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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

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チームタガノの悲喜

 
下原騎手は、2019年の年度代表馬に輝いた
タガノゴールドの主戦を務めていた。
タガノゴールドは、JRAから新子厩舎に移籍をして眠れる素質が開花。
「2400m以上の距離だったらこれまで乗った中で一番じゃないかな」
と下原騎手が話したステイヤーの逸材だった。
 
11月8日、タガノゴールドは秋初戦を金沢で迎えた。
連覇を狙って出走した重賞“北國王冠”で
2着に入線した後の1コーナーで突如倒れた。
下原騎手も馬から投げ出されてしまったが、
すぐに駆け寄り、タガノゴールドに心臓マッサージを施したという。
しかし、そのまま息を引き取ってしまった。
兵庫県競馬にとって大きな財産を失う、
本当に残念な結果となってしまった。
 
「精一杯走ってくれたし、
それだけ究極の仕上げだったんだと改めて分かりました。
(レースに勝つために)あそこまで仕上げたタガノファームのスタッフも、
新子厩舎もすごいし、
何より馬があそこまで力を出し切ったというのがすごいです。
直線で勝ったと思いましたから。
そこからゴール手前であらっという感じで(差し返されて)
・・・そこから150mくらいの出来事でしたからね・・・。
とても乗りやすかったですし、2000m以上なら抜群でした。
まだまだ来年の六甲盃も狙える馬だと思っていましたから本当に残念です。」
 
悲しみの金沢から5日後、落ち込んでいた陣営に歓喜が訪れた。
馬主、生産牧場、厩舎、騎手の全てがタガノゴールドと同じ
タガノジーニアスが、名古屋の重賞“東海菊花賞”に優勝したのだ。
悲しみの“チームタガノ”に笑顔が戻った。
 
「ゴールドの悲しみをジーニアスがひっくり返してくれて
・・・あんなことがあったすぐ後だったので感動しました」
という言葉の通り、ゴールの瞬間には珍しく
大きなガッツポーズが飛び出した。
 
タガノジーニアスは、2014年のかきつばた記念(名古屋Jpn3)を
勝つなど重賞4勝を挙げながらJBCスプリント後に急死してしまった
タガノジンガロの弟ということもあって、
関係者もファンも期待している馬だ。
タガノジンガロには下原騎手も東京盃(5着)で騎乗しているが、
追い切りに初めて乗った際に衝撃を受けたという。
「兄のタガノジンガロはどちらかというと
短距離タイプかなと思いましたけど、
追い切りが今までで一番動く馬でした。
行く気で行っていないのにすごい時計が出ました。
あんな時計で追い切りやったことないです。本当に桁違いでしたね。」
 
名港盃に続く重賞制覇を果たした
弟のタガノジーニアスに下原騎手も大きな期待を寄せている。
今後の兵庫県競馬の中距離界を担うスター候補生について、
「乗りやすいんですけど、
まだこの馬のことを掴み切れていないかも知れません。
あまり慌てさせると良くないタイプなのかも。
楽に前に行けるんだったら行ってもいいけど、
深追いしてまで行くとあまり良くないかなと思っています。
名古屋だと(展開が)流れるので楽なんですが、
園田競馬独特のスローペースになりやすいので上がり勝負になると難しいですね。
ひょっとすると(極端なスローペースになりにくい)
他場の方がいいレースをするタイプかもしれません」と話している。
 
“チームタガノ”の大きな期待を背負う
タガノジーニアスと下原理騎手の今後に期待したい。

 

クローズアップ

 

名門新子厩舎の主戦

下原騎手は、6年連続で年間100勝を達成した
名門新子雅司厩舎の主戦を開業当初から務めている。
若かりし頃、西脇所属(寺嶋正勝厩舎)でありながら、
休みの日には園田の清水正人厩舎に調教を手伝いに来ていた。
今でも兄貴と慕う岩田康誠騎手の家に泊めて貰いながら
日々調教に乗って色んなことを学んだというが、
その時に清水厩舎で調教助手をしていたのがのちの新子調教師だった。
そんな縁もあって、新子厩舎開業当初から主戦としての手綱を任されている。
 
新子調教師について、「すごいとしか言いようがないです。
今でこそ(厩舎所属の)笹田騎手がいますが、
開業からほとんど全部の馬の調教を自分でつけて、
状態を把握して、自分で調整も考えて
・・・本当にすごいです」と同級生でもある下原騎手が舌を巻く。
 
その新子厩舎所属の笹田知宏騎手は、
今年自身初の年間100勝を超えてキャリアハイを更新し続けている。
 
笹田騎手だけではなく、
「30歳前後の若い騎手達もみんな結構頑張っていると思いますよ」
と後輩たちの突き上げに刺激を受けている下原騎手。
「周りもみんな勝ちたいと思って乗っているし、
若い子もうまくなってきている。
その中で勝っていくのは難しいですが、
負けないように頑張らないといけませんね」
とまだまだその座を譲る気はない。

 

クローズアップ

 

今後に向けて

デビューから四半世紀が過ぎ、
ベテランと呼ばれる域に入ってきた。
「若いころと違って、
休む時はしっかり休むようになりましたね。
遠征があったあとの月曜日なんかは、
整体に行ってその後ずっと寝て
・・・1日はゆっくりしたいですね」と体を気遣う。
鍛え上げられたアスリートでも40歳を過ぎて
「疲れが抜けづらいな」と思うようだが、
「レースでは大きく変わったところはない」という。
 
このまま年間200勝ペースを続ければ、
あと5年で通算4000勝に届く。
そして、重賞100勝の大台到達となると、
兵庫生え抜き騎手としては前人未到の大記録だ。
「いやぁ、重賞100勝はなかなかちょっと難しいと思いますよ。
今年重賞10勝は勝ちすぎですから・・・」と首を捻ったが、
下原騎手と新子厩舎のゴールデンコンビをもってすれば
4000勝に到達する頃には金字塔を打ち立てている可能性も
大いにありそうだ。
 
「いつもあと4,5年くらいは乗りたいなと思いながら、
ずっと来てますね。25年乗ったので、次は30年ですね。
とにかく与えられた乗り鞍をひと鞍ずつしっかり乗ることですね。
後輩達は早く辞めて欲しいでしょうけど(笑)、
もうちょっと頑張りますよ」と目を細めた。
 
この四半世紀に多くの栄光を刻んできた下原理騎手は、
この先も巧みな手綱捌きでまだまだ我々を楽しませてくれる。

 
 

文 :三宅きみひと
写真:斎藤寿一

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