logo

クローズアップ ホースマン達の勝負に懸ける熱き想い

じっくり熟成を重ねダービートレーナーに

 

一生懸命な騎手が好き

「ぼくは一生懸命頑張る子が好きなんですよ。
健太(杉浦騎手)とか航(広瀬騎手)とか真吾(大山騎手)とか
一生懸命ですもんね。だからメインに使っています」。
それ以外にも気難しい馬を乗りこなすのが巧い、
ベテラン田中学騎手を起用するときがある。
 
「ぼくが開業して最初に勝ったのはツキツヨという馬だったんですが、
学くんが騎乗してくれていました。
そんな縁があって、乗ってもらうことがあるんです」
 
「それと木村くん(現調教師)は本当にすごかった。
彼に任せておけば、その日に結果が出なくても次に絶対繋げてくれる。
馬を成長させてくれる。
そんな風に思っていました」とジョッキーの話で盛り上がりだすと
「これ見てください」とおもむろにジャケットを脱ぎだした。
 
「健太が作ってくれたんですよ」とポロシャツを見せてくれた。
背中には『Dear Taizan 2020 Hyogo Derby』と
プリントされている。
さらに左腕の部分には『いかり(碇)』のマークがあしらわれているところが可愛い。
杉浦騎手もやるじゃないか!
 
「ぼくはキャップを作ります。
ファンにプレゼントできたらいいなと思っています」。
ファンの皆さま心待ちにしてください♪

 

クローズアップ

 

サラリーマンからの転身

「ぼくが競馬界に入ったころはまだまだアラブの全盛期でした。
元々はおやじ(父の一幸師)が調教師をしていたんですが、
ぼくは他のことをしたいと思っていて、
普通にサラリーマンをしてたんですよ」
 
25歳のころ、勤めていた会社で椎間板ヘルニアを発症。
同じ姿勢で行うデスクワークが厳しくなり、
退職したあと父の厩舎を手伝うことになった。
競馬の仕事の方が腰に負担がかかるのではないかと思うが
「動いている方が良かったんです。
ずっと同じ姿勢でいる方がツラかったんですよ」
と父のあとを継ぐこと決意した。
 
こんな流れで競馬界へ足を踏み入れていった碇師。
父の厩舎で厩務員として従事し、その後に調教師補佐、
そして調教師へと順調に駒を進めていく。
とはいえ、当時は調教師のなり手が多く
、調教師免許を取得してから開業までに4、5年かかるというのが通例だった。
 
「あのときは経済的には大変でしたけど、いろんな経験をして、
じっくり調教師になるための準備ができたんじゃないかと思う。
だからいざ開業となったときに戸惑いはあまりありませんでしたもんね」
 
ちなみに、父の一幸(かずゆき)師の印象を当時を知る吉田勝彦アナウンサーに
訊いてみると「決して目立つような人ではなく、
とても穏やかな感じの人でした」というものだった。
 
息子の碇師は大柄で、凛々しい面持ちから一見、怖そうにも思える威圧感を持っている。
若いころはヤンチャだったというのも頷ける。
しかし、じっくり話をしてみるとハッキリ話を伝える意志の強さの中に、
にこやかに柔和に話す穏やかさがあるのが分かる。
父から受け継いだものが見え隠れするのだ。

 

クローズアップ

 

後押ししてくれたもの

開業から24年目、64歳になった碇調教師。
年間65勝(2009年リーディング4位)が最多勝利。
コツコツと勝ち鞍を積み重ね、853勝(6月30日現在)をマークしている。
 
重賞勝ちはこれが3勝目で、決して派手な活躍とは言えない。
それでいて、賞金2000万円に上がった記念すべき
『兵庫ダービー』を制してしまうのだから、
熟成を待って開栓したワインが芳醇な香りを放ったようだ。
 
管理馬を鍛えぬいて目いっぱいに仕上げるのではなく、
覚醒する瞬間(とき)を待ってじっくり成長を促す。
まさにそうして開いた『兵庫ダービー』での大輪だった。
 
取材を終えようとしたとき、碇師が言いにくそうに口を開いた。
いや、言うか言うまいか迷ったような口ぶりだった。
 
「実は、去年の12月におやじを亡くしたんですよ。
このダービー制覇はおやじが後押ししてくれたんかなぁと思っているんです」
と少し声を詰まらせながらしみじみ語った。
 
88歳と長寿を全うした父、生前穏やかだった師匠らしく、
何も言わずに応援してくれていた。
 
「今週、ちょうどお墓参りに行くのですが、いい報告ができます」
 
「あとダービーのとき、歓声がなかったのが寂しかったですね。
ウイナーズサークルでも寂しかったですし、
やっぱりファンの皆さんがいないと盛り上がらないですね」
と無観客競馬が続く現状を嘆いた。
 
秋になり成長を遂げるであろうディアタイザン。
秋になり戻ってくるであろうファンのアツい声援。
その声がさらなる飛躍の後押しになるのは間違いない。

 
 

文 :竹之上次男
写真:斎藤寿一

クローズアップbacknumber