2025 兵庫大賞典 レポート
2025年5月5日(祝・月)
今年で61回目を迎える伝統の古馬重賞「兵庫大賞典」。昨年より距離が1870mから1400mに短縮され、春の短距離王決定戦の位置付けとなったが、今年はなんといってもイグナイターの参戦で一気に注目度が増した。一昨年にJpn1馬になってから初めて地元戦、どんな走りを見せてくれるのか、そしてこの路線で力をつけてきた他馬たちはどう立ち向かうのか。重賞ウイナー4頭を含む10頭が顔をそろえた。

1番人気(単勝1.1倍)の圧倒的な支持を集めたのはイグナイター。今回は一昨年9月の園田チャレンジカップ以来、約1年8ヶ月ぶりの地元戦となる。その一昨年は大井でJBCスプリントを制し、兵庫県所属馬初のJpn1馬に輝くと、2022年、2023年と2年連続でNARグランプリ年度代表馬にも選ばれた。昨年は勝ち星こそ挙げられなかったが、中央、ドバイと戦いの場を広げ、今年の初戦はサウジアラビアにも遠征した。その前走リヤドダートスプリントでは、馬場の相性やスタートの出遅れもあり11着と敗れたが、帰国後は順調に調整がなされているという。Jpn1馬となってからの凱旋レース、今年で7歳とはいえ、ここでは負けられない。
2番人気(単勝9.3倍)はオマツリオトコ。2022年の2歳時は、ここ園田で兵庫ジュニアグランプリ(Jpn2)を制し、続く川崎の全日本2歳優駿(Jpn1)でも2着と好走。このままダート界の中心を担う1頭になるかと思いきや、その後は一昨年佐賀のサマーチャンピオン(Jpn3)で2着に入った以外はやや振るわぬ成績に。今年に入り、中央で1戦したあと兵庫に転入。初戦のA1戦は大幅馬体増や出遅れの影響もあったか、案外の5着(8頭立て)、前走のA1A2混合戦では、後方から鋭い伸びを見せて2着と、発馬の課題は残しながらも復調気配を示した。イグナイターを除けば実績上位、実力馬が復活Vを決めるか。
3番人気(単勝10.7倍)が地元兵庫生え抜きのエコロクラージュ。前走高知の黒船賞(Jpn3)では、初めての高知の馬場、キックバックを気にするところも影響したか、6着と敗れた。ただ強敵相手に加え、本来の力を出せない中での6着とあって陣営に悲観の色はなし。帰厩後も至って順調、兵庫ゴールドカップや楠賞といった全国交流も制した重賞3勝馬が王者イグナイターとの初対戦に挑む。
4番人気(単勝21.4倍)は、中央からの転入後3戦2勝、前走4着からの巻き返しを図るスマートラプター。5番人気(単勝29.4倍)は、重賞以外では常に安定した走りを見せるサイレンスタイムが続いた。
このように3番人気以降は単勝10倍以上とオッズの上ではイグナイターの1強ムードが漂っていた。
出走馬










レース

スタート

1周目スタンド前①

1周目スタンド前②

1周目スタンド前③

2コーナー〜向正面

向正面

3コーナー

3〜4コーナー

4コーナー〜最後の直線

最後の直線①

最後の直線②

ゴールイン
ゴールデンウィークシリーズ4日間連続開催の初日、祝日のこどもの日とあって、6000人を超える競馬ファンが詰めかけた園田競馬場。兵庫のスター、イグナイターの出走もこの賑わいに大きく貢献していたことだろう。気温は27℃、青空広がる好天の下、響き渡るファンファーレ。それが鳴り止むのと同時に大きな拍手と歓声が沸き起こった。
注目のスタート。まず発馬が決まったイグナイターが前へ、そしてスタートが上手くいったエコロクラージュも小牧騎手が促してハナに行く構えを見せるが、笹川騎手が譲らずイグナイターが先手を取り切る。
エコロクラージュが結局2番手に控えて、3番手は外からスマートラプター、内に入れてサイレンスタイムが差がなく追走。場内からの大きな拍手と歓声に送られて1コーナーのカーブへ。
中団グループの一角にオマツリオトコ、ヒメツルイチモンジ、後方からはキングレジェンド、ミステリオーソ、サンライズラポールが続き、最後方にドンカポノが位置する展開で向正面に入る。
先頭のイグナイターがペースを握って隊列を引っ張る。その体半分外からぴったりマークのエコロクラージュが2番手。そして序盤からいつもより前目のポジショニングとなったオマツリオトコが向正面中央から早めに仕掛けて3番手に浮上。前の2頭をつつく形で一気にペースが上がる。
4番手インコースで必死についていくスマートラプター、中団からヒメツルイチモンジ、サイレンスタイムも追い出しをかけて、離れた後方グループからはドンカポノがいい勢いで前との差を詰めていく。
3、4コーナー中間から残り300mの地点で、先頭のイグナイターに馬体をぴたりと合わせるエコロクラージュ。笹川騎手の手が盛んに動き、鞭も入れて応戦するイグナイター。
それらに外からついていくオマツリオトコ。苦しくなったスマートラプターは離されて、変わって大外からドンカポノが4番手に上がる勢いで4コーナーから最後の直線へ。
ゴールまで残り150m地点で、イグナイターが追いすがるエコロクラージュを振り切り1馬身半のリード、エコロクラージュが一杯になったところで、外からドンカポノが強襲し2番手に接近。
2馬身抜け出したイグナイターが、粘るエコロクラージュを振り切り、最後は迫るドンカポノの追撃も凌いでゴールイン。鞍上の笹川騎手はゴールの瞬間、一昨年のJBCスプリントを再現するかのように人差し指をスタンド方向に向け勝利のポーズを決めた。
スタート直後、エコロクラージュとのハナ争い、そしてその後も同馬による執拗なマーク、加えて道中オマツリオトコの早めの進出に最後はドンカポノの急追と、挑んでくるライバルたちを全て振り切ったイグナイター。勝負所での反応は今ひとつに見えたが、最後はJpn1ホースの意地を見せ、見事逃げ切りを決めてみせた。
2着はドンカポノ、流れも向いたが自身もいい末脚を披露。この日、オーストラリアでの武者修行を終えて園田での騎乗再開となった鴨宮祥行騎手もいきなり存在感を見せた。
3着は序盤から王者に真っ向勝負を挑んだエコロクラージュ。敗れはしたが今後が楽しみになる素晴らしい競馬だった。
レース後は、見事勝利を決めた人馬に祝福の声が飛び、そして沸き起こった”笹川コール”。
園田でこのようなコールが起こるのはとても珍しい。それだけイグナイターが特別な馬であることを表しているようだった。
それに応える笹川騎手が最後に自身のゴーグルを客席に投げ入れると、またもや大きな歓声が場内に響いた。

◆イグナイターはこれで通算31戦12勝、2023年の園田チャレンジカップ以来の地元戦で重賞9勝目(地元重賞は2021年の楠賞を含めて3勝目)を挙げた。その2023年に大井のJBCスプリント(Jpn1)を制して以来、久々の勝利となった。
これで地方収得賞金は3億4164万0000円に(ほかに中央収得賞金700万0000円)。
獲得タイトル
2021 楠賞
2022 黒潮スプリンターズカップ、黒船賞(Jpn3)、かきつばた記念(Jpn3)
2023 黒潮スプリンターズカップ、さきたま杯(Jpn2)、園田チャレンジカップ、JBCスプリント(Jpn1)
2025 兵庫大賞典


◆笹川翼騎手(大井)は重賞29勝目。先月水沢の留守杯日高賞(フリーダム)を制して以来の重賞勝利で今年の3勝目。兵庫重賞は初制覇となった。
◆新子雅司調教師は重賞70勝目(調教師の重賞勝利数、兵庫歴代1位を自身で更新中)。2月の笠松ブルーリボンマイル(ヒメツルイチモンジ)以来の重賞勝利で今年の2勝目。
兵庫大賞典は2015年タガノジンガロ、2020年タガノゴールド、2023年ラッキードリームに続いて4勝目。
◆笹川翼騎手 優勝インタビュー◆
(そのだけいば・ひめじけいば 公式YouTubeより)

約1年8ヶ月ぶりとなる地元戦で見事勝利を収めたイグナイター。鞍上の笹川翼騎手はこれが兵庫重賞初制覇となった。
勝利ジョッキーインタビューでは開口一番「園田皆さん、やりましたー!」と両手を大きく振って一言。ファンからも祝福の拍手、労いの言葉が飛んだ。
「着差はあんまりなかったですけど、馬はよく頑張ってくれましたし、まずは勝てたことにすごくほっとしています」
序盤からエコロクラージュのマークに合うなど厳しい競馬を強いられたが、
「スタート上手く出てくれたんで、あとは自分のリズムで行かせていただきました。2番手にいた馬も強い馬だと分かっていたんで、道中のプレッシャーは感じましたけど、3、4コーナーぐらいからは本当にイグナイターが最後まで頑張ってくれたんで勝てたかなと思います」と、相棒を称えた。

勝負所では反応が鈍そうに見えたが、そのあたりについては、
「最近少しレースの終わり方が良くなかったんで、馬もメンタル的に難しい部分があったようでちょっと反応しきれなかったですけど、自分がしっかり追ってからは反応してくれたんで、これでまたいいイグナイターが(今後)見せられたらいいかなと思います」
昨年は1年を通じて最高峰の舞台での挑戦だったとはいえ、勝ち星を挙げられず歯痒い思いもあった。これまでの実績から考えれば、今回は相手関係的にも負けられない一戦。
それでも競馬は何が起こるか分からない、そんな中で特殊なプレッシャーを笹川騎手も感じていたのだろう。インタビュー中はたびたび安堵の表情が見られた。

地元を離れ、遠方で戦うことが常となっているイグナイターだが、そんな地元のファンから直接受ける祝福の声は笹川騎手にとっても特別なようだ。
「いつもこの馬がチャレンジするときには、いろんな人が応援してくれてるんですけど、地元の園田というのはまた別のものがありますし、今日こうしてたくさんの人に来ていただいたことはすごく嬉しいです」
奇しくもこの日で笹川騎手が初めてイグナイターとコンタクトを取った日から丸2年になったとのこと。
「いろんなところに連れて行ってくれて、自分のスキルも磨かせてくれて、この馬には本当に感謝していますね」と、その存在の大きさを口にした。
そして陣営は今年がラストイヤーと公言している。
「今日とにかく強いイグナイターを見せることができてよかったです。また次頑張ってくれると思いますので、人馬ともに応援してくれたら嬉しいです」と、鞍上は締めくくった。

総評

年齢を1つ重ねたことに加え、サウジアラビア遠征の疲れが取り切れていないことに言及した。

戦前はこのあと浦和のさきたま杯を予定していたが、「(馬の)疲れ次第ではさきたま杯をパスして(秋の)南部杯に直行というプランも…」と次走について明言は避けた。
久々の地元戦でしっかり勝ったことがまず何より素晴らしいが、兵庫における”生きる伝説級”の名馬だけに求められるものは大きい。まずはしっかりと海外遠征の疲れを取ってからとのことだが、兵庫の開拓者がラストイヤーをどう締めくくるのか、その動向を見守りたい。
文:木村寿伸
写真:齋藤寿一