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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

めざすは「実力の底上げ」。/高馬元紘 調教師

PROFILE

高馬元紘(こうまもとひろ)調教師
1977年3月1日、兵庫県生まれ。
武豊騎手が巻き起こした
競馬ブームに刺激を受け、
身体が小さいこともあり
騎手を目指す。
中学卒業後に中塚厩舎で
下乗りをしたのち、
地方競馬騎手過程を経て
1995年に騎手デビュー。
騎手としては15年間で
451勝を挙げた。
同期には新子雅司現調教師がいる。
 
騎手の現役時に受けた、
難関とされる調教師試験に
一発合格。
騎手を引退した翌年の2011年に
厩舎を開業した。
 
昨年は自身最多の
51勝を挙げて
リーディング9位にランクイン。
今後はさらに上位での
活躍が期待される。

写真

 
競走馬の鍛え方、仕上げ方に関しては、
騎手時代の師匠である中塚猛調教師の教育方針に
負うところが大きいという。
親方がただ教え込むというだけではなく、
「個々の考える力を育てる」という方針だったようで、
厩務員や所属騎手に馬のつくり方を任せていた。
「デビュー当初から調教を任せてもらっていたので、
それがいまにつながってるのだと思う」と、
中塚師への感謝を口にする。
馬を仕上げていくプロセスを任されていたことで
調教法を考え工夫する習慣が身につき、
トレーナーとしての能力を蓄えるうえで役立ったようだ。
 
「ぼくね、凄いジョッキーになれなかったですけど、
自分の乗り馬の仕上げ方には自信があって…
この具合ならイケルなと思ったときはだいたい連に絡んでました」
 
開業当時、高馬師が作成したホームページにも
そうした馬の鍛練法の一端が記されている。
調教時の速い追い切りとはべつの、
普段の運動についての記述である。
「ヴァイタルウォーク(並足)っていうんですけど、歩幅を大きくして、
早足が出ないようにする運動です」。
この動作、できる馬とできない馬がいるらしく、
乗り手にも技術が必要らしい。
 
「駆け足とはちがい、四本の脚で一歩一歩地面を
踏みつけて進むので筋力を強化できます」
 
高馬師の説明によると、脚の筋肉には瞬発力を発揮する速筋と
持久力を支える遅筋があって、ヴァイタルウォークは遅筋を刺激する。
遅筋を鍛えることでゴール前の最後のひと踏んばりにつながるわけだ。
高馬厩舎では早足の追い切りも入念にやり、
ヴァイタルウォークを普段の運動に取り入れている。
中塚師の「考える力を育てる」方針が
こんなかたちで生かされているのが面白い。
そうした技術力の集積が高馬師の実力のベースになって、
開厩後のスタッフ育成に、厩舎力アップに
つながっていることは間違いないようだ。

 

現代の調教師に求められるもの

厩舎運営というのは厩舎と馬主、
二者の関係だけでむろん成立しているわけではない。
まわりのたくさんの支えや円滑な人間関係が不可欠であり、
時間をかけて築きあげた信頼関係をベースに強い絆が生まれる。
 
「1頭預けていただくのも大変なので、人と人とのつながりは大事にしています」
 
高馬師は厩舎運営の要諦を語る。
「そうしたまわりの方々にどう楽しんでもらうか、馬を仕上げレースで結果を出す、
そのプロセスをどう楽しんでもらうか。
その点に留意しながら、しっかり結果を残せるよう頑張る」。
高馬厩舎の基本ポリシーは、厩舎を支えてくれるあらゆる人たちに競馬を
楽しんでもらいたいというところに力点が置かれている。
未経験からスタートした厩務員たちの成長と厩舎運営にかける堅実なポリシー、
さらには創造性に富んだ馬の管理能力、
こうした要因がうまく噛み合い近年の成長につながったとみるべきだろう。
 
騎手生活16年、調教師生活8年の高馬師に
「二つの職種それぞれに適した性格というものがあるのか?」を訊いてみた。
高馬師は「時代によりますね」と答えた。
 
「ぼくが調教師として景気のよかった時代にいたら、きっとついていけなかったと思う。
いまの時代だからまだチャンスがあるのかなと思ってますね」
 
むかしは内容が伴わなくても多少の大風呂敷が通用した時代だったのであろう。
その点、現在の競馬界は堅実なやり方が時代の空気に合っている。
そんな時流のなか、若い調教師たちが独自の新機軸を打ちだせる
柔軟性のあるサークルとして変化をとげているのはたしかである。
 
「調教師個々が馬主さんに対して自分のやり方をしっかり説明できるかどうか。
いまの時代はそれが求められるし、
馬主さんに納得してもらわないと厩舎運営はむずかしいと思います」。
つまり、現代は調教師一人ひとりのクリエイティブな感覚が問われる時代なのである。
 
今年は昨年逃した60勝を目標に掲げている。
テーマは「実力の底上げ」。
同年輩の若手調教師の活躍を見るにつけ焦りやもどかしさを感じているらしいが、
感じて当然で、なにくそという気概をなくしてしまったら成長はのぞめない。
 
「まわりはみんな凄いんで、まず足元をしっかり固めることが大事」。
目の前の1戦1戦、1頭1頭を丹念に仕上げていくことを念頭に、
馬本位でやっていこうと考えている。
 
取材中はずっと同じ姿勢で、礼儀正しく接する姿が印象的だった。
受け答えは冷静沈着、言葉の選び方も慎重で、
とてもじゃないけど、この人にはったりや大風呂敷は似合いそうにない。
生一本で誠実な人、そんな感じだ。この7年間、スタッフと一緒になって汗を流し、
ここまで積み上げてきたものを信じて道を切り拓こうとしている姿がすがすがしく感じられた。

 

文 :大山健輔
写真:斎藤寿一

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