これまで取材した盛本師にしても諏訪師にしてもそうだが、
アウトサイド出身の調教師が共通してもつ社会人らしさというか、
実社会を経験して身につけた人当たりのよさ、
謙虚さ、柔軟さが飯田師からも感じられる。
苦手な部分をたのしめるようになったことは人間としての成長であり、
飯田良弘の真率<しんそつ>な人柄がまわりのオーナーたちに理解され、
快く受け入れられているということだろう。
飯田厩舎の強みのひとつが、有能なスタッフが揃っていることだ。
60代の超ベテラン厩務員を筆頭に、40代前後の経験ゆたかな
スタッフが5人。「ほかの先生方からも言われるんですけど、
うちにはすごくいい厩務員が揃ってるみたいなんです(笑)。
ベテランですし、みんなすごく仕事熱心ですし…ありがたいと思ってます」
年を経るごとに少しずつメンバーがふえ、現在の陣容が出来上がった。
かつてはそれぞれの所属厩舎で名馬といわれた競走馬を担当していた、
いわば腕利きの精鋭たちが集結し、飯田厩舎の屋台骨を支えているのである。
管理馬は9月15日現在26頭。朝の攻め馬では飯田師自ら12頭ほどをこなし、
馬の調子をチェックしている。
「調教で乗って、違和感があったりしたらスタッフに相談しますし、
彼らからもいろんな情報を伝えてもらう。
普段の運動面、体調管理はほとんど任せてます」と、
スタッフに関しての満足度は高いようだ。
調教方法で普段から心がけているポイントを明かしてくれた。
意識していることは、より抑揚をつけるということ。
「強弱というか、ONとOFFの切り替えを心がけています。
強めに乗った次の日は思いきって運動だけにしたり。
頑張ったときは褒めてやり、できないときには、しっかり、しっかり!
と励ます。
それが人と馬との信頼関係につながるという考え方なんです」
実質的なトレーニングの部分より精神的なファクターに
重きを置いているようだ。
「パドックで入れ込んで能力を発揮できない馬は、うまく切り替えが
できていないんだと思うし、オープン馬とかはパドックもおとなしくて、
走る雰囲気を感じさせるのは切り替えがうまくできてるんじゃないかな。
1週間のっぺり同じ調教をするよりも強弱をつけてみようという考えから
ですね。それが結果につながってるかどうかはわからないですけど…」
厩舎の期待馬、注目馬ではケンキャクハーバー、スマイルプロバイド、
スマイルクローバーの名前があがった。
「ケンキャクはいずれ重賞を勝つ」と断言できるほどの厩舎イチ押しの馬。
昨年の園田クイーンセレクションを制したプロバイドは、
飯田師自らがセリ場で目をつけた馬だっただけに、
初重賞を獲ったよろこびはひとしおだったという。
クローバーは9月14日のJRA認定レースを勝った2歳馬で、
これからがたのしみな牝馬。
いずれも今後の重賞戦線をにぎわす逸材として期待がもてる。
「一度でもつながりを持ったオーナーさんとの関係は大事にしたい」と
いうのが、開業以来変わらぬポリシーだという。
スタッフとの関係においても「縁があってうちに来てくれたんだから、
その関係を大切にしたい」人と人とのつながりが物事の要諦、
その考えは一貫している。
「自分とほぼ同世代のスタッフが核になってるので、
お互いがリスペクトする気持をもってれば円滑に進むと思う。
親方が強くなって、言いたいことも言えない関係になったらスタッフも
やりにくい。ぼくが厩務員時代に感じていたことなのでよくわかるんです。
人によって差をつけたりするのも好きじゃないんで、
できるだけ平等に接するようには心がけてます」
厩舎内での人間的結束は固いようだ。
淡いグレーのスーツに身を正した姿が、どこかぎこちない。
取材のために着なれない服を着てきました、
という礼儀正しさと初々しさがあって、なんとなくほほえましい。
接してみて感じたことは、飯田師の姿勢がニュートラルだということだ。
応対がフラットで、気負いがない。
ことさらに自己を主張するのではなく、自分のやるべきことを心得ていて、
ひたむきにそのことに打ち込む。
まわりの思惑にとらわれずゴーイング・マイ・ウェイを貫く人。
そういう雰囲気をもっている。
最後にきっちりアベレージを残すのはこういう人だと思う。
うがった見方をすれば、おっとりニュートラルに構えているのは
彼流のポーズであって、急がず、悠然としているようで、
しかし機を見るや、すかさず一瞬をとらえる、
その決断と実行力を内に秘めた勝負師なのかもしれない。
毎年の目標は設定していないというが、めざすはつねに「前年以上の数字」
右肩上がりで成長してきた5年間、これを下げるわけにはいかない。
めざすべき調教師の理想像を訊いてみた。
同じ年に開業した新子師を例にとり、「彼も調教は自分で跨がって、
それが成績に反映している。
勝つための、あれが究極のカタチだと思うんです。
いま新子くんは結果を出す方法でやってますけど、いずれは年齢的、体力的に
きつくなるんじゃないか。
自分ひとりでやるのではなく、うまく人に任せられるようにいけたらいいと思う。
理想のカタチを考えると、そういうことが思い浮かぶ」
「調教師の仕事って結構な歳まであるじゃないですか。60、70と…。
そうなったときに長く一線級でいられる方法といったらどうなのかということも
考えますし。馬主さんが預けて、いい厩舎だねって言ってくれるような厩舎を
存続させないといけないですからね…」
そうはいっても、まだまだ先は長い。
これからの数年、飯田厩舎が潜在させている厩舎力を前面に押しだし、
新子厩舎の高い壁に挑みつづけるにちがいない。
ゆっくりでもなく、急ぐでもなく、彼の歩調で、たくましく、
その壁に立ち向かってゆくことだろう。
そういうスタンスが似合う調教師である。