名誉と栄光のために…多くの騎手たち、調教師たちがめざす”
重賞制覇”という名の勲章がある。
速いだけでも強いだけでも勝てない競馬の世界で、
その勲章を手にするには馬の素質や能力のうえに”強運”という
別次元のファクターも必要であろう。
今年9月の時点で、すでに8つの重賞勝ちをおさめている橋本忠明厩舎には、
充実したオープン馬の陣容に加え、
そういう強い勝ち運が備わっているのはたしかだ。
新春賞をエイシンニシパで勝ったのを皮切りに、
9月の園田チャレンジカップ(エイシンエンジョイで勝利)まで他場を含め
8つの重賞タイトルを積み重ねてきた。
なかでも1月~5月までニシパとジンギの2頭が交互に月イチ勝利をおさめ、
5カ月連続重賞制覇という離れ業(はなれわざ)をやってのけた。
重賞請負人と呼ばれてもおかしくない躍進ぶりなのである。
昨年の重賞成績が園田で1勝(他場で4勝)だった厩舎が
ここまで変貌を遂げたのはなぜなのか。
理由を問うと、「年明け早々、伊勢神宮に参拝してきましたから…」。
本気とも冗談ともつかぬ答えが返ってきた。
「去年はあまりにも2着が多かったんでね。
2着が多いということは、やっていることは間違っていない。
運がないだけだと思ったんです。
4着5着になるんなら何か足りないんだなと考えるんですけど、
2着に終わるというのはやっぱり運がないと。
勝負事なんでね、神だのみも大事かなと思って…」
お伊勢さん効果なのかどうかはともかく、
そのあと月イチ勝利がつづいたのだから幸運が舞い下りたとしかいいようがない。
今年はここまで重賞競走19戦8勝、勝率なんと42.1%。
忠明師を取材するのは今回が二度目で、2年半ぶりのことになる。
「重賞を一つでも多く勝ちたい」と、当時から重賞へのこだわりを語っていたが、
重賞制覇に重きを置く忠明師の考えをあらためて訊いてみた。
「もちろんC2、C3を勝つこともうれしいんですけど、
重賞を勝つことによって厩舎のモチベーションが上がる。
重賞を一つ勝つことでスタッフ全員、必然とやる気がでる。
厩舎のリズム、流れがよくなるのはたしかです。馬もそうで、
1頭そういう馬が出ると2着3着がつづいてた馬が勝つようになる。
連鎖反応を起こす。そんなふうに感じてます」
スタッフ一人ひとりが俺も負けてられないぞ、と互いに競い合い、
空気が連鎖し、人も馬も一体となって競争意識が芽ばえる。
それが重賞のもつ重みというものであろう。
忠明厩舎では重賞を狙える有力馬たちは、
平場をひと叩きせず重賞のみに出走するというローテーションを
いまも変わらず守りつづけている。
「ニシパもそうですし、エイシンミノアカとかエイシンエンジョイもそうです」。
エンジョイは7月の笠松(サマーカップ)を勝利したのち
園田チャレンジカップまで、2カ月近い間隔を空けての重賞2連勝だった。
「オーナーからはひと叩きしておいたほうがいいんじゃないかと話もあったんですけど、
暑い日がつづいたしムダ撃ちはしたくなかった」。
重賞しか使わないやり方にオーナーたちも理解を示し、
ちゃんと結果を残せているところは見事だ。
ひと叩きすることによって馬はすごく消耗する、と忠明師は考える。
レースで走った場合の疲労度は追い切りとは比べものにならない。
追い切り5本6本分ほどの疲れが溜まっているという。
むろんレース後のケアにかかる手間と時間も追い切りの比ではない。
そうした考え方から「ムダ撃ちはせず」追い切りで目いっぱいの負荷をかけ、
1日の運動量をしっかりこなして、その日の疲れを取ってやる。
「以前お話したかもしれませんが、大胆に攻めて繊細に看(み)る、
このやり方は変わらずつづけています」
この調整法を崩さないのは馬にかかる負担をできるだけ軽くするため。
そうして、最高のコンディションに仕上げレースに向かうのが忠明流なのである。
「最高のコンディションに仕上げなければ、重賞を獲るなんてまず不可能。
ましてや園田には新子くんがいますからね。
彼に勝とうと思うと、馬八分の出来で獲れるわけがない。
全国に行けば(そういう強敵が)いっぱいいるわけで…」