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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

異色の転身から2年… 思い描く未来は

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実況アナウンサーにならないか?

審判業務内容に「審判・裁決マイクのテスト」があります。
レース前に必ず音声チェックをしています。
チェックを終えて作業をしていると、突然声を掛けられます。
 
「今の声は・・・君か?」
 
その声の主は園田・姫路競馬のレジェンド、
吉田勝彦アナウンサー。
「君は良い声してるな~」と褒めて頂きました。
声を褒められたのは小学校以来だったので少し戸惑いました。
 
スタンドの耐震工事期間中は実況アナウンサーの真横で業務。
吉田アナからレース直前まで貴重なエピソードを
教えていただきました。
そのエピソード内で印象に残っている言葉を紹介させて頂きます。

「王や長嶋をご覧なさい。
あれだけ素晴らしい野球の才能を持った人が
人の何倍も何倍も稽古を積んでいるのに、
シーズンが終わってみたら3割しか打てていないじゃないですか。
あの人達でおいて7割の不満を持ってシーズンを終わるんですよ。
だから3割でいいんです。」
 
「ただ3割でいいと思うようになると、
割が打てなくなるんです」
 
「草競馬流浪記」の作者で作家の山口瞳先生が
競馬実況の難しさに悩んでいた吉田勝彦アナウンサーに
かけた言葉です。
 
学生時代に部活で思うような結果を得られず、
長いスランプを経験しました。
私の心に一番刺さるエピソードでした。
 
暑さが和らいだ2016年の秋。
吉田勝彦アナウンサーから「君は実況に興味はあるか?」
と突然の質問。
驚きながらも私は「はい、興味はありますよ。」
と返事。
「そうか、君は実況に向いている声をしてるな。
いい声をしてる。」
 
「実況してみるか?」「どうや?やってみるか?」
 
勧誘して頂いて嬉しい半分、俺でいいのだろうか?
という気持ちが半分ありました。
その時期はアナウンス講座に通い始めていましたが、
「はい!宜しくお願いします」
と言える自信はありませんでした。
それでも吉田勝彦アナウンサーは毎週廊下で
擦れ違うたびに声を掛けてくださいました。
18歳で長居競馬場の実況アルバイトを始めた時の話を交えながら、
「素人だった私でも出来るんだから大丈夫だよ」
と励ましてくれました。
 
吉田アナウンサーからのラブコールは2年半近く続きました。
 

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神様からの後押し、決断

「鈴木君、時間があったら実況室まで来てくれないか」
 
2019年、蒸し暑い夏のある日、
審判業務エリアを訪ねてきた吉田勝彦アナウンサー。
 
朝の仕事を終了させていたので、私はすぐ実況室へ向かいました。
部屋に入るとモニターには前日のリプレイが流れていました。
 
「ここに昨日の出走表があるから、
ちょっとリプレイを観ながら実況してみて」
 
私は突然すぎて驚きました。
戸惑いながらも映像を観ながら実況をしました。
吉田勝彦アナウンサーはキリッとした表情で腕組みをしています。
 
スタートからゴールまで実況を聴くと、
「それだけ喋る事が出来るのであれば立派やで。
良い声してるんやから自信持ってええで。
なあ、鈴木君、うちに来てくれないか?
園田で実況せえへんか?」
 
「64年間、競馬を実況してきた私が言うんやから大丈夫や。」
 
園田競馬を育てた人、
実況の神様と呼ばれる方からの言葉に断る理由はありませんでした。
 
「宜しくお願い致します。お世話になります。」
 
翌年の春までに審判業務の引継ぎを行い、2020年3月24日。
ダートプロの一員となりました。
 

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研修~実況デビューまで

研修期間を経て、5月に本馬場入場、パドック進行を開始。
6月からは園田競馬レース展望の進行を始めました。
緊張からガチガチの進行。
当時の映像が残っていますが恥ずかしくて見られません(笑)
 
先輩方、解説者の皆様の温かいサポートもあり、
順調に階段を上る事ができました。
 
空き時間に来賓室を借りて実況の練習。
当時は無観客だったので無人のスタンドでも練習しました。
 
実況デビュー前には開催中の笠松競馬場まで出向き、
朝から夕方まで実況の練習をしました。
 
競馬は瞬発力、咄嗟の判断も重要です。
とにかく数多く喋って慣れるしかない。
休日返上で努力を続けました。
 
実況デビューは2020年11月17日の第2R。
馬体重増減の読み上げから緊張。
双眼鏡を持つ右手も小刻みに震えていたのを覚えています。
 
とにかく平常心を心掛けて喋ろうと思って
実況席に座りましたが体は正直ですね(笑)
 
翌年9月の園田プリンセスカップで初の重賞実況を経験。
発走が15分前後遅れるハプニングはありましたが、
現在の状況、今後のレース情報などで言葉を繋ぎました。
へとへとになりながらも重賞初鳴きは乗り切りました。
 
舞台での経験、殺陣の先生からの言葉、
決勝審判時代での経験が活きました。
「慌てず冷静に周りの状況をみる」
これはどの現場でも共通する事ですね。
 

未来地図ひろげて

園田・姫路競馬レース展望やパドック解説での進行を
始めてまもなく2年、実況は1年半を迎えます。
 
これまで実況は約900レース、
重賞競走は5レースを担当しました。
満足の行くレースもあれば不満の残るレースもあります。
 
今後の目標は「聞きやすい実況、進行」
 
動画配信でレースをご覧になっている方が大多数ですが、
仕事をしながら、車の運転をしながら実況音声を
聴いている方もいます。各馬の位置取り、動き、
白熱するレースの臨場感が音声だけでも伝わる実況を
目指していきたいです。
 
今後の課題としては「同じ言葉を使いすぎないようにする」
終わってから実況を聴きなおすと
「同じ言葉、表現を使いすぎた」と反省する事が多々。
言葉のバリエーションを豊富にすることで引き出しが増え、
喋りの技術向上にも繋がります。
 
まだまだ粗削りな面はありますが、三宅きみひとアナウンサー、木村寿伸アナウンサーの進行、実況を聴きながら自分らしさを表現できるようにしていきたいですね。
アメリカのシカゴで活躍する同姓同名のプロ野球選手に負けないように。
鈴木セイヤらしさを出して行けるように頑張っていきます。
 
実況デビューが出来たのは、これまでお世話になった皆様の支えがあっての物だと思います。
感謝の気持ちを忘れず、日々精進してまいります。
 
悩んでいた私の背中を押してくれた吉田勝彦アナウンサーの意志を受け継ぎ、熱戦が続く園田・姫路競馬を盛り上げていきます。

文 :鈴木セイヤ
写真:斎藤寿一

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