出したのが勝負服の
変更である。ピンクをメインカラーにしたかなり派手めのもので、彼にとっては3度目のニュー・バ
ージョンになる。
 
「騎手になったかぎりは目立ちたいじゃないですか。正直、リーディングなんて無理なのは分かって
ます。それは仕方がないです。だけど『園田の騎手で松本幸祐っておるねぇ。ピンクの勝負服でちょ
こちょこ勝つ奴なぁ…』でいいんですよ。それで(ランキング)10位ぐらいにはいきたい。トップ10
ぐらいに入ってレースを楽しみたいんです。『あいつ、1開催で1勝ぐらいしてるけど、なんか楽し
そうに走っとるなぁ』ってファンの人たちから見てもらいたい。あと何年乗れるか分かんないですけ
ど、最後の賭けであえて派手にいこうと思いました」
 
 乗る楽しさを覚えた2012年以降は年間20勝ペースを維持している。この頃から馬込みで競馬
することを覚えた、という。
「馬込みに入れたらレースが分かるんです。あまり勝ってない乗り役は……ぼくもそうですけど、前に
行かないんですよ。後ろばっかりおるんです。それじゃ競馬にならない。勝てないです。お前、邪魔
やなと思われてもいいから馬込みに入れとくべきなんです。上手くなりたかったら。それが勉強にな
る。馬込みに入っとったら、川原さんや木村さんの動きも見られるし、(田中)学さん、(下原)理さん、
みんなの動きが見られる」
「力のある馬に騎乗させてもらったとき、自分ではさばけないなと。たまたま木村さんの後ろに付い
たときに上手くさばいて行ってくれるから、前が空いたんですよ。あぁ、この人に付いていけばいい
だけや。自分じゃ上手くさばけないけど、この人に付いとけば道を空けていってくれるんやなと気づ
いたんです」
 
 乗っている馬の力の差、ベテラン騎手との技術の差があるから、勝機をつかむためには馬込みで有
力馬の後ろに付いて力をタメる、という戦法。この戦法は前が空かない場合もあるし、ケガのリスク
もあるが、思わぬ勝機がみえてくるのである。「とりあえず4角まで踏んばって、上位の人たちの後
ろに付いとけば、なんとか勝負できるんです」

 

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