調教面ではとりたてて変化はないというが、調教前後のケアにかける時間をたっぷりとって総合運動量を増やしているのが厩舎の特色だろう。
攻め馬に入る前には散歩で入念に身体をほぐす。終えたあともクールダウンにしっかり時間を費やす。
当然、他厩舎の馬と総運動量に差が生じる。「手を抜かないことが大事です。
前後の運動量をのばすことで故障も少なくなったと感じている」と言う。
そうしたキメ細かな日々の作業を重ねることによって、従事するスタッフたち(8人)の技術向上と意識変革が芽生えていったことは見逃せない。
冒頭にあった「厩務員の勝ち意識が高まった」というのは、そうした地道な努力がベースになっているのだと思う。
厩務員8人をかかえる大所帯ではチームをまとめるのも苦労だと思うのだが、自らの長い厩務員経験があるだけにスタッフの気持ちを理解し、接し方をうまく工夫している。
「うちのスタッフはそれぞれ個性の強い連中だと思いますけど、個性が強いなりにみんな仲良くやってますね」
勝ち鞍を伸ばしている厩舎に共通しているのはスタッフ間のコミュニケーションの円滑さであろう。
盛本厩舎もその例にもれず、スタッフ間の連携、意思疎通はスムーズで、みんなで相談してやろうや――というのが厩舎の決め事になっている。
「厩務員によく言うのは、調教ひとつでね……力の入れ方、やり方ひとつで馬というのは変わる。
まだ能力を発揮できてない馬であってもやり方ひとつで変わって来るから、そこは手を抜かずにしっかりやっていこうと言ってます。
走らんからやめとこ、じゃなしにね……」
「(最下級の)C3でもオープンでも、勝ったときはぼくは必ず馬と厩務員を迎えます。
厩務員がよろこんでる顔を見るのが、いま一番のシアワセですね。C3であっても勝ったときはすごくよろこんでくれる。
厩務員というのは、ああでないとダメやと思うしね。彼らのはじける笑顔を見ると最高のシアワセを感じます」
やる気を引き出すにもツボをおさえた接し方、指導法というのものが大事なのである。
「うちはスタッフに恵まれています」
と盛本師はにこやかに言う。8人の厩務員はかけがえのない財産なのである。
調教師とは、馬と騎手と厩舎スタッフの心に闘いの灯をつける人をいうのであろう。
第一印象は人当たりのよさ、気遣いの人といった感じをうける。
こちらが言葉を発するたびに「はい、はい…」と丁寧に相槌をうち、質問を真剣に聞き、率直な言葉を返してくれる。
「誠実さがうりですか?」と水を向けると――「それしかないです」そういってケラケラ笑った。
けっしてマジメ一本槍ではなく、当意即妙のユーモアを持ちあわせている。
しかし意外にも営業は苦手らしい。
「得意なほうではないですね。でもまあ、苦手だといってたらできない仕事なんでね。
人と気軽に話ができる“雑談力”というのものを身につけないといけないな、と思ってるんです」
営業面で心がけているのは北海道の牧場めぐり。知り合いの牧場をまわり、人の紹介を得て出会いを求めること。
そこからはじまる新しい展開を大事にしている。
「開業した最初はまったく北海道に知り合いがなかったんで不安やったんですけど、営業は下手なりに現在につながってるかなと思います」。
最後にこんな質問をしてみた。
「自信を持って臨んだレースで敗れたとき、負けた理由を突きつめて考えますか?」
野村克也氏の野球の格言に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのがあったと記憶している。
盛本師からはこう返事がかえってきた。
「負けたときは敗因をいろいろ考えますね。調教の負荷をかけすぎたのかとか。
まぁ、レースの流れやゲートとか、いろんな要因がありますし。以前はホント、落ちこんでましたけど。
厩務員も落ちこむときがあるんで、それをフォローする意味でも『精いっぱいやって負けたんやからしょうがない』と言葉をかけます。
『やって負けたのはぼくの責任やから、つぎ頑張ろうや』って。
逆に勝ったときは厩務員にね、『俺が勝たせたんや』って言うとけと言うてます。
まけたときはぼく(調教師)の責任にしたらええからって(笑)」
そんなもろもろのストレスを忘れさせてくれる貴重な時間が、西脇までの帰りの1時間なのだという。
「すぐ近くが家だとちょっとね…。その点、西脇までの1時間は気持ちを整理するのにちょうどいい。
…あぁ、酒は呑みますね。ヤケ酒ではなく、ぼくは楽しい酒です」
趣味らしい趣味はない。好きな言葉は「とにかくやってみる」。
サントリーの創始者鳥居信治郎の口癖だった「やってみなはれ」に通ずるフロンティア精神がいいじゃないか。
リーディングへの道を切り開くには、その「とにかくやってみる」開拓精神を持ちつづけるよりほか手立てはない。
今年でいえば、トップとはざっと30勝差。「30ですからね…まだまだ遠い。
リーディングうんぬんはおこがましいです」
盛本厩舎がいまの成績に満足することなく、より上を、より高みをめざすかぎり、
2017年はこれまで以上に過酷な1年になることはまちがいない。