6月9日、第23回兵庫ダービー当日。
みなぎる闘志を内に秘め、闊歩するサラブレッド。
揃いの赤ネクタイを胸に、愛馬を引く厩務員。
各レースのパドックでは、普段よりも幾分おめかし
した人馬を目当てに、スマホや一眼レフのファインダー越しに
多くの熱視線が送られていた。
この日、ダービーはもとより、
下級クラスのパドックからシャッター音が響いていたのは、
あるイベントが行われていたからだった。
「パドック de フォト」と銘打たれたこのイベントは、
ダービー馬が決まる特別な一日に花を添えた。
兵庫県馬主協会が推進する“ホースマン美意識プロジェクト”
の一環で行われた、このファン向けのフォトコンテストは、
兵庫ダービー当日、園田競馬場のパドック周回時を
撮影した写真を Twitter で投稿してもらい、
審査を通って入選した
人に兵庫ダービーオリジナルグッズなどを
プレゼントするという企画だ。
例えば、兵庫ダービーのパドックで
“馬と厩務員の一体感が溢れる写真”が対象となる“
ベストターンドアウト賞“の他、
当日の全レースのパドックが対象となる
“ベストステーブル賞”や“ベストドレッサー賞”
はそれぞれ“厩舎チームの一体感が溢れる写真”や
“整った身だしなみの厩務員と馬の写真”になっているかが
評価される。
高評価のポイントは“愛情をもって写真を撮って
もらえているか”というところ。
そういった温かみが滲み出ている作品が見事入選を果たした。
これら計5つの賞ごとにテーマを設けて参加を募ったところ、
約230枚もの写真が届き、なかなかの盛り上がりに。
それから3ヶ月後、賞を新たに増やすなどして
進化した第2回が9月14日から16日の⻄日本ダービーウィーク
に開催された。投稿写真約350枚と前回以上の応募数、
投稿数でこれまた盛況のうちに幕を閉じた。
このイベントをファンはどう感じたのか。
第2回開催時、来場者の老若男女に
“パドック de フォト”の印象を聞いてみたところ、
次のような声が返ってきた。
「良いと思う。どうせ写真を撮るなら
撮り甲斐があった方がいい。」
「地方競馬は中央よりもパドックとファンの距離が近い。
日挿しがない分、暑いけど、陽の光も綺麗に入って
馬体も美しく写る。」
「こちらがお金を払って参加するイベントではないのに、
賞品をもらえるのはラッキー。」
など肯定的な意見が多数を占め、とりわけ好評価だったのは、
一眼レフで熱心に写真を撮っていた20代の女性だった。
「良い企画だと思います。第1回のときに、
園田の魅力が遠方の人たちにも伝わったと思うし、
普段意識して写真を撮っていない人も、
この機会に馬と厩務員の一体感を考えながら撮ろう
という意識になっていたんじゃないかなと。
私の周りにも評判が良く、せっかくだから良いレンズを
買おうかなという話にもなったし、
実際、わざわざカメラを買った人もいたぐらい。
自分の好きな馬と騎手の写真を撮って、尚且つ賞がもらえる。
自分の写真を評価してもらえるのも張り合いがあっていいな
と思いました。」
と、こちらの想像を超える反応が返ってきた。
あくまで一部の声だが、第1回、第2回と続けたことで
確実にファンへの定着も進んでいる印象を受けた。
しかし、実はこのイベント、ただファンに楽しんでもらうために
行われたものではない。
華やかなフォトコンテストの裏で、競馬従事者に向けた“
もう一つのイベント”が同時に行われていた。
厩舎関係者にホースマンとしての意識改革を
促すという目的と、その改革を兵庫から全国へと広げる
という壮大な計画が進められていたのである。
兵庫ダービー当日は、
ファン向けにはフォトコンテスト
“パドック de フォト兵庫ダービー”が、
厩舎関係者向けにはホースマンとしての自覚と美意識を啓発する“
兵庫ダービーDay”という企画が実は同時に開催されていた。
後者に関しても審査が行われ、
