一路邁進、初リーディングから次世代の主役へ
~田中一巧調教師~
昨年、2025年は、年間99勝を挙げた田中一巧調教師(以下:田中一師)が見事調教師リーディングに輝いた。2017年の開業から9年目にして初めての頂点。兵庫における調教師リーディング争いは終盤、時には大晦日までもつれることもあるが、今年の田中一師は春以降トップの座を譲ることなく、ほぼ危なげなくタイトルを手にしたと言っていいだろう。それに勝利数も素晴らしいが、そのうち重賞勝ちが3つと内容も濃い。
着実に力を付け、トップステーブルの1つとなった今、何を思い、どこを目指すのか、その胸中に迫る。

開業9年目で初のリーディング
「嬉しい気持ちと、でも本当にリーディングを獲ったのかという実感がそんな湧いてきてないというか。すぐ1月2日から2026年の競馬が始まったんで、すぐそっちの方に切り替えないとっていう感じで」
あまり喜びに浸る時間はなかったが、「自宅で家族とゆっくりカニを食べながら過ごせたのはよかった」と、田中一師はこの年末年始を振り返った。
2025年のリーディング争いでは、序盤から好位置に付けていた田中一巧厩舎。姫路から園田に舞台が戻ってから3週間で12勝の固め勝ちで猛チャージをかけると、そこからも着実に勝ち星を積み重ね、迎えた4月27日。それまでトップを走っていた飯田良弘厩舎を抜き、ついに首位に立った。ちなみにそれ以降、一度も首位の座を譲らず、初のリーディングまで駆け抜けた。
「毎年のようにとりあえず1つでも多く勝ちたいという気持ちでやっていましたね。今年は絶対リーディングを獲るんだっていう気持ちはそこまで表には出してなかったですね、正直なところ。1頭1頭ローテーションを守って、状態の良いときに使ってという、いつもの調整でと考えてはいましたね。いつも誰かを目標にしながらも、開催が進むにつれ、途中で段々とその目標も変わっていくじゃないですか。“やっぱすごいな”っていう人を見つけて食らいついていかないと上位には残れないんで」
では今回はどのあたりでリーディングを意識したのだろうか。
「11月に入ってからは意識しました。(勝ち鞍の)数字的にもこれは獲らないといけないというのも段々プレッシャーにはなってきましたね」

4月27日から長くトップに立ち、逃げ切った形だが、意外にもタイトルを意識したのは遅く、それまではあくまで平常心だったという田中一師。
「初めに思っていたのは、去年よりは勝ち鞍を伸ばすという意識。毎年起こる“取りこぼし”を1つでもなくす、確実に決めるところは決めるっていう気持ちは常に持ってました」
そして実際にこれまでより確実に勝ち切れた1年になった。その要因については、オーナーが良い馬を預けてくれたこと、スタッフがしっかり仕上げてくれたこと、そして騎手がきっちり決めてくれたこと、この3つを挙げた。話を聞いていると自分の頑張りではなく、あくまで周りのおかげというスタンスだ。
「出来過ぎと言えば出来過ぎかもしれないですけどね。すべてにおいて上手くいってるなという感じだったんで、これが夢じゃなければと思ったときもありましたね」
リーディングに立った4月に10勝、5月は8勝、6月には脅威の15勝を挙げた田中一師。自身もこの6月は印象に残っているという。
「(6月の快進撃は)覚えてますね。自分でもすごいって思いましたけど。そのときは勝率も全国で1位になってましたもんね。毎年すごい勝率を挙げる(高知の)打越(勇児)さんや(名古屋の)川西(毅)さんより数字がよかったんで、こわいなと思いましたね。確か最高で勝率が32.5%ぐらいいってたんですかね」
この発言にあるように、兵庫のみならず、全国の動きも常日頃からしっかりチェックしている。
「やっぱりそういう数字を見て自分でも緊張感を持たないといけないんで。やっぱりすごい先生を見ていると、どうしているんだろうなとかってやっぱり気になるところではありますよね。常に」

2019年からは毎年年間50勝以上を挙げ、2022年以降は毎年勝ち星を増やしてきた。そして2024年は自身初の3位と躍進。
「(2024年は80勝で)キャリアハイでしたし、自信にはつながりました」
そうして結果を出すことによって預けてくれる馬主の数も増えた。きっちりステップアップして、今回はトップに登り詰めた形だ。
「去年3位になって、これはもう少し頑張ればいけるんじゃないかっていう思いも生まれましたね。まぁ兵庫の調教師さんの争いは結構レベルが高いんで、自分が獲ったのはまさかというところですけどね。
去年は、途中からリーディング獲れよ!と言ってくれるオーナーさんもいらっしゃいましたし、気にかけてくれる人も増えてきたんで。“この馬で1つでも勝とう”と言っていただいたり、背中を押してもらった気はしますね」
きっちりと勝つことに伴って、オーナーさんの理解も深まり、バックアップも強化。いい循環が生まれた。

年間勝利数の内訳は、前半は55勝、後半44勝。前述の通り、4月末から首位を守り続けた田中一師。比較的余裕を持ってのリーディング制覇にも見えたが…。
「数字的には余裕があるように周りからは見えたと思うんですけど、僕的には一切余裕を持って挑んだつもりはないんで。だから年末も激戦になるのを見越して、ローテーションを作ってスタンバイしていましたし。でも詰めて使っても、ローテーションが崩れて使いすぎると、能力があってもやっぱり走らないんで」
あくまで馬の能力を発揮するのを最優先にしつつも、目の前のタイトル奪取に向け、調整をおこなってきた。警戒していたのは、リーディング争い常連の飯田厩舎。最終盤に入っても首位を脅かす存在になっていた。
「もう12月に入ってから、飯田君が気になって仕方がないところはありましたね。こんなにも気になるんだってぐらい。初めての感覚でした」

そうしたリーディング争いだが、勝負ありという印象を受けたのが12月24日