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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

ワタル流ポジティブシンキング

 

 

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涙の初戴冠

2017年からは常にリーディング10位内をキープ。
昨年は自身最多となる年間87勝を挙げるなど、
キャリアを重ねるごとに成績を上げている広瀬航騎手。
 
最近、園田競馬のファンになった方からすると、
広瀬が重賞勝ちがないというのは信じられないことだったろう。
 
2021年10月14日、園田競馬場で行われた『兵庫若駒賞』で、
ガリバーストーム(牡2・尾林幸二厩舎)に騎乗して優勝。
デビューして丸20年、広瀬にとって間違いなく
初めての重賞制覇となった。
 
2番手から早めに抜け出し、
後続の追撃をクビ差凌いでゴールを迎えた。入線後は快哉を叫んだ。
 
「まずはホッとしましたねぇ。
ゴール前は正直負けると思いました。
最後は脚がなくなってたんで。珍しく馬上で暴れちゃいました(笑)」。
迫りくるライバルを意識しながら、
ゴールまでがむしゃらに追い続けた。
 
「向正面で手前を替えているときに加速してしまったんです。
後ろを振り返って気になっていました。
カモ(鴨宮騎手、3着のベラジオボッキーニ)が
相手かなと思っていたので、警戒していましたね。
だから先に抜け出してしまったときはヤバい、
差されてしまうと思いました。
まだその段階では外から来る健太(2着のピロコギガマックス)
は見えなかったです」
 
「ゴールの瞬間、勝ったのは分かりました。
そのあとは結構叫びまくってました(笑)」
 
以前から広瀬は「重賞を勝ったら絶対泣きますわ」
と涙もろさを吐露しいた。
ところが、雄叫びは上げても、涙はなかった。このときまでは…。
 
「意外に冷静でいられましたよ。
ホッとしていました。
馬を止めて叫びまくって、帰って来たときにひょっとして
泣かんかなと思ってましたね。
そのとき、ちょっとだけ昔のこと振り返ったんです。
何をというのではなくちょっと。そしたらドバーッと…」
 
涙腺が崩壊した——。そのあとは人目も憚らず涙に暮れた。
 
勝利者だけが入ることが許される1着の下馬枠(げばわく)に入り、
下馬したと同時に迎え入れた尾林幸二調教師と抱き合った。
 
「そのあとは学さん(田中騎手)を探したんです。
ずっとお世話になっていたし、
苦労も知ってくれていましたから。
そしたら学さんも泣いていて…。
泣いたのはそこまでですね。
そのあとのインタビューのときは、
涙じゃなくなぜか汗が止まらなかったです」
 
ようやく笑顔満開のいつもの広瀬に戻ったようだが、
実はそうでもなかったようだ。詳しくは後述する。

 

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ワタル流ポジティブシンキング

「実はレースに乗る前から想像しただけで泣けてきたんです。
勝ってもないのにイメージするだけでジーンと来てました(笑)」
 
この考えは、ものすごくポジティブなものだと思う。
普通、プレッシャーがかかるシーンでは「失敗したらどうしよう」
とネガティブな感情が湧いてくるものだ。
それを広瀬は成功させたことを想像して、
そのときの感情を先取りしているのだからすごい。
明らかに前向きだ。
 
「ハナブサで兵庫ゴールドカップに出たときも
(大山)真吾に『重賞でお前と本命対抗の馬に乗るところまで来たわ』
と言っただけでホロっと来てましたね」
とネガティブな感情が鳴りを潜めている。
 
このときのハナブサは4着に敗れた。
この馬で広瀬が重賞初制覇を成し遂げるだろうという
大方の見解だった。
事実、単勝1.8倍の断然の支持を集めた。
 
「ハナブサのときは、一線級と戦って来てなかったので
挑戦者のつもりでした。
それでも1番人気になっていましたからね。
やっぱり平常心じゃないところはありました。
当然、負けたショックはありました。
それでも4着でしたし、わずかの差ではなかったので
それほど引きずらなかったです。
ぼくよりも後ろから行った馬が勝ったので、
乗り方が間違っていたとは思っていませんでした」
と強烈なプレッシャーに押しつぶされた敗戦ではなかったようだ。
 
「でもガリバーストームは『決めて来い』
というようなプレッシャーがありました。
だから今回の方がしんどかったですよ」
とズシリと重たいものを感じていた。
 
前向きさはあるが「メンタルは弱い」と広瀬は言う。
 
「前日まではそれほど気にしなかったのですが、
当日は結構ツラくて、プレッシャーは毎回
こんなにあるのなら辞めたい…とまで思いましたよ」
 
思った以上に精神的に追い込まれていたが、
それを撥ね退けて勝利をもぎ取った。
 
レースでは先手を奪うことにこだわりはなかった。
結果、巧く2番手で我慢させることができた。
 
尾林師からは「思い切って乗って来いと」だけ指示があった。
控える形になっても折り合いは問題ないと広瀬は思っていた。
 
「せっかく勝たせてもらいましたけど、騎乗として0点です。
ジタバタして決して褒められた乗り方ではなかったです。
勝ったからええけどって感じです」
 
控えめにそう語る広瀬だが、
力のある馬に依頼されるようになったことが成長の証。
それこそが長年築き上げたことだろうし、
誇りに思うべきことだ。
 
「いい馬が回って来なくてグチる若い子らの気持ちは分かります。
実際ぼくもそうでしたから。
でも実際人気の馬に騎乗したらしたで大変。
若い子たちが言うことにも賛同はするけど、
リーディング上位に上がったら上がったでしんどいぞって言いたい」
と、若いころの自分に言い聞かせるように言った。
 
「乗れる人は早い段階から経験していることですけど、
ぼくは最近になってようやく経験しているから、
勝手にジーンと来てますよ(笑)」
と、またもや悪いイメージは抱かず、ポジティブな感慨にふける。

 

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