2024 楠賞 レポート
2024年11月7日(木)
元は「楠賞全日本アラブ優駿」として3歳のアラブNo.1を決めるレースとして行われていた伝統のレース。サラブレッド導入後に条件が変更され、また5年間の休止もあった中で、2018年から3歳馬の全国交流重賞として復活した。
復活から7年目を迎える今年は、過去最高の顔ぶれが揃ったと言っていいだろう。
他地区からの遠征馬5頭はいずれも重賞を複数勝利している馬たち。高知・名古屋の三冠馬に加え、岩手の二冠馬も参戦。北海道や船橋からも短距離のスペシャリストがやってきた。各地の最強馬が一堂に会したアラブ時代の楠賞を彷彿とさせる実に豪華なメンバーによる3歳短距離の最強馬決定戦となった。
1番人気は、単勝2.4倍で船橋のギガース。
これまでネクストスター東日本をはじめ短距離重賞3勝の実績馬。レベルの高い南関東で好走を続けてきた。4月には兵庫チャンピオンシップ(Jpn2)で地方最先着の5着があり、園田への遠征経験もプラスに。逃げ先行タイプが多い中で、控えてレースができることも強みだ。4ヶ月の休み明けでの出走がどう出るか。
2番人気は、単勝2.7倍で高知のプリフロオールイン。
デビュー戦こそ2着に敗れたものの、その後9連勝で高知三冠馬に輝いた。当初9月下旬のロータスクラウン賞(佐賀)も視野に入っていたが、夏の疲れを取るために回避。楠賞もギリギリまで状態を見極められた中で出走に踏み切られた。今回初めての遠征競馬でどんなパフォーマンスを見せるか。
3番人気は、単勝3.6倍で岩手のフジユージーン。
デビューから無傷の8連勝で岩手二冠馬に輝いた。東北優駿は2着馬を2秒以上ちぎり岩手に敵なしを誇示。三冠目の不来方賞は今年からJRA勢も参戦するJpn2戦で4着と初黒星を喫したが地方最先着は果たした。前走はジャパンダートクラシック(Jpn1)に果敢に挑戦(10着)、強いメンバーと戦って大きな経験を積んだ。今回久々の1400m戦となる。
古馬をも撃破しスプリント重賞4勝を挙げているストリーム(北海道)が単勝12.0倍の4番人気、東海三冠馬に輝き前走で秋の鞍も制したフークピグマリオン(愛知)が単勝13.4倍の5番人気と、他地区からの遠征馬が上位人気を占めた。
6番人気以下は全て地元馬。ピコイチが6番人気で続いたが、単勝49.8倍と大きく離された人気となっていた。
出走馬
レース
ちょうどこの日は立冬。週の初めこそ夏日に迫るような暖かい日が続いたが、徐々に気温が下がり、暦の通りに季節が一段階進んだこの日はレース発走の時間帯で14℃。晩秋から初冬へという肌寒さを感じる中でのレースとなった。天候は晴れ、馬場状態は良馬場。
スタートは、ファッシネイトパイ、フークピグマリオン、フジユージーンの3頭が出負け。逃げ先行勢が多いメンバーの中、逃げたのは地元兵庫のダイジョバナイ。内枠からハナを奪い、その外にクラウドノイズがつけてやや競り合う展開。3番手外にギガース、さらに外の4番手にプリフロオールインでゴール板前を通過。キクノルメイユールが好位のインへ入っていき、中団にストリームとフークピグマリオン。スタート後は最後方でややもたついてたフジユージーンは、1コーナー手前から勢いがつき、大外から4頭を抜いて中団後ろまで進出した。後方からファッシネイトパイ、プリムロゼ、ピコイチ、ミスターダーリンが追走する。
馬群全長は10馬身で向正面へ。中団の外からフークピグマリオンが動きを見せると、その後ろにいたフジユージーンも加速。この2頭の接近を受けてプリフロオールインも鞍上がアクションを起こし、さらに3番手にいたギガースも後続の追い上げに呼応する形でペースアップし先頭へ。4頭が外から一気に押し寄せる展開に、先行した兵庫のダイジョバナイとクラウドノイズは3コーナー手前で呑み込まれてしまう。この4頭を見る形でストリームも追い上げを開始して好位5番手へ。
最強馬決定戦に相応しく重賞ウイナー5頭が前に固まって火花を散らす4コーナー。大外からフジユージーンが伸び脚良くギガースに並びかけ、一方プリフロオールインとフークピグマリオンは末脚が鈍る。その間隙をストリームが伺いながら最後の直線へ。
直線入口でギガースがやや外に膨れ、内に切れ込んだフジユージーンと軽く接触。その間を狙っていたストリームは進路がなくなり、吉原騎手は一瞬の判断で2頭の内側へと進路を向けた。
直線では、ギガースとフジユージーンが馬体を擦り合わせながらの猛烈な追い比べが続く。その内からストリームも一歩ずつ迫ってくる。残り30mでフジユージーンがギガースを競り落として前に出たところに、今度はストリームがインから猛追、一気に並びかけたところがゴールだった。
優勝は岩手二冠馬フジユージーン、わずかアタマ差だけ北海道のストリームを退けていた。3/4馬身差遅れてギガースが3着。その後ろは6馬身離れ、地元最先着でキクノルメイユールが4着、フークピグマリオン5着、ミスターダーリン6着とこの3頭はハナ、アタマ差の大接戦だった。4コーナー出口で失速してしまったプリフロオールインは10着と悔し涙を呑んだ。
岩手所属馬が兵庫重賞を勝つのは初めての快挙。ラブバレットが度々園田へ遠征し、2017年の兵庫ゴールドトロフィーで2着という惜しいレースもあったがついに岩手勢が兵庫で勝利を手にした。
昨年のボヌールバローズ(大井)に続いて今年も他地区の馬が勝利。これで全国交流戦として復活してから楠賞は、地元2勝、他地区5勝となった。
◆岩手のフジユージーンは重賞7勝目。これで11戦9勝となった。不来方賞(Jpn2)、ジャパンダートクラシック(Jpn1)は強いJRA勢の壁に阻まれたが、ダートグレード以外のレースでは全勝を継続。
獲得タイトル
2023 ビギナーズカップ、ネクストスター盛岡、南部駒賞
2024 スプリングカップ、ダイヤモンドカップ、東北優駿、楠賞
◆村上忍騎手は重賞通算130勝目。兵庫重賞は初制覇。
◆瀬戸幸一厩舎は重賞通算44勝目。兵庫重賞は初制覇。この勝利が地方通算900勝のメモリアル勝利ともなった。
◆村上忍騎手 優勝インタビュー◆
(そのだけいば・ひめじけいば 公式YouTubeより)
3歳短距離最強馬決定戦というメンバーとなった今年の楠賞を制したのは、岩手のフジユージーンだった。スタートで遅れてしまい、道中4頭分の外を回る距離ロスがありながら、最後は根性比べをも制した内容は着差以上の底力を感じるものだった。
鞍上の村上忍騎手は、「最後は接戦でしたが、恐らくちょっと出ていたんじゃないかとは思っていました。勝負根性を出してくれて馬に感謝しています」とまずは愛馬を労った。
「有力馬がある程度前につけるので、その後ろくらいになるかなとは話していたんですけれど、想定よりも進みが悪くモタモタして後ろになっちゃいました。やばいというよりどうしちゃったのかなという感じ。ちょっと遊びながら走っている部分がありました」と序盤は思い通りの展開とはならず。
「あの位置になってしまえば腹括るしかしょうがないので、馬の力を信じて乗りました。併せ馬になってからは少しずつやる気出していつも通りの手応えに戻ってくれたので、頑張ってくれそうだなという感触は持てました。ただ、相手も強力なのでゴールするまで(勝ち負けできるかは)分からなかったです」とレースを振り返った。
フジユージーンの長所については、「パワーがあって、今日はモタモタしたけれど普段は気が良すぎるくらい、素直すぎるくらいの馬です。今日はいつもとは違っていました。条件の違いでそうなったのかまだはっきり分かりませんが、総合的に良い子です。こういう競り合いのレースは今まであまりなかったので、結構勝負根性あるんだなと思いました」と評価。
「力がある馬だなと改めて思いました。長い距離を走ってきた中、初めての競馬場で結果出してくれたのが一番の収穫ですね。ここまでも一戦ごとに力をつけてきてくれて、まだ3歳なので今後が本当に楽しみです」と能力を再認識した上で、さらなる伸びしろも感じているようだ。
ベテランらしく派手なパフォーマンスなどせずインタビューでも淡々と話してはいたが、「岩手から遠征に来て、園田競馬場でこのような優勝という結果が出せて嬉しいです」と大舞台での勝利にその喜びを噛み締めていた。
総評
「1コーナー入るまでに良い位置を取る予定でしたが、やっばり千四は(周りが)速いね。今まで長いところばかり使っていたものだから、馬も戸惑ったんだろうね」と苦笑い。
「まだ3歳でこれからがある馬なので、もっともっと強くなって欲しいという希望を持ちながらやっていきます」とまだまだ先を見据える。
フジユージーンとアタマ差の2着に敗れたストリームも、気性的に難しさがある馬をうまく導いた吉原騎手の好騎乗が光った。4角出口で進路が狭くなるシーンがなければあるいは逆転もあったかもしれない。
3コーナーで早目に先頭に立つ形となったギガースも最後まで抵抗を見せ3着と力を見せた。押し出されて先頭に立ったことで、結果的に他の有力馬の目標になってしまったが、堂々の走りを見せた。
地元最先着は4着のキクノルメイユール。好位インをロスなく立ち回り、3~4角で一旦前と離されかけたがしぶとく巻き返した。1400m戦は5戦全勝だった馬、強い馬に揉まれた経験を糧にこれからの成長を楽しみにしたい。
東海三冠馬フークピグマリオン5着、高知三冠馬プリフロオールイン10着と、注目を集めた三冠馬2頭は直線に向くところから遅れをとってしまった。しかし、本来の実力はこんなものではないはずだ。巻き返しに期待だ。
またいずれ大きな舞台で今回のような素晴らしいメンバーの再戦が見られることを楽しみにしたい。そしてその時には、兵庫勢も主役級として名を連ねるにまで成長を見せ、激闘を演じて欲しいものだ。
極上のメンバーによる最高のレース。実に良いものを見せていただき、ただただ感謝である。
文:三宅きみひと
写真:齋藤寿一