6月10日、園田競馬場で
2018年生まれの3歳馬による頂上決戦、
兵庫ダービーが行われた。
2歳王者ツムタイザンが戦線離脱し、
群雄割拠と称された今年の3歳クラシック戦線。
その前哨戦となる兵庫ユースカップをサラコナンが勝ち、
第一冠の菊水賞はシェナキングが制した。
その両レースで2着だったエイシンイナズマも含め、
3頭が上位の人気を集めた。
その3頭に次ぐ4番人気でダービーを迎えたのが、
渡瀬厩舎のスマイルサルファーだった。
兵庫若駒賞2着、兵庫ユースカップ4着、菊水賞4着。
自慢の末脚を繰り出すも、あと一歩届かない
もどかしいレースが続いていた。
前哨戦の3歳Aでもシェナキングにクビ差及ばず、
3歳になってからは未勝利という状況で本番を迎えることになる。
あと少しの差を逆転するため、
「差し馬なので上がり重点の追い切りをしっかりやって、
これまで以上に動けるように」
とラストの切れ味や反応を磨いてきた。
「ダービーでも能力的には十分勝負になる」とは分かっていたが、
「2週前にちょっと硬さが出て、1日だけ馬場入りを控えるなど
スムーズさを欠いたんですよね。スムーズさを欠くと、
ここ一番で結果に結びつかないというのが経験上多々あったので…」と、
実は少し不安な材料もあったそうだ。
かくして第22回兵庫ダービーのスタートが切られた。
スマイルサルファーは、スタートで
少し挟まれる不利があってポジションは7番手。
道中は中団インコースで脚をためる展開。
3頭のライバルは2~4番手で固まり、
お互いを意識しながらレースをしていた。
そして、一呼吸おいて追い出された3角から4角までに
一気に差を詰め、ライバル3頭を射程圏に捉えて直線へ向いた。
大外に持ち出されたスマイルサルファーは、一歩ずつ迫り、
内シェナキング、中エイシンイナズマと並んだところでゴールイン!
3頭大接戦のゴールは、ハナ差+ハナ差という
ダービー史に残る激闘だった。
「全く分からなくて、最初は3着かなと思っていました。
でもスローを見たら勝っていて・・・久々に大声が出ました。」
40歳と若くしてダービートレーナーとなったが、
実はダービーに対して「絶対勝ちたい」といった
特別視はなかったという。
重賞を勝ちたい気持ちは強いが、
ダービーはあくまでその中の1つという認識だった。
「祝福の電話やメールの数がものすごくて、
やっぱりダービーってすごいんだなと勝ってから気づかされました。
思っていた以上にすごかったです。
未だに寝る前にダービーのレース動画を見て楽しんでいるんですよ。
1度勝ったらまた勝ちたくなりましたね。(笑)」
ダービーの興奮は何度味わっても格別だ。
スマイルサルファーは、渡瀬師の息子・敦さんが担当しており、
親子でダービーを制した喜びもあった。
付き合いも長く渡瀬厩舎の主戦を務める大山真吾騎手で
勝った嬉しさもあった。
「それでもやっぱり一番は、
松野オーナーの馬で勝てたということですね」と話す。
「オーナーには開業からずっと面倒見てもらっていながら、
最初の4年ぐらい1つも勝てなかったんです。
これはやばいなと。でも、1つ勝ったらダービーまで一気に来た。
あのオーナーの馬で勝てたのが一番嬉しかったですね。」
「スマイル」の冠名で知られる松野真一オーナーとの繋がりは、
もう10年以上になる。
きっかけは橋本忠男厩舎時代、
当時渡瀬師はスマイルムービーを担当することになり、
厩舎を訪れたオーナーと馬の状態などの話をする中で
絆が深まっていった。
そして、渡瀬厩舎開業と同時にスマイルムービーも移籍し、
それ以降毎年1頭ずつ新馬を預かっている。
その松野オーナーとは、飯田良弘調教師を加えた
3人で毎年サマーセールに向かう。
「オーナーすごく血統に詳しくて、
サマーセールに上場される1300頭の血統を8代遡って
全部調べられるんです。
そこでオーナーの血統理論に当てはまる馬が200頭くらい
リストアップされて、その馬体を飯田師と一緒に見て回るんです。」
オーナーの血統理論と、調教師の相馬眼に
選び抜かれた1頭がスマイルサルファーだったというわけだ。
「まさにダート短距離っていう体つきで馬っぷりが
非常に良い馬」と狙いを定め、
「リスクを考えてできるだけ高い馬は避けたい」
という縛りもある中、ほとんど競り合うことなく無事落札できた。
「こんないい馬なのになんで誰も来ないのかな」
と約380万円で落札された1歳馬こそが金の卵だった。
スマイルサルファーは、
セリで購入された直後の1歳夏に早くも去勢されている。
「いずれ絶対この血統は困る」との判断からだった。
デビュー前の去勢は日本ではまだ珍しく、
兵庫の2歳デビュー馬ではこの10年でわずか3頭しかいない。
「プリサイスエンドの産駒は走るんですけど、
全国の競馬関係者がその名前を聞いただけで
顔をしかめるくらい気性難の子供が多いんです。
この馬は、プリサイスエンド産駒にしては大人しい方だけど、
場面場面での暴れ方とかを見てもその血が騒いでいるな
という印象はあります。
当時も、育成牧場から『馬っ気も出てきました』
と聞いていたので、早い段階で取ったんですが正解でしたね。」
入厩後は気性難を見せることもなく、期待通りに成長してくれた。
「特に園田ユースカップ以降、一気に力を付けてくれました。
末脚もまだ切れるようになるだろうし、
体が増えてくればまだ伸びしろがある」
とさらに期待は膨らませている。
折り合い面についても、
「1700m以上だと最初のコーナーで少しかかるけど、
口を割るようなことはないし、
ハミを外したらスッと抜けるので、操縦性は高い。
追い出してからの反応もいいし、気性面で困ることはない」と、
早い段階で去勢した効果をここでも実感している。
一番驚いた成長ポイントは「状況の呑み込みが早くなった」と、
環境への順応性の高さが好成績にも繋がっている。
いい意味で次々と予想を裏切ってくれる馬に
「頭が下がります」と渡瀬師も舌を巻く。