父がJRAで厩務員として活躍していて、
栗東トレーニングセンターで育つ。
栗東高校在学中に乗馬クラブに所属。
兵庫県競馬組合で厩務員を経たあと、
2008年11月に騎手としてデビュー。
年間20勝が年間最多勝利だったが、
今年の6月からの高知競馬遠征で、
わずか3ヶ月間に26勝もの勝ち鞍を
挙げた。
7月24日『トレノ賞』で、
自身初の重賞制覇も成し遂げる。
フェアプレーが身上で、
ここ数年は無制裁を誇る。
無趣味。
趣味を作ろうと以前に買い揃えた
ダーツセットは、一度も使われていない…。
30歳独身。
遠征以前の彼はどちらかというと勝利に対する執念が希薄だった、と見る向きが多い。
「昔からそうでした。性格なんでしょうけど、何事においても執着心がない。勝負事に向いていないん
です。まわりからはムチャクチャ言われました」
それはそうだろう。勝負の世界において粘りのないものは落伍するしかないのだから。
自分は勝負事に向かない性格、と言いきるジョッキーも珍しい。
父親がJRAの厩務員だった関係で、栗東の競走馬に囲まれた環境のなかで育った。
中学1年で乗馬をはじめ、そのころから将来は馬の仕事に就くんだろうな、となんとなく思っていたと
いう。栗東高校に進み馬術部に入る。
そこで感じたのは「競技者として自分が納得いく演技だったり馬術の技ができれば、順位はべつにどう
でもよかった。いかに綺麗に、納得できる技を成功させるかということしか考えてなかった」と中田は
言う。勝負事に適した性格ではない、と言いきる個性の根っこがこのあたりで芽ばえているように思う。
だから競馬においても「勝つことより、その馬の持てる力をいかに引きだすか」に重きを置く。
その部分へのこだわりは人一倍強いようだ。
自分は勝ち負けにこだわらないジョッキーだ、と公言するのは大胆で勇気のいることだと思うが、
一方で「上手くなりたい気持ちはもちろんあります。ですから、いろんなレースをめっちゃ見てます。
中途半端はきらいなんで、上手くなるための努力はしかりやってます」と、研究熱心さをアピールした。
しかし如何せん、勝負の世界は残酷である。プロセスにはなんの値打ちもない。
結果だけが問われる世界。「自分の納得できる騎乗ができて、結果として価値があればうれしいですけど、
ぼくが100の力で乗ったとしても、もっと力のある馬に100で乗られると勝てないわけで…」。
そこには騎乗する馬の能力の差が大きな壁として横たわっている。
高い技量の駆け引き上手なトップジョッキーたちが、質の高い馬にのって一緒に走るのだから勝ち目が
薄いのは当然である。そうではあるけれども、しかし、そう割りきってしまっては希望が見えてこない。
実際は何が起こるか分からないのも事実で、そこに競馬の面白さがある。
「だから、100のレースができるよう常に頑張ってます。
プラス110、120にする努力もしています。ポジションの取り方であったり。
相手の馬に100の力を出させないためのポジショニングです。
それと、馬をしっかり追えるための体力強化も…」
2年前からつづけているのがバランスボールの上で騎乗姿勢をとり体幹を鍛えるトレーニングである。
「下(下半身)がブレなければ多少上がブレても大丈夫やと思ってるんで。
ムチを持ったり鉄アレーを持ったりして目一杯やります」
取材中の彼の発言を並べてみると、中田貴士という人間のパーソナリティがおぼろげに浮かびあがっ
てくる。
「ぼくがレースでこだわってること、それは制裁をもらわないことです」
「ミスなく、スムーズな騎乗をして、クリーンなレースをしたい」
「自分の性格をひと言でいうと、完全なるマイペースです」
「勝ちゃあ何だっていい、勝負とはそういうものだ、という考え方が受け入れられなくて、
いつもモヤモヤしてるんです」
几帳面でストイックで、頑固さも持ち合わせている。細部にこだわる完璧主義。言葉少なく、
自己表現は苦手なようだが、クレバーな感性をもった青年という印象である。
ただ、ストイックなだけに妥協が許せない、禁欲的であるがゆえにまわりを見る視野が狭くなるという
ことがあるのではないか。
もう少し柔軟性を養って、融通を利かせてもいいんじゃないか、と要らぬお節介をいいたくなる。
勝負に対する希薄さに自身も物足りなさを感じているのも事実。中田の置かれた状況で、
さらなるレベルアップをめざすには押しの強さも大事だろう。
それが騎乗チャンスをふやしていくための自己アピールになるのだから。
「自分では、最大の自己アピールは攻め馬だと思って乗っています。超真剣に。
たぶん、そこはちゃんと見てもらってると思います」
中田が攻め馬で心がけているのは量より質であり、馬の力を引き出すための“考えた調教”。
「自分がレースでその馬に乗らないからって手を抜きたくないんです。性格的にそれはできない。
いつも真剣に考えて、馬に負担をかけないよう丁寧に乗ってます」。
一点をゆるがせにしない中田の職人的ともいえる仕事ぶりが周囲に認められ、
多くの騎乗チャンスに結びつくことを願っている。
ともあれ、高知遠征が自分を見つめ直すひとつのきっかけになったことはまちがいないだろうし、
他場での経験を通して競馬に対する意識変革が芽ばえ、それがレースに反映されつつあることに中田
自身も期待している。
嫌なことがあってもひと晩寝れば忘れる。ストレスゼロ。酒はたしなむ程度。
流行りのゲームにも一切興味なし。まったくの無趣味。けれども人づきあいは良好。独身。
言い忘れたが、中田は喘息と動物アレルギーをかかえている。馬の毛や汗がアレルゲンとなって、
ひどいときはレースのたびに湿疹が出る。
レース後は毎回顔を洗うのだが、洗うと余計に湿疹が広がったりしてヤバいらしい。
動物アレルギーをもつジョッキー――なんて笑えないブラックジョークだ。
取材の最後に中田は言った。
「ちょっと変わったヤツでした、と書いといてください」