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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

歓声が消えた競馬場

兵庫県初の薄暮開催

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 3月17日から19日、24日から26日までの開催日6日間は
薄暮開催でレースが行われた。
発走時刻を1時間半ほどずらして行い、
最終レースを18時25分頃に設定した。
 
もちろんナイター競馬の開催経験のある園田競馬だが、
薄暮開催は初めてで、毎週すべての開催日が
デイ競馬ではないというのも初めてだ。
 
 無観客だからできた薄暮開催。
ファンを迎え入れて行う場合であれば、地域住民との折衝が必要となるからだ。
また、関係者の通勤時間帯をずらすことで、
感染拡大防止策にも繋がる。
 

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 秋分の日が迫る17日、
真冬に比べると十分に陽が長くなっていると感じられていたが、
日没となる6時過ぎを迎えると、とっぷりと暮れて、
照明に馬場が浮かび上がるナイター競馬の様相と化した。
 
 その金ナイターのときなら、
仕事帰りのサラリーマンたちが目立ち始めるころで、
お客さんの熱気で場内の雰囲気はガラッと変わっている…
はずだが、やはり無観客…。
 
 ファンの皆さまから最も近い位置で発走する1230m戦は、
迫力あるスタートシーンが堪能できるとあって好評だ。
それだけに、誰も興味を示さないように見える光景に、
寂寥感(せきりょうかん)がさらに募る。

 

田中範雄調教師が2000勝の金字塔!

クローズアップ

 
 薄暮開催が始まって2日目の3月18日、
前人未到の大記録が達成された。
 
田中範雄調教師がこの日に2勝を挙げ、
地方通算2000勝に到達したのだ。
兵庫県の調教師では誰もなし得なかった大記録。
年間50勝すればリーディング上位の仲間入りだが、
それを10年続けて500勝。20年でようやく1000勝。
つまりそのペースで40年続けてやっと到達できる境地。
範雄師は36年3ヶ月の歳月をかけて、立派な金字塔を打ち立てた。
 
 金字塔とはピラミッドを日本語で表した言葉。
「金の字のかたちをした塔」という意味。
まさに見事なまでの表現で、先人たちのネーミングセンスに感服する。
 
 ミラミッドの頂点に石を積み上げるには、
まずは底辺となる土台作りが必要となる。
一朝一夕にできるものではなく、コツコツ地道に積み上げていく。
そうしてひとつひとつ重ねたことで、
頂となる2000勝目のゴールを迎える。
どの勝利が欠けてもピラミッドは完成しないのだ。
 
 「きょう決めようと思ったわけではありませんでしたが、
こういう星回りになりました。
王手をかけて、たぶんこの子(イチライジン)だから大丈夫だと思いました。
2000勝に関しては、ここまで来たんやなという感じです。
記録とかは自分の中では思ってませんが、
28歳のころから始まったことが…こうして…
きょうを迎えられたことを…ありがたく思っています」と、
達成直後のインタビューで思わず声を詰まらせるシーンがあった。
 
 涙の真意を訊いてみた。
 
 「始めたばかりの28歳のときを思い出したんです。
あのときの競馬場ってね、すごく封建的やったんですよ。
若いもんのすることは馬鹿にされてましたもんね。
そんなことをね、あのとき思い出してしまって」。
 
 さらに思い出深いのが、2000勝を決めたイチライジンのオーナーは、
初めて範雄師が勝利を挙げたイチテンプーと同じ古川直一氏の所有馬だったこと。
 
 「あの馬は、いまはもうないですけど益田競馬場(島根県)に
買いに行った馬だったんです。
当時は買いに行くならレベルの高い南関東へ行くのが当たり前やったので、
すごく笑われましたよ。
そんなことなどが、一気に頭を巡って」。
 
 “イチ”で始まり、“イチ”で達成したことをインタビューで答えながら
思い出し、感極まったという。
 

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 範雄師はファンサービスに誰よりも力を入れる調教師。
ファンのいない中での達成には寂しさを感じているのではないか。
 
 「こんな状況でも、競馬をさせてもらえることを感謝しています。
今度2000勝達成の記念キャップを作りますので、
入場ができるようになったときにファンの皆さんにプレゼントしたいと思います」
とファンサービスを約束してくれた。

 

大相撲も無観客

 競馬だけではなく、他のスポーツやイベントなどが、
軒並み無観客や中止に追い込まれた。
 
 園田競馬場に昨年から春場所の宿舎を構えるようになった
大相撲・田子ノ浦部屋。無観客に伴って、
当然稽古見学も中止となってしまった。
 
 本来なら、ちゃんこのふるまいイベントや、
田子ノ浦親方や荒磯親方(元横綱・稀勢の里)が
表彰プレゼンターとして登場する予定もあった。
 
 昨年は大いに盛り上がった大相撲とのコラボレーションだったが、
コロナ禍により何もできないままで終わってしまった。
力士たちを迎える幟(のぼり)が虚しくはためいた。
 
 来年こそ活気にあふれる春場所になりますように。
 

先が見えない中で…

 当初、2週間の予定で行われた無観客競馬。
当時は、その2週間が終われば通常通りの開催に戻るのでは
という楽観するムードがあった。
しかしながら、事態はさらに深刻化し、まったく先が見えない状況。
もう、我々は沈静化に向かうことをひたすら祈るしかない。
 
 そんな中、幸い競馬は無観客というかたちで
ファンの皆さまにはご不便をおかけしながらも、
なんとか開催は維持できている。とてもありがたいことだ。
 
 開催するからには、関係者一同自己管理を徹底し、
感染拡大防止に努めること。それしかない。
レースの表彰式も省略することにした。少しでも感染する可能性を排除する。
 
 心躍るはずの桜の季節の中で、試練に立たされている日本。
自分のできることをして、耐えぬく。

 
 

写真:斎藤寿一
文 :竹之上次男

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