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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

マイ・スウィート・ホース/小田厩務員夫妻

PROFILE

小田厩務員夫妻
小田翔嗣 1984年1月4日生まれ。
兵庫県神戸市出身。
高校卒業後、加西市の牧場を経て、西脇で厩務員
として活動する。園田の新子厩舎に移籍後、
2014年に担当したタガノジンガロで
ダートグレードレースの
『かきつばた記念(JpnⅢ)』を制する。
 
小田尚子 1983年5月17日生まれ。
兵庫県加西市出身。
翔嗣氏と同じく加西市の牧場を経て
西脇で厩務員を始める。結婚後に夫とともに
新子厩舎へ移籍。今年3月、高知の『黒船賞』を
担当馬エイシンヴァラーで優勝。夫婦でダート
グレード制覇という極めて珍しい快挙を成し遂げた。
 
 
新子雅司調教師 1978年3月1日生まれ。
奈良県出身。年間100勝を達成して、
2015年に兵庫のリーディングトレーナーに輝く。
その後も100勝をクリアし続け、
前人未到の3年連続年間100勝突破を記録し、
リーディングとして君臨し続ける。

写真

夫婦そろってダートグレード制覇

 闇のなかで、蹄の音がした。
ゆっくりゆっくり、カポッカポッと、こちらに近づいてくる。
目を凝らすと、黒光りする物体が白い息を吐きだしているのが見えた。
黒い大きな物体は次第にふくれあがり、目の前を通りすぎた。
美しい鹿毛だ。
 
午前2時。エイシンヴァラーの下運動を終えた小田尚子さんが、
新子調教師の待つ馬場に馬を曳いてゆく。
蹄の音はやがて軽快な響きにかわり、
澄みきった大気のなかを縦横に駆けまわる。
気持よさそうに威勢よくいななく。あたりは暗い。
 
勝手なイメージで書くのだけれど、エイシンヴァラーの1日はこんなふうにはじまる。
 
今回登場ねがった小田翔嗣さんと尚子さんは、新子厩舎に所属する厩務員のご夫婦である。
ともに34歳。結婚して今年8年目になる。
かつてタガノジンガロを担当していた翔嗣さんは2014年、
同馬でかきつばた記念(名古屋)を制覇した経験をもつ
(兵庫県では2008年のチャンストウライ以来のダートグレード制覇)。
そして今年3月20日、
今度は尚子さんの担当馬エイシンヴァラーが黒船賞(高知)を豪快に勝ち切った。
夫婦そろって、それぞれの担当馬がダートグレード競走を制するという大金星を挙げたわけだ。
こういうケースは兵庫県では史上初、全国でもこんな快挙はないのではないか。
 
しかも、翔嗣さんがはじめて担当したオープン馬がジンガロであり、
尚子さんにとってもヴァラーが初のオープン馬という偶然が重なっている。
取材の場にオブザーバー役で同席してくれた新子調教師は言う。
 
「当時は(スタッフのなかで)翔嗣と尚ちゃんだけがオープン馬をやってなかった。
それで翔嗣が(ジンガロで)重賞を勝ったんで、じゃあ、つぎは尚ちゃんの番やなと…」
 
大役を仰せつかった尚子さんは、初のオープン馬担当に重責を感じていた。
というのも、ヴァラーが厩舎にきた昨年9月の時点では
「夏負けしていて、ボロボロの状態」だったからである。
 
「暑さに弱い馬で、夏負けで筋肉も落ちていました」
 
一方、新子師の見方はちがっていた。デビュー戦のJRA・2歳新馬戦を勝ち、
中央で18戦6勝の実績をもつヴァラーを
「体調が回復すれば能力のある馬だけに、また走る」と見た。
 
入厩からわずか1カ月半、10月20日に園田の馬場に初見参したヴァラーは、
未だ回復五分の状態ながらオープン特別を圧勝した。新子師のにらんだとおり、
ポテンシャルを証明したのである。
それから4戦目にしてダートグレードの栄冠を手にしたわけだ。
 
7歳になるエイシンヴァラーはダート短距離に多くの活躍馬を輩出した
サウスヴィクスを父にもつ。脚質自在。
性格はおとなしく「むちゃくちゃ甘えたりしないので扱いやすい馬」だそうだ。
夫婦そろって初重賞勝ちがダートグレード制覇。その喜びと重みは格別なものであろう。
 
「地方の重賞とダートグレードを比べると、やっぱり中央のエリートと一緒に走って、
そこで勝てるチャンスってなかなかないことなんで、すごくうれしかったです」。
勝利の喜びもグレード級だったと翔嗣さんは語る。
その言葉に寄り添うように、尚子さんは小さくうなずいた。
ヴァラーの次走は、翔嗣さんが勝った名古屋のかきつばた記念だ(4月30日)。
果たしてダートグレード連覇なるか。
この稿が出るころには結果は出ている。

 

馬で結ばれた想い

神戸市出身の翔嗣さんは高校卒業後、
競馬好きだった祖父の勧めもあって加西市にある育成牧場に就職した。
もともと動物好きで、本人は競馬に興味はなかったが、
といって抵抗もなかったようだ。
牧場で馬のことを学び、西脇馬事公苑に移る。
そのとき入れ違いで牧場に入ってきたのが地元加西市出身の尚子さんだった。
ちょうどディープインパクトが活躍していたころ、
尚子さんは競走馬に魅せられ厩務員を志していた 。
用事があるたび西脇と牧場を往き来しているうち、
翔嗣さんは1年後輩の尚子さんに声をかける。
その後、尚子さんも西脇に移り、二人の距離は近くなった。これがなれそめ。
 
翔嗣さんは馬に魅力を感じたのは牧場に入ってからだという。
競走馬は走るために生まれてきた、
その宿命を背負った馬たちに自分も速く走る手助けをしたい。
強さ、速さを求められる競走馬の短い青春に心を動かされ、
自分の力をためしたいという思いが強くなっていった。
同時に、シビアな世界に生きる者たちには結果を出さねばという責任がある。
「結果が出なかったりすると、引退に追い込まれたりもします。
中央よりも地方はその点はシビアだと思う。
だから馬のことをつねに注意深く見るよう心がけています」
 
馬の状態を観察するうえで、大事にしているポイントが馬の目である。
 
「1日の流れがありますからどの部分も大事なんですけど、
重きを置いているのは目ですね。
目を見るとわかるんですよね、どういう状態なのかが。
毎日、微妙にちがいます。
会話はできないですけど、目を見て感情を読みとるとか。
だいたいそうですね、目と顔の表情をよく見るよう心がけてます」

 

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