例えば、1日を通して身だしなみに気を使い、
ダービーDay を盛り上げた厩舎には“ベスト厩舎賞”が、
最も美しく手入れされた馬と担当厩務員には
“ベストターンドアウト賞”などが贈られた。
こちらは関係者向けなので公にはされていないが、
実はここが今回のプロジェクトの肝の部分であった。
ではそもそも今回のフォトコンテストを実施した
“ホースマン美意識プロジェクト”とは何なのか。
主導した兵庫県馬主協会の池田守相談役と辻嘉恵子監事に話を伺った。
池田さんによれば、きっかけは、
“公正競馬を見つめ直すこと”だったという。
「ここ数年の間、競馬界全体で見ますと、
着順間違いによる誤払い、禁止薬物陽性馬の発生、
厩舎関係者の馬券購入など不祥事が相次ぎました。
これを受けて地方競馬12場を統括する地方競馬全国協会、
いわゆる地全協が中心となり、公正競馬の見直し、
競馬界の信頼回復のために何ができるかが考えられたのです。」
地全協では、再発防止のための講習会や馬房に監視カメラを
設置するなどの対策を行ったが、
一方で全国の馬主会側も状況の改善を図り、
3年ほど前、池田さんが副会⻑を務める
日本地方競馬馬主振興会の中に公正競馬確保対策委員会を設置。
ホースマンがプロとしての自覚を持つこと、
公正競馬を徹底させようと啓発に努めた
そして、これとほぼ時を同じくして、
「まずは自分たちで何かできないか。」
と独自に改革に乗り出したのが兵庫県馬主協会だった。
改革にも様々なアプローチがあるが、
とりわけ池田さんたちが注目したのは、厩務員の仕事姿、
いわば“美意識”だった。
「クリーンな競馬を行い、そしてそれをファンにどう伝えて
いくかを考える中で、ホースマンの中でも露出が最も多い
厩務員にスポットを当てるのはどうかという話になりまして。
ファンに対してはもちろん、自らも服装など競馬に臨む姿勢を改める
ことで公正競馬を自覚してもらうという狙いがありました。」
確かに騎手以外で言えば、厩務員はパドック周回などで
ファンの目に触れる機会が多い。
こうして、厩務員の見た目も含めた競馬に対する姿勢、
礼儀作法を重んじてもらうことを目的とした啓発チーム、
“ホースマン美意識プロジェクト”を兵庫県馬主協会で
立ち上げることになったのである。
ただチームは立ち上げたものの、初めは手探りの状態だった
と辻さんは振り返る。
「発足当初は、具体的に何をしていけばよいのか
分からなかったので、まずは組合や調教師会を通じて
呼びかけるところから始めました。
それである程度は解消されたのですが、
あともう一歩という感じで。
さらに押し進めるにはどうすればいいかと考えていたときに、
ふと頭に浮かんだのがJRAの“ベストターンドアウト賞”
だったのです。
創設のきっかけは、日本競馬を見学しに来た
ヨーロッパのホースマンの言葉だったと聞いています。
競馬を取り巻く環境は、日本でも一定程度レベルが上がって
いるにも関わらず、引き馬を行う担当者の格好がルーズ
だったり、馬の手入れが丹念に行われていなかったり、
また馬への接し方が強引だったという印象を受けたようで、
パドックを見て『まるで工事現場のようだ』
と驚いていたといいます。
それを聞いたJRAがこのままではいけないと、
賞を創設したということで、私たちのチームも、
これをヒントにしようと考えました。
パドックは作業をする場所ではなく、馬を見せる場所。
写真を撮られることによって意識も変わってくるだろうなと。
実際にファンに見られているという自覚をもってもらい、
またファンにはホースマンらしい清潔感ある姿を
見ていただきたいという思いでした。
ちなみにこじつけかもしれませんが、
6月9日の第1回のとき、C2クラスで最下位人気の
ローゼンブリッツが勝ったのですが、
実は審査員のパドックの評価が高かった馬なんです。
結果につながることもあるのかなと思ったりしましたね。」