調教師クローズアップ

明確な目標と経験で掴んだ最高の結果

吉村智洋騎手&飯田良弘調教師

休催期間がない兵庫県競馬で複数回リーディングを獲得することは至難の業だ。年間通じて安定した成績を残し続けなければタイトルを獲ることはできない。

その兵庫で吉村智洋騎手、飯田良弘調教師の2人が2023年兵庫リーディングの頂点に立った。師弟コンビでのリーディング獲得は2018年以来2回目だ。

吉村騎手は6年連続6回目。同時に2年連続全国リーディングに輝き、昨年1月に地方通算3000勝を達成している。

飯田良弘厩舎はキャリアハイをマークした2018年の年間104勝には届かなかったが、年間99勝を挙げて自身2度目の調教師リーディングのタイトルを手に入れた。2017年からリーディング5位以内をキープする名厩舎だ。

今月は強者揃いの兵庫県競馬を牽引している二人にお話を伺った。

「目標」を決めて掴んだリーディング

今年で開業13年目となる飯田良弘調教師。5年ぶり2度目のリーディング獲得について落ち着いた表情で喜びを語った。

飯田「兵庫は園田、西脇で調教師が60名位在籍していてレベルも高いので、もう無理かな?という気持ちもありました。巡り合わせも良かったですね。ビッグタイトルを獲得している新子調教師の存在も大きかったですね。数々の偉業を達成している人を抑えてトップに立てたのは嬉しいです」

去年は春から夏にかけて柏原誠路厩舎が勝ち鞍を伸ばしていた。飯田厩舎は20勝近くの差を広げられていた時期があった。焦りはなかったのだろうか?

吉村「そのままずっと勝ち続けることは無いので、どこかで必ず止まると思っていました。こちら側も馬は揃っていたので、夏場あたりからチャンスはあるかな?と思っていました」

飯田「柏原厩舎は休み明けでも仕上げてくる厩舎なので、『やっぱりかな?』という感覚でした。結果的にリーディングを獲れましたけど全然意識していませんでした。秋ぐらいに『ひょっとしたら』という感じでしたね」

数字だけを見たら厳しいと感じる状況でも吉村騎手、飯田調教師に焦りはなく、まだ逆転可能な範囲内と感じていたようだ。

吉村「逃げる立場より追う立場の方が気持ちの面で楽ですよ。1回も取っていない人だと獲りたい気持ちが強すぎて空回りしてしまいます。去年はトップを獲りたいという気持ちが僕らの方が優っていたのかもしれませんね」

兵庫県競馬は毎週3日あるいは4日間の開催がある。厳しいスケジュールの中で飯田厩舎内で目標(ノルマ)を決めて取り組んでいるという。

吉村「今回は目標を決めて計画通りにいけたのが良かったのかもしれません。調教師リーディングのボーダーラインが『100』前後なので、親方とは1週間に2勝という目標を立てていました。差を詰めていって秋が過ぎれば追いつき捕らえられると想定していました。ただ、目標をクリア出来ない週もあれば調子が良い週もありますよね。3日間で3、4勝出来る週もあるので総合的にボーダーラインに届いたらと考えています」

兵庫調教師リーディングの過去10年を見てみると新子雅司厩舎が6度首位を獲得し、年間100勝超えの数字を残している。ここ2年は保利良平厩舎が年間87勝、飯田良弘厩舎が年間99勝でリーディングを獲得している。

吉村「何かしら目標を掲げておかないと結果も出てきません。ただ闇雲に乗って獲ったのと、獲りに行って獲ったのでは価値が違ってきます。勝ちたいという気持ちでいるから結果が残せると思うんです。それが後に自分の財産になりますからね」

具体的な目標設定と厩舎全体が一致団結して掴んだリーディング。今年は絶対獲ろうという気持ちが強くなったのは一昨年の悔しさがあったからだという。

2022年の兵庫調教師リーディングは3厩舎(保利良平厩舎、新子雅司厩舎、飯田良弘厩舎)が大晦日までリーディング争いを繰り広げた。三つ巴の争いは保利良平厩舎が競り勝ち、飯田厩舎はわずか1勝差の2位でリーディングを逃した。

吉村「2022年は保利良平厩舎がトップを走っていて、そのままリーディングを獲ると決めつけてしまっていましたね。まさか大晦日まで争いが続くと思ってていませんでした・・・。あの差だったらもっと自厩舎の馬に乗っていたらなという後悔がありました。『獲りたい』という気持ちが大事だと実感した1年でしたね」。その悔しさを翌年にぶつけて所属厩舎をリーディングに導いた。

飯田厩舎は2017年からトップ5位以内をキープし、勝ち鞍を伸ばし続けている。3月28日時点で地方通算835勝。大台の1000勝という数字も見えてきている。

飯田「800勝以上を挙げている感覚はないのですが、今のペースでいけば1000勝に到達できるのかな?と感じています。厩舎全体が一体となって取り組んで残せた功績だと思います。まだ時間は掛かりますが今後も日々の積み重ねで頑張っていくだけですね」

2年連続全国トップ 己と戦った1年

吉村智洋騎手は去年も兵庫リーディングを獲得し、2年連続3度目の全国リーディングに輝いたのだが精神的に辛い1年だったと振り返る。

「周囲からの重圧はなかったですが、2年連続でトップを獲らないと意味がないと思っていました。自分に対するプレッシャーがきつすぎましたね。去年の秋ぐらいはしんどかったですし、馬に乗っていても楽しくなかったです。ライバルがあれだけ勝っていると意識して自分のパフォーマンスが崩れることが多かったし・・・。南関東の騎手は固め勝ちをしてくるので20勝リードしていても安心出来ませんでした」

目に見えない重圧と追い掛けられる不安と戦った1年。その中で2位の笹川翼騎手(大井)と21勝差を広げて全国トップの座を死守した。

「今回獲っておかないとという思いがあったので獲れてホッとしました。全国リーディングは2年連続で獲るということに意味があると感じていました」

今回獲っておかないとという思いがあったのには理由があった。それは今月兵庫でデビューする新人騎手の存在だ。

吉村「新人騎手が4人もデビューするんですよね・・・。減量騎手が増えるとレースの流れも変わっていきます。軽斤量の馬を自ら捕まえにいって私の馬が止まることもあるので・・・。これからは今まで通りに勝てないと感じています」

3人の新人騎手がデビューした2021年は減量騎手の騎乗馬に苦戦を強いられるレースが多くみられた。それでも年間300勝以上を挙げて兵庫リーディングの地位を守っている。新進気鋭の若手相手にどう挑むのか要注目だ。

全国リーディングを獲りたかった理由がもう一つ、長男の誠之助さんの存在だ。

「息子がデビューする前に決められて良い所を見せられましたね」

長男の誠之助さんは父の背中を追い掛けて騎手を目指しJRA競馬学校の門を叩いた。息子の卒業前に偉大な記録を打ち立てた父・智洋騎手。2月のJRA競馬学校卒業式にも出席し息子の晴れ姿を見届けた。

「誠之助は元々真面目な性格ですけど、親元を離れての3年間で成長を感じました。たくましくなりましたね。経験を積んで技術を磨いて頑張ってくれたらと思います」

誠之助騎手JRAデビュー

3月2日(土)、JRA小倉競馬場でデビューを果たした吉村誠之助騎手。息子の晴れ姿を観ようと吉村智洋騎手は現地でレースを観戦した。

「初勝利するまでは現地に通うことを決めていました。行かないときに勝ったらショックですし(笑)」

次開催に向けて身体を整えることに集中する貴重な週末を削って、息子の勝利を見届けるために現地へ足を運び続けた。

そして初勝利の瞬間が訪れた。3月24日(日)、阪神競馬11レースの六甲ステークス。所属する清水久詞厩舎のボルザコフスキーに跨り初勝利を挙げた。デビューから34戦目。オープンクラスでの新人初勝利は1997年の読売マイラーズカップ(オースミタイクーン)の武幸四郎騎手以来とのこと。

「スタートも良く出して内をロスなく回ってきていましたね。道中もしっかり折り合っていましたよね。直線あたりから騒いでいましたよ(笑)」と興奮気味に語った。

レース後は口取り写真と六甲ステークスの表彰式に馬主代理として出席。その舞台裏も明かしてくれた。

「最初は口取り写真だけ写ろうと思っていただけで、表彰式に出る予定はなかったんですよ。JRAさんのご厚意で表彰式に参加しました。口取り写真のプラカードも幸英明さんから渡されたんですよ。『吉村さんしかいないでしょう』と言われて(笑)。これで競馬場に通わなくてよくなりましたね」

息子の初勝利を現地で見届けた時の様子を嬉しそうに話す吉村智洋騎手。普段の勝負師の顔ではなく父親の顔になっていた。

吉村誠之助騎手はその二日後に高知競馬場へ遠征して地方初勝利をマーク。今回の取材翌日に園田競馬場へ初遠征することが決まっていた。成長を続ける息子とホームの園田で初めて対決する。

「本人がどう乗るかが楽しみですね。同じレースに乗っていたら騎乗の際の仕草や無駄な挙動をしていないかを見られます。そのあたりはテレビやパトロールビデオでは分からないので実際見てみてアドバイス出来るところがあれば伝えようと思っています。様々な場所で経験を積んで中央の舞台でも活かせるように頑張ってほしいですね」

3月28日はエキストラ騎乗を含めて合計8鞍騎乗した吉村誠之助騎手。園田初勝利は3戦目の820m戦だった。飯田良弘厩舎のカンナリリーに跨り道中は3番手追走。好位から直線で抜け出し人気に応えた。続く6Rも飯田良弘厩舎のテリオスノアで逃げ切り勝ちを決めて1日2勝を挙げる活躍をみせた。

「生まれ育った競馬場で乗れるのを楽しみにしていました。トレーニングで馬場を走り込みをしていたのでコースの特徴は知っていましたね。勝てたことは嬉しいですが反省するところがあったので、この経験を今後に活かしたいです」と誠之助騎手は園田での初騎乗を振り返った。

レースを終えた吉村智洋騎手に息子の騎乗についてお話を伺ったが、「いや、まだまだですよ」と厳しい評価。

中央初勝利、地方初勝利、そして園田初勝利を挙げた内容の濃い1週間となった誠之助騎手。今後のさらなる飛躍を期待したい。

進化を続ける兵庫生え抜きの星

吉村智洋騎手、飯田良弘厩舎のコンビといえばスマイルミーシャの名が頭に浮かぶファンの方が多いだろう。

2022年は無敗で園田ジュニアカップを制覇し兵庫の最優秀2歳馬の称号を獲得したスマイルミーシャ。年明け初戦の菊水賞は2着に敗れ初黒星を喫したが、5月のじぎく賞で貫録勝利。続く兵庫ダービーも勝ち飯田良弘厩舎に初のダービー制覇をもたらした。

飯田「この馬には感謝しかないですね。タイトルに『ダービー』がつく最後の年に吉村君でとれたのは嬉しかったです。ついてるなと思いました。これ以上のビッグタイトルとなるとダートグレードレースという事になりますね(笑)」と喜びが溢れていた。

7月の古馬混合の条件戦を勝った後は園田の厩舎で調整が進められたスマイルミーシャ。記録的な猛暑の夏を越して、9月の園田オータムトロフィーは5馬身差で勝利。完勝といえる内容だった。

飯田「厳しい暑さの中でも決められたローテーションを守って頑張ってくれました。新馬戦の時はテンションが高くてどうなるかと思いましたが、今はレースにいっても落ち着きが出てきて大人になりましたね」

園田オータムトロフィーの後は古馬重賞へ矛先を向けると、10月の兵庫クイーンカップでは“金沢の女帝”ハクサンアマゾネス相手に粘り強い走りで2着を確保。次走の園田金盃はラッキードリームやツムタイザンなど屈強の牡馬を撃破する偉業を達成。3歳馬のグランプリ制覇は9年ぶり。牝馬の制覇は8年ぶりだった。

吉村「兵庫クイーンカップで全国レベルの馬と戦って厳しい流れの中でもよく頑張っていました。あの経験が金盃に繋がりましたね。今は落ち着いてレースに挑めているのも親分や厩舎スタッフさんがしっかりケアしてくれて、ゲートに入るまで万全に仕上げてくれているおかげです」

レース後のインタビューでは彼女の強さを“天才的なアイドル様”と人気アニメの主題歌の歌詞で表現した吉村騎手。その強さを引き出してくれる厩舎関係者の努力に感謝した。

年明けの牝馬限定重賞、コウノトリ賞も人気に応えて勝利したが、本来のパフォーマンスではなかったという。

吉村「金盃で目一杯走っていたので、正直そんなに良くなかったですね。菊水賞からずっと厩舎にいて厳しいレースを続けていたので、馬の消耗は激しかったのかもしれません。それでも勝つんですから勝負強いです」

疲労が残っている状態でも結果を残した愛馬を労った。

コウノトリ賞の後は坂路が併設されている牧場へ移動。激闘の疲れを癒しながら春の大一番備えた。スマイルミーシャが視野に入れているのは新設の牝馬重賞、第1回兵庫女王盃(Jpn3)だ。大井競馬場で行われていたTCK女王盃が今年から園田競馬場に移動。兵庫にダートグレード競走が1つ加算され合計4競走となった。

飯田「牧場施設から帰厩してすぐ乗っていますが良い感触でパワーアップしてきたなという印象です。体重に大きな変化はなく身の詰まり方を見るともう少し増えても良いかなと。中間の追い切りも時計を出していて順調ですよ。フレッシュな状態でレースに向かう方が良いかもしれません」

吉村「フレッシュな方がスマイルミーシャは走るのかな?という感じです。使い込むよりも良いと思います。状態は良さそうなので後は僕次第ですね(笑)」

スマイルミーシャの調教や追い切りは飯田調教師が跨り感触を確かめている。吉村智洋騎手は本番のみで跨るというスタンスをデビューから崩していないそうだ。

吉村「デビューから今までこのスタンスでうまくいっているので、スタンスは変えません。いつも通りで余計なことはしません。変えてしまうとパドックで馬が入れ込んだり、ゲートでうるさくなってしまうかもしれません。いつも乗っている人が乗っていつも通りに乗って調整する。僕はどんな感触だったか聞くだけですよ。動きが鈍い、ズブさのある馬の場合は乗る事もありますが、ミーシャは動いてくれるので大丈夫です。変える必要はないです」と言い切った。

兵庫女王盃は、JRAからダートグレード2勝のアーテルアストレアやライオットガール、昨年12月の神奈川記念を制しているヴィブラフォンなど実績馬が多数出走。スマイルミーシャにとって試金石の一戦となる。

吉村「正直そんなに甘くないです。厳しい戦いになると思います。挑戦者としてどこまでやれるか?地元のアドバンテージがある中でどれくらいやれるのか。今回の結果次第で今後が決まります。厳しい結果9割、期待1割という感じですね」

飯田「グレード戦で甘くはありませんが、状態は良いので強敵相手にどこまで通用するかですね」

明確な目標と勝利への貪欲な気持ちでトップへの返り咲きを果たした飯田良弘厩舎、そしてその屋台骨を支え続ける吉村智洋騎手。師弟タッグが育て上げ、厩舎にダービーとグランプリのタイトルをもたらしたスマイルミーシャはいよいよダートグレードへ。「兵庫女王盃」の記念すべき第1回大会は4月4日にゲートが開く。

“天才的なアイドル様”が“真の女王”へと昇華する時、さらに未来は大きく広がっていく。
更なる高みを目指す師弟タッグへの熱い声援をお願いしたい。

文:鈴木セイヤ   
写真:斎藤寿一    

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