デビュー6年目の鴨宮祥行(かもみやよしき)は黒いスリムパンツにGジャン姿で
取材場所にあらわれた。
脚を細く長く見せる黒いパンツのせいか、174センチ51キロのからだは黒猫のように
俊敏でしなやかで――園田の馬場よりライブハウスのステージが似合いそうな
ジャニーズ系のイマドキの青年といった印象である。
キャリアでいえば小山裕也についで下から2番目、まだ大海に漕ぎだしたばかりの
若手中の若手なのだが、今年はスタートから2ヵ月で10勝し、
ランキング暫定9位(2月末時点)と順調なすべりだしをみせている。
好調の要因は、昨年のクラス編成(2ヵ月に一度の見直し)で降級した彼の乗り馬が
1月、2月に勝利を重ね、うまい具合に勝ち鞍が稼げたからだという。
「勝ち負けできそうな馬がポンポンと1着になったというだけで、もうタマ切れです。
10勝したからって乗り馬が変わるわけではないので、
またその馬たちでやりくりしていかないといけない」
降級制度でたまたま勝ちを拾ったという側面はあるにせよ、
しっかり勝ちきった点は評価されていい。これまで2着、3着が多いのが
彼の弱点だったのだから。
スタートが上手くなったという声を聞く。
「スタートは以前から得意というか、好きなんです。
そのあと積極的にいけるかどうかが課題だったんですけど、
今年はいけるようになってきたかなと思ってます」と少し自信をのぞかせる。
勝ち鞍を伸ばす騎手というのは、かつて木村健がそうであったように3着を2着に、
2着を1着に押しあげる力と技でもって実力を高めていくものだ。
それがトップジョッキーになるためのプロセス。
一流ジョッキーは皆、その道をたどってゆくものなのである。
その意味では今年の順調な出だしを一つのステップにしたい、と鴨宮自身も考えている。
「せっかくいいスタートが切れたのでここからが大事ですね。なんとかしたいです」
デビュー5年間の成績をみると、36勝をあげた2015年が突出している。
この年は田中学がケガで離脱した時期があり、西脇のいい馬が廻ってきたことで
勝ち鞍がふえたという事情がある。いわばフロックで伸びた成績だった。
この年の大晦日の自身の最後レース、鴨宮は1番人気のエイシンハヤテで出走した。
ここまで36勝、まわりから「来年は50勝やな」と冷やかされていた。
エイシンハヤテは鴨宮が攻め馬を努める馬で日頃から慣れ親しみ、自信もあったのだろう。
1年最後のレースを勝利で締めくくりたいと考えていた。デビュー4年目にして37勝。
こいつは、悪くないぞ。
「レースではずっと(田中)学さんが乗ってた馬なんで、学さんにどうやって乗ったら
いいですかって訊いたんです。
ところが『これだけはしたらアカンで』ってことを1コーナーでしてしまった……」
学騎手からは、この馬は2番手につけたら走らない、と言われていた。
それをやってしまった。
「ゲートを出て、外に出脚の速いスターボードがいて、あっ、スターボードが行く!
と勝手に思い込んで、自然と2番手になってしまった。
やったらアカンって言われてんのに、そうなってしまって……頭の中がまっ白になった……」。
最後は川原騎手のアカシャツハルに差され結局3着。
この一戦で、芽ばえはじめていた自信がいっぺんに消え、自分の下手さ加減に愕然とした。
アカシャツハルはこれまで鴨宮がお手馬にしていた馬だったことも拍車をかけた。
「メッチャ下手やん、オレって思いました。ぼくの力不足を痛感したレースでしたね。
でもいま考えると、そのとき感じてた自信やプライドを一度チャラにできたのが
よかったと思ってます。あのレースだけは一生忘れないです」
次走、学騎手に乗り替わってエイシンハヤテはあっさり勝利した。
あれ以来、鴨宮に乗るチャンスはめぐってこない。
この経験から「馬の力を120%引きだしてやろうとは思わずに、
ゴールするときいかに100%の力を使い切れるか」という教訓を抽きだしたというから、
失敗をただの失敗で終わらせてはいない。彼の学習能力の高さだろう。
学習能力といえば、まわりのアドバイスを受けとめる素直さが彼にはある。
タバコを喫う人間から喫煙はよくないと言われれば「喫煙者がそう言うのだから
まちがいない」と、その言葉に従う。
体力強化では股割り、体幹トレーニング、ランニングなどをアドバイスを受けて
励行している。かみ合わせが悪かった歯を競馬のために歯列矯正したのもそうだ。