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荒尾競馬場へは月1,2回のペースで大阪から通い、
実況の経験を積んでいった。
九州産馬によるJRA交流重賞「たんぽぽ賞」「霧島賞」は
荒尾の看板レースだった。
1年でこの2レースだけは園田競馬場でも
場外発売していたそうなのだが、
偶然そのレースの実況を耳にした吉田勝彦アナが
「聞いたことない声やな。これは誰や?」と
興味を持ってくださった所から
冒頭のオファーに繋がったのだと後から聞いた。
荒尾で実況を始めて2年半後のことだったが、
まさに幸運としか言いようがない。
そして、2010年の終わりには園田での実況デビューも果たした。
そこから園田は開催日全て、荒尾は園田と被らない日程の所で
喋りに行くという両競馬場の場内実況を務める日々がしばらく続いた。
そんな中飛び込んできたのが「荒尾競馬場廃止決定」の悲報だった。
年々売上が下がり、累積赤字が膨らんでいく中で、
レース賞金が段階的に減額。
そうなると当然、競走馬の頭数も減り、質も低下。
魅力あるレースが展開できなくなり、さらに売上が減少・・・
そんな負のスパイラルに陥った中下された結論だった。
2011年12月23日、荒尾競馬場84年の歴史に幕が下ろされた。
当日は皮肉なことに9000人近いファンでスタンドはすし詰め状態、
馬券もかなり売れたという。
私は、園田競馬開催日と重なっていたため、
その模様を園田競馬場の実況室でインターネットを通して見守った。
「廃止となるとこれだけの人が集まる。
皆が別れを惜しむのは魅力があったから。
廃止決定の前にその魅力をもっともっと伝えられなかったものか。」
自分の無力さを痛感し、悔しくて涙が止まらなかった。
「もう二度とこんな悔しい思いはしたくない!」
その思いが深く刻まれた。
重賞レースの本馬場入場で、出走馬を紹介する時に
歌を歌うようになって丸4年が経過した。
元々は、2016年の「のじぎく賞」に
高知からイノセントワールドという馬が遠征してきたのが
キッカケだった。
この馬名を聞くと、Mr.Childrenの名曲「innocent world」が
頭に浮かぶ人も少なくないだろう。
「イノ~セントワァ~アァ~ルド♪」と自然と馬名に
メロディーがついてしまう。
そこで、本馬場入場で馬を紹介する時に、
「少しだけ馬名に節をつけてみようかな・・・」
ほんの出来心だった。
「さっき歌ったよね?びっくりしたけど歌うなんて面白いね!」
などという周囲の好意的な反応も後押しし、
しばらく“歌紹介”を続けてみようと思った。
回数を重ねるごとに、「面白い!楽しい!」という
ポジティブな反応も増えたが、
「ふざけすぎ。馬やオーナーをバカにしている。」
というネガティブな反応も聞こえるようになってきて、
このまま続けていいものかどうかかなり悩んだ。
だが、SNSやYouTubeで歌の動画を拡散する人が出てくると、
これまで兵庫県競馬を見たことがなかったという人も
それを見て興味を持ってくれたり、
園田競馬の馬券を買ってくれたりするようになった。
兵庫県競馬は、騎手の技術が高くて、駆け引きが面白い。
レースに迫力があって楽しい。
なので、とにかく一度見て貰えれば、
「園田オモロイやん!」と感じて貰えるはず。
「まずは“一度見てみよう”というキッカケ作りになれば・・・」
という思いで、今は歌い続けている。
売上が下がれば、レースの魅力が低下してしまう
という危機感が常にある。
事実兵庫県競馬も赤字に転落し、
存廃論がチラついたこともあった。
荒尾の涙からもう8年半もの年月が流れたが、
私の心の奥にはずっと荒尾競馬廃止の無念がある。
「とにかく魅力を伝えたい。」
兵庫県競馬の魅力は、見てさえ貰えれば
馬や騎手が伝えてくれる。
だから、とにかくレースを見て欲しい。
そのキッカケ作りがしたい。
お世辞にも上手いと言えない微妙に音程の外れた歌は、
“客寄せパンダ”でいい。
もちろん歌だけではなく、真面目に実況もしている。
私の実況ポリシーは第一に「丁寧で分かりやすい」実況。
まず、番号と馬名はセットで喋るように心掛けている。
あとは、ファンの手元に新聞がなくても、
モニターだけ見ていればどれがどの馬か判別できるような
実況をしたいと思っている。
さらに、馬券を買っているファンと同じような目線で
実況したいとも思っている。
例えば、逃げ馬が何頭も出てきたというレース。
「さぁ、どれが逃げるんやろ?」
「おお~大外から一気に来たか!
うわわ、内からも突っ張ってるやん!!
おいおいもう一頭間から絡んで行きよった、
これはペース速くなるで~。」
「ほな差し馬に展開向きそうやな。
おっ、この馬中団インのええ所おるやん、
ロスなく立ち回って手応えも良さそうや。」
「やっぱり展開速かったわ、4角手前でもう先行勢お釣りないやん。
さぁ、あのインで溜めとった馬、前が開いたら伸びてくるはずや!」
・・・実況中の頭の中を覗くとこんなことを考えている。
もちろんこれをそのまま言語化するわけにはいかないので、
体裁を整えた言葉で喋ってはいるが、
心境はファンと同じでレースそのものを楽しんでいる。
見えたものをただ喋るのではなく、
予測されるレース展開や結果を意識しつつ、
そこから逆算した布石を打ちながら喋りたい。
技術不足もあり、毎回必ずできるわけではないが・・・。
「分かりやすい実況をベースに、
時にはレースそのものの楽しさや騎手の駆け引きを
喋りの中で表現できるようになりたい。」
という実況者としての欲はあるが、
「自分も競馬を楽しみつつ、それを見ている人と共有したい。」
という思いの方が最近は強くなってきた。
30代は自分の実況技術をアップさせることに注力していたが、
今年3月に40歳を迎え、
「“楽しい”を提供したい、共有したい」という方向に
自然と意識が変わってきた。
40代になると、動体視力や記憶力、瞬発力など様々な面で老化を感じ、
実況にも影響すると諸先輩方から色々聞いている。
老化と呼ばれる衰えに多少の怖さはあるが、
衰えて初めて気付かされることもあるだろうし、
そこで自分自身がどんな気付きを得るのかも楽しみ。
そこでどんな実況スタイルにマイナーチェンジしていくのかも
また楽しみの一つ。
兎にも角にも、魅力ある兵庫県競馬を見てくださっている
たくさんの方たちとレースの楽しさをこれからも共有していきたい。
その為にも、
一日も早くファンの方が競馬場に戻れますように・・・
切にそれを願っています。