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クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

お盆シリーズ『摂津盃』に酔う!

 

クローズアップ

 

 場内にはお盆期間だけの出張イベントがいくつかあって、
そのひとつ船橋競馬のVR体験コーナーというのがそのたんルームでやっている。
ちょっと覗いてみた。VRはバーチャルリアリティの略。
専用ゴーグルをつけて、騎手学校で使われている本物の木馬に乗って、
リアルな競馬体験ができるという装置である。
ゴーグルをつけて首を前後左右、
上下にまわすと馬場の景色が360度見渡せるというから面白そうだ。
ためしにやってみた。
 
 レースは6頭立て、距離1000m。
仮想レースなのにちゃんと実況放送がついていて、スピード感もあり、
ちょっとしたジョッキー気分が味わえる。
前方の馬が跳ね返す泥がゴーグルに飛んできたり、併走する馬を牽制したり。
臨場感があって、クセになりそう。
こういう機械にもてあそばれている自分が口惜しいような、うれしいような。
 
 「着順は何通りかあるんですか」
 
 「ええ、希望の着順を選べます」
 
 係の女性が説明してくれた。
いやはや、どうも。
ぼくが乗ったのは2着でゴールするVR。
どうせなら1着にすればよかった。

 

クローズアップ

 

ゴール前、強襲のオオゼキを制して…

 摂津盃の発走時刻が迫っている。
注目のヒダルマ(川原騎乗)は単勝1.5倍で1番人気に推されている。
昨年の勝利馬タガノヴェリテ(田中騎乗)が2番人気で、
こっちは5.9倍。
ヒダルマの12連勝をみたいというファンの思いが単勝オッズにあらわれている。
なんといってもヒダルマはオープンに上がったばかりの馬で
重賞初挑戦なのである。
ファンの思いに応えられるかどうか。
 
 午後8時、スターターが台上に昇り、各馬ゲートに納まった。
「真夏の夜を彩る伝統のハンデ重賞…」。
場内実況の竹之上アナが昂揚感を盛りたてる。
レースがスタートした。きれいなスタートだった。
 
 ハナに立ったのはヒダルマ。
馬群の先頭でグングン後続を引っぱっていく。
3コーナー、4コーナー、そのまま。
依然、先頭はヒダルマ。
直線に入って正面スタンドが沸き立った。
場内騒然!
3番手から襲いかかった笹田騎乗のメイショウオオゼキ(3番人気)が
徐々に差をつめる。
「ガンバレ、川原!」
「笹田、そこで行け!」。
さかんに声が飛ぶ。
一瞬のまばたきも許さないゴール前の攻防。
クビの上げ下げになるかと思われたが、ヒダルマなんとか粘って逃げきった。
 
 勝ちタイムは1分48秒4。最終的に単勝160円だった。
 

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 サラブレッド導入以後、兵庫県馬としては初の12連勝である。
こないだKKコンビ(柏原調教師&川原騎手)から
摂津盃への決意を聞いたばかりだから、
この快挙は自分のことのようにうれしい。
詰めかけた観客のだれもが、いいレースを見たあとの
満足感を味わったのではないか。
 
 実況室で吉田勝彦アナは満足げな様子で
「いいレースやったね」とつぶやいた。
「人気どころが人気に応えてのレースというのがいちばん見応えがある。
いやあ、素晴らしい」。
プロ中のプロを唸らせた、そんなレースであった。
 
 表彰式で壇上に立った川原騎手の表情には
「やれやれ…」といった安堵感が滲みでていた。
インタビューでは「きょうはまったく緊張はなかった。
あくまで挑戦者に徹したことがこの結果につながった」と淡々と答える。
 
 「はじめての千七、残り300mを走ってるときの心境は?」
 
 竹之上アナの質問に、「脚があがってたんでね、
ゴール前なんとかもってくれって、もう祈りですね…」。
ベテランらしい気負いのない、本音のコメントがよかった。
 

クローズアップ

 
 8時35分、最終12レースが終わり、夏の夜の宴は果てた。
潮が引くようにいっせいに観客がいなくなるだろうと思っていたら、
多くの客がまだ正面スタンドに残っている。
 
 もう表彰式も何もないのに、みんな名残惜しそうに佇んでいる。
夏の夜の夢から醒めるのを惜しむかのように。
立ち話をしたりビールの残りを呑んだり、
戦果を自慢し合ったりしてるんだろう。
 

クローズアップ

 
 西ウィナーズサークルに下原理がやってきてサインに応じていた。
ファンの問いかけに丁寧に敬語で答えたりしている。
 
 「お疲れさまで~す」
 
 下原がこっちに声をかけてくれた。
こういう彼の律儀で礼儀正しいところが好きだ。
この日の同時刻、京都では大文字五山の送り火があった。
お盆に戻ってきた先祖の霊がまた還ってゆく夜である。
競馬場の照明は大文字に負けないぐらい、まだ煌々と照り輝いている。
 
 「長い一日、お疲れさ~ん」
 
 帰ってゆく下原の背中に声をかけたが、
その言葉は彼には聞こえなかったようだ…。

 
 

文 :大山健輔
写真:斎藤寿一

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