騎手クローズアップ

一念通天 悲願達成までの歩み

〜松木大地騎手〜

「嬉しいです!」
寒空の姫路競馬場に喜びの声が響き渡った。
第24回兵庫クイーンセレクションで初重賞制覇を飾った松木大地騎手だ。
リニューアルされたウイナーズサークルで新緑の勝負服が光り輝いた。
今月は下積み時代を経て重賞タイトルを獲得した松木騎手にスポットを当てる。




デビュー9年目で掴んだ初タイトル


3歳牝馬の重賞、兵庫クイーンセレクション。
サラキャサリンに与えられた枠順は1枠1番。
枠順が決まった時の心境は複雑だった。
「1番が出た時はズッコケましたね。笑うしかなかったです(笑)。」

開幕当初の姫路競馬は内ラチ沿い~馬場の四分どころ迄の砂が深い。
深い場所を通らされた内枠勢は苦戦を強いられ、兵庫クイーンセレクションまで1番枠の勝利は1度だけだった。

「逆に力が抜けて開き直れました。過去の反省からサラキャサリンのリズムで走らせる事を心掛けていましたね。」

平常心でレースに臨むと最内枠からロケットスタートを決めた。
隣の馬よりも1馬身以上前に出ると、スムーズに外へと進路を取る。
ペースを緩めず自分のリズムで最後まで駆け抜けた。
試練を乗り越えての勝利だ。


「これまでゲートがそれほど速くなかったのですが、この日は速かったですね。 あんなに速く出るとは思いませんでした。最初のコーナーまで外へ持ち出せたのも大きかったです。乗りながら『これはあるぞ!』と。」


鞍上の松木大地騎手はデビュー9年目、兵庫に移籍して5年目で嬉しい重賞初制覇。
当日はご両親が現地で観戦していた。

「園田にはよく来ていましたが、姫路は今年初めてでした。父が体調を崩し入院していた時期もあり、目の前で初重賞を決める事が出来て嬉しかったです。何回もあるチャンスではないのでね。」




勢いそのままに重賞連勝


姫路で初タイトルを手にした松木騎手はサラキャサリンと共に名古屋へ遠征。
3月30日に行われた第21回若草賞土古記念はグランダムジャパン2023、3歳シーズンの開幕戦。全国から強豪が集う。

序盤で他馬に競りかけられるが松木騎手は冷静だった。
「兵庫クイーンセレクションを勝っていたので、今回はリラックスして臨めました。一歩目から速い馬ではないので競られるのは想定内。ペースはだいぶ速いなと感じましたが馬を信じて跨りました。」

ハナは譲らず自分のスタイルを貫くと後続に影をも踏ませない逃走劇で重賞連勝を飾った。

「レース当日の名古屋は前残り、内ラチ沿い有利な傾向だったのでハナに拘りました。4角ではフラついていましたが最後まで辛抱してくれました。」

デビュー9年目で掴んだ栄光。
その栄光までの道のりは険しかった。


乗馬未経験から夢への挑戦


競馬に出会うきっかけはあの有名漫画だった。
「兄が持っていた漫画『みどりのマキバオー』を読んだことがきっかけで競馬に興味を持ちました。高校2年生の時、騎手を目指すか、大学に行くかを考えていました。」
緑色の勝負服の由来も「みどりのマキバオー」から来ている。

騎手になりたいという事を両親に相談した際は反対された。
「大学受験と両立するのであればという条件付きで受験を許してくれました。JRAは不合格でしたが、地方競馬教養センターは1発で合格。僕だけでなく両親もビックリしていましたね。」

同時期に受験していた私立大学も合格したが、夢を叶えるため騎手の道を選んだ。

高校卒業後に地方競馬教養センターの騎手課程第93期生として入学。
2年間の規則正しい厳しい生活を送ることになる。
「乗馬未経験なので初めて馬に乗った時は怖いな、上手く行かないなとは思いました。でも教養センターでの生活は苦ではなかったです。」

同期には昨年12月に兵庫へ移籍し、今年3月から騎乗を開始した山本咲希到騎手がいる。
「1年半位は相部屋で消灯の時によく喋っていました。彼は競馬の知識量が凄いですね。『え?それ知らんの?』って言われました(笑)。」

教養センター在学中に所属先を決めなければならない。
大阪府出身の松木騎手は当初地元に近い兵庫を希望していた。

「初めて競馬を見たのは園田競馬場でした。第1希望は兵庫でしたが、担当の教官に『兵庫は騎手が多く、レベルが高いから厳しいぞ』と聞き再考しました。『暖かい土地の競馬場がいいです』と教官に希望を伝えると、高知の雑賀正光厩舎を勧めていただきました。」

高知の雑賀正光厩舎は地方通算4000勝間近の名門厩舎だ。
騎手候補生は所属予定の競馬場で半年間の研修を行う。
厩舎での生活は想像を超える忙しさだったという。

「とにかく大変でしたよ。まずは馬房の掃除や馬の手入れ、馬の運動をメインに厩舎のお手伝いをしていました。1頭あたり40分程度運動をするのですが、管理馬が多いので休む時間が無いです。雑賀厩舎は年間200勝以上を目標にしている厩舎なので、常に緊張感がある現場でした。」



状況打破へ武者修行、兵庫への電撃移籍


教養センターを卒業すると、2015年4月4日、高知競馬2Rでデビューを果たす。
初勝利は同年6月28日の高知競馬11R。デビューから77戦目。
勝利に導いたのは後に重賞、珊瑚冠賞(2016年)を勝利するブラックバカラだ。

所属する雑賀厩舎には兄弟子の永森大智騎手、岡村卓弥騎手が在籍。
高知在籍中は有力馬の騎乗機会は少なく、勝ち鞍が伸び悩んだ。

デビュー2年目に転機が訪れる。
騎手としての腕を磨くため、期間限定騎乗で金沢へ遠征した。

「金沢の皆さんには良くしていただきました。勝ち鞍を伸ばす事が出来たのは関係者の皆様にチャンスを多くいただけたからです。高知と違う環境で良い刺激を受けましたね。」
金沢競馬場では約5ヶ月間で16勝を挙げた。

2度目の遠征は2018年の11月。
子供の頃にレースを観た園田競馬場で3ヶ月騎乗する事が決まった。
所属先は園田の雑賀伸一郎厩舎。雑賀正光調教師のご子息である。

「兵庫の話は高知の先輩達から聞いていました。『兵庫は怖い所だぞ。』と(笑)。遠征ができたのは雑賀正光先生が背中を押して下さったおかげです。雑賀伸一郎先生から特別な指示はなく、自厩舎は言われた馬だけ乗っていました。空いた時間は自ら他厩舎に出向き、顔を覚えてもらえるようにアピールしました。」

期間限定初日から園田で騎乗を開始したが高知との違いに戸惑った。
「しんどいなと思いましたね(笑)。乗りながらこんなに頭を使わないといけないのかと。高知では馬の力量差もあって砂を被らずに終わることもあります。しかし、兵庫は馬群が詰まっているので、掛かっても逃げ場がない。何がなんでも抑えないといけません。
馬が競馬しているというより、騎手が競馬をしている部分がある。自分の立ち回り次第で着順が決まるので面白いなと思いました。」


兵庫県競馬は田中学騎手、下原理騎手、吉村智洋騎手など名手揃い。日々痺れるレースが展開される。
「兵庫のトップジョッキーと一緒に乗れて嬉しかったですね。学さん、理さん、吉村さんの背後で動きを見ながらレースしていました。期間中に14勝を挙げる事が出来ましたが、上位騎手に連れていってもらった感じがありますね。」

2019年の2月14日に期間限定が終了。
その1週間後、兵庫への電撃移籍が発表された。




名手が揃う兵庫で躍進


兵庫県競馬において「移籍騎手は3ヶ月間の研修期間が必要」と定められており、松木騎手は2019年5月22日の園田競馬で騎乗を再開した。

同年の春から兵庫県競馬もJRAと同じ減量規定になり、松木騎手は☆1kg減で騎乗ができた。

その結果、2019年は年間57勝を挙げ飛躍を遂げた。翌年はキャリアハイの年間60勝を記録し2年連続で自身のキャリアハイを更新。兵庫リーディングでベスト10入りを果たした。

「減量規定の変更は大きかったですね。勝ち鞍を伸ばせたのは☆1kg減で騎乗できたのと、有力馬の騎乗依頼を多く頂けたからだと思います。研修期間中から積極的にアピールした成果が出ましたね。」



重賞タイトルを取ってからの変化


2021年は年間51勝、昨年は39勝と勝ち鞍を落としたが、今年重賞を2つ取った事で心境の変化がある。

「これまでが上手く行き過ぎていました。兵庫で騎乗するとなると違った面が見えてきたり、駆け引きもありますからね。ただ、高知時代は能力が劣る馬に跨る機会が多かったので、今はレースに参加出来ているな、騎手しているなと実感しています。重賞を獲った事で落ち着いて乗れるようになりましたね。どうしたら良かったのか冷静に自己分析できる様になったので、その反省を今後のレースに繋げていきたいです。」


高知の雑賀正光調教師に重賞制覇の報告をした際、予想外な言葉が返ってきたという。

「兵庫クイーンセレクションの時は、インタビューで自分の事を喋りすぎと怒られました(笑)。馬の事を褒めなきゃダメだと言われてしまって・・・。若草賞土古記念の時は反省を活かし、馬の話をするように意識しました。雑賀先生は移籍した今でも気にかけてくれています。園田のレースをよくチェックしているそうです。」

高知の恩師は今でも南国土佐から熱視線を送っている。




さらなるステップアップへ


兵庫県競馬は休みなく毎週開催がある。厳しいスケジュールを乗り切るためには強靭な体力が必要となる。松木騎手は今年からパーソナルジムに通い始めた。

「子供が保育園に入ったタイミングでパーソナルジムに通い始めました。関節の使い方、稼働域を広げる所を重点的に意識してトレーニングしています。これまでは下半身だけでバランスを取る事が出来なくて、上半身に余分な力が入り肩甲骨を痛めたりしていました。上半身、下半身を別々で使えるようになれば馬の推進力に繋がる。まだまだ改良中ですが、攻め馬でトレーニングの成果を実感しています。」


松木騎手といえば伏兵馬での高配当提供が多い騎手だ。
4月14日の園田競馬10レースで最低人気のカテドラルロックで勝利。単勝の払戻金は43,860円。昭和26年以降、兵庫では歴代5番目の記録だった。

期間限定騎乗中の2019年1月29日にも最低人気馬のコクシネルで勝利している。この時の単勝払戻金は44,270円。歴代4番目の配当を叩き出した。

「調教から1頭ずつ丁寧に乗っていれば、いつかチャンスも巡ってきます。先日の単勝4万馬券の馬でも勝てる事もあるので。直線では凄い悲鳴が聴こえてきましたね。検量室前では田中学騎手にもイジられました(笑)。ファンの方に穴馬を持ってくる騎手として認識していただいているのも嬉しいですね。」


名手揃いの兵庫で生き残っていくためには心身ともに成長する事が必須となる。
先輩騎手の良いところを吸収しながら再浮上を目指す。

「兵庫に来た当初はうまく行き過ぎたので、違う事をやり始めて一歩ずつ良くなっていけたらと思います。昨年は勝ち星を落としてしまったので、今年はまず50勝を目標にした
い。目標をクリア出来たら少しずつ上げて、いつかは年間100勝を目指したいです。」

5月11日(木)に園田競馬場で行われる第61回のじぎく賞はサラキャサリンとのコンビで挑む予定だ。昨年の2歳王者で休み明けで菊水賞2着に入ったスマイルミーシャ、佐賀のル・プランタン賞を制したマルグリッドなど実績馬が出走を予定している。

「距離は1400mぐらいがベストですが、ゲートを決めてすんなり先手を奪えれば多少距離が延びてもやれるのかなという期待もあります。他地区も地元も強い牝馬がエントリーしてくるので次の1700mが試金石の一戦になりそうですね。馬と喧嘩しない程度に抑え、強敵相手にどこまでやれるか楽しみです。」


地道な努力を結果に結びつけた松木大地騎手。
一歩ずつ歩みを進め、兵庫リーディングの上位を目指す。






~松木大地騎手プロフィール~

1995年3月11日生まれ 大阪府出身
高校卒業後に地方競馬教養センターに入学(第93期騎手候補生)
2015年4月4日に高知競馬場でデビュー
初勝利は同年6月28日の高知競馬11R

2019年2月21日に兵庫県競馬へ移籍(園田・雑賀伸一郎厩舎所属)
3ヶ月間の研修を経て同年5月22日から騎乗開始

2023年1月の兵庫クイーンセレクションで初重賞制覇
同年3月の若草賞土古記念(名古屋)も勝ち重賞通算2勝

地方通算293勝 (4/30現在)

文 :鈴木セイヤ
写真:斎藤寿一


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