家庭でも夫婦の会話は自然と馬の話になるそうだ。
「きょうはあの馬、調子がわるいなあ」とか
「ヴァラーの脚もと気になるから、ちょっと見てよ」とか…。
二人にとって馬は共通の話題であり、わが子のその日あった出来事を話すように馬のことを語り合う。
二人の想いが馬で結ばれているのがほほえましくもあり、なんとも素敵だ。
尚子さんの担当馬は3頭、翔嗣さんは4頭を担当している。
子どもを7人育てているようなもので、話題がそうなるのも当然だろう。
真面目で仕事ひと筋の旦那と面倒見がよくしっかり者の女房、といった感じのお似合いのご夫婦。
休みの日は手をつないで(そんなイメージだ)、
愛犬を車にのせショッピングに出かけるのが愉しみなのだそうだ。
ところで、男性が主流の世界で、女性厩務員ならではの利点といったものがあるのだろうか。
新子師は「女性のほうが接し方がやさしい。
馬も多分わかってると思う。
女性をお母さん的存在だと感じてるでしょうね」と言う。
翔嗣さんも「男の接し方とちがい、女性の場合はどっちかというと
包みこむ感じのやわらかさがある」と見ている。
「普段から馬によく話しかけるようにしています」という尚子さんの接し方が、
なにかしらいい影響をもたらしているのではないか。
「母性だと思いますね。男には母性がもともとないから、その違いだと思う」。
新子師は指導する立場から、女性のもつ母性が馬に好影響を与えるのではないかと考えている。
3年連続リーディングをつづける新子厩舎、
その屋台骨を支えるスタッフは調教助手を含め7人体制である。
翔嗣さんは昨年25勝を挙げ兵庫県のリーディング厩務員に選ばれているが、
そうした実績にとらわれず「勝ち鞍目標は立てずに1頭1頭しっかり管理することだけを念頭に…」
あくまで一厩務員としての務めに徹する。
「先生の競馬に対する信念みたいなものはみんなに伝わっていると思います。
その想いに応えたいという気持をみんなが持っているので、厩舎の団結力は強い。
そう感じています。リーディング厩舎の誇りもあるし。
ぼく自身、どっちかというと真面目なタイプなんで、先生みたいな考え方、やり方は好きなんです」
その言葉を受けて「この二人は真面目です。
いや、うちの厩務員はみんな真面目です。みんな真面目やし、どことなくライバルやないかと。
お互い意識してると思いますね」と、ボスの見方は大局的である。
翔嗣さんには、将来は調教師になっていい馬をつくりたいという夢がある。
調教助手をめざし今年から猛勉強をはじめた。
「厩務員の立場でも上をめざせますけど、いずれは調教師になって
自分でもいろんな馬を出したい」という意欲が芽生えてきたという。
リーディング厩務員に選ばれたことが励みになったのかもしれない。
尚子さんにとっては、ビルドアップをめざす夫を精神面で支える
パートナーとしての役目もふえたわけだ。
さて、エイシンヴァラーの今後のプランだが、かきつばた記念のあと、
JBCスプリントに出走したいという強い意向がある。
さらに、馬の状態をみてのことになるが、コリアスプリント(韓国)への参戦を考えている。
もし韓国で走るとなれば兵庫県初の海外遠征。
「それよりも、ぼくはNARの年度代表馬をめざしてます」と、
新子師は地方競馬の最高峰に並々ならぬ意欲を示す。
年度代表馬級の活躍をするには、もうひとつダートグレード制覇の勲章が必須条件となる。
応援するファンは、こうした出世街道に夢を描いてアツくなるのは当然だが、
日々馬と濃密に接している厩務員たちはどうなのであろう。
「いちばんそばで接しているから、わが子のような感情が湧いてきます。
レースで勝てなかったら、つぎ頑張ろうという気になりますし、
レースを終えて無事戻ってきてくれるとホッとします」。
尚子さんのいった言葉が印象に残っている。勝ち負けは二の次、
無事に戻ってきてくれるとホッとする。
いつわらざる本心だろう。
競走馬は単なる経済動物だと割りきれるものではない。
厩務員は、そうした情の部分をかかえながら馬とともに日々生活しているのである。
最後に、新子厩舎とほかの厩舎とのちがいをどんなところに感じるか訊ねてみた。
「それぞれ厩舎によって作業のやり方はちがうように思いますが、
ぼくが感じるのは…ぼくも西脇で調教した経験があるんでわかるんですけど、
先生の調教を見ているとすごいなと思います。
調教力というか、トレーニングすることで馬を鍛えてゆく、馬のつくり方はすごいです」
新子師主導で馬を鍛え、質を高めてゆく、その技倆は群を抜いている。
そうして、彼のリーダーシップが厩務員の自発的な意欲を喚起し、モチベーションを高め、
それによって一人ひとりの個の力がレベルアップする。
新子師は言う。「スタッフ個々の力はこれからもっと上がっていくと思うし、
ぼく自身もまだまだ勉強途上…。
まあ、みんなで一緒に勉強していこうや、という感じですね」
リーディングを走る厩舎にはリーディングたりうる理由がある。
今回、小田さんご夫婦から現場の声を聞けたことで新子厩舎の骨太の厩舎力の一端が見えたように思えた。
取材のあと、ヴァラーを撮影に厩舎に向かった。
想像していたとおりの美しい毛艶だ。
馬体をいたわり、慈しむように撫でる尚子さんの目は、
マイ・スウィート・ホースを愛でるやさしい母親の目だった。