これまで取材した若手騎手たちに「デビュー前に描いていたイメージと
現実とのギャップはどうだった?」と聞くと、ほぼ全員が「甘く考えていた」
「現実はきびしかった」と落差を口にしたが、
杉浦の場合は少しニュアンスがちがう。
「思ってたより過酷っていうのはありますけど、
それよりも日々悩みつづけるということに関してはたのしいですし、
やり甲斐ある仕事だなと思いました」。
答えの見つからない日々であっても、そこでもがき、
苦しむことによろこびを見いだした。
そうした日々の悩みとともに努力を重ね、
いまのポジションを獲得したのは間違いない。
「いまの順位を上げるのはもちろんですけど、
追い越されたくないという気持は強い。
下との差が詰まってきたら焦りを感じますし、
ひとつ上の人と差が開いたら、ウーン、
もっと頑張らなと自分に言いきかせます」
見かけの軽快さとは裏腹に、負けじ魂をのぞかせる。
「勝ち馬から半馬身、1馬身以内で負けたときはすごく悔しい。
どうにかなったんちがうかなと考えこんでしまいます」
もうワンステップ上がるために不可欠な要素は?
「やっぱり一番は駆け引き、一瞬の判断だと思います。
ここしかないっていうところを狙っていけるよう集中力を高め、
思いきったレースをしないといけない。そのへんがまだまだ…」
「いまは乗ってて、やろうと思っていてもできないことがあります。
あとでビデオを見て、ここで行けたのに、と思う。
そういうミスをなくしていきたい」
内を廻っていて外に持ちだす一瞬の判断、
あるいは外目から隙を見逃さず内へ突っ込む果敢な積極性。
そうした瞬時の判断やまわりの状況を読み取って
自分からレースを動かすアグレッシブな競馬が今後の課題だと考えている。
小・中学校時代は野球部に所属していた。
いまは甲子園の高校野球の熱狂的ファンで、時間があれば球場に駆けつける。
「甲子園で朝から夕方までおって、汗だらだらかくのが一番のストレス解消法」
なんだそうだ。
春のセンバツ、夏の大会どちらもお構いなし。
競馬がオフの日は日がな一日観戦する。
本大会だけでなく大阪大会、兵庫大会の予選から出かけていくというから
かなりマニアックである。
「野球自体もおもしろいですし、高校生の一所懸命な姿を見て勇気をもらえる。
感動もしますし、とくに甲子園期間中はモチベーションが上がります。
オレも頑張ろうって気になります」
自らを鼓舞する材料は人それぞれ、杉浦には高校野球が有効な刺激剤になっている。
家庭を持った(結婚は2015年)ことで生活は落ち着いた。
ベスト体重51キロをキープできているのも生活のリズムが一定しているからだろう。
家に帰れば舞さんの手料理と愛犬チョボが待っている。
嫌なことがあった日でもチョボと戯れていると気が晴れる。
精神衛生はきわめて良好のようだ。
「現在の勝ち鞍ペースを落としたくない。
落とすことが一番こわい」と杉浦は言う。
課題は毎年やってくるスランプの克服とスタミナ強化にあるのではないか。
昨年以上の数字を残せば目標の100勝に手が届きそうなところまできている。
「体力では木村さん、吉村さんにとてもかなわない。
もっと体力をつけたいと、いつも思ってます」。
朝の攻め馬で消耗した体を筋トレやランニングでさらに酷使するのはきついが、
「いま頑張らないとダメなんで…」と、時間を見つけては川沿いを走っている。
スタミナ負けしない騎乗、成長を左右するカギがそこにある。
さらに言えば、ここ一番で強さを発揮する精神力だろう。
園田には個性的ないろんなタイプの騎手がいる。
自分を高めるうえで、それは申しぶんのない好材料、
お手本がそろっているということでもある。
杉浦自身、そのことは十分知っている。
「内をつくのは理さんを見習わなあかんし、追うのは木村さんが手本やし、
レース感覚は学さんから、追い出しのタイミングは川原さん…
学ぶことが園田にはいっぱいあります」
まだまだ勉強し身につけることは多い。
そうして、たとえ先輩騎手たちの靴は履けても、歩くのは自分自身の足なのである。
学びとったものを自分流に工夫し、磨きあげてこそ新しい道が切り拓けるわけだ。
「数字を見ても上位の人とは大きな差があるんで、なんとか食らいついていきたい」。
持ち前の負けじ魂で突き進む覚悟だ。
年間100勝のカベについては「来年のスタートから狙っていくつもりです。
まわりからも、つぎは100勝や!って声もあって
自分を押してくれてるんで励みになります」
騎手の本当の苦悩がはじまるのはこれからだろう。
デビュー当初がそうであったように、
その苦悩をたのしむポジティヴ思考が杉浦健太の良さであり、真骨頂である。
いずれは園田を背負って立つ騎手になるであろう彼に気負いはない。
今年25歳。時間はたっぷりある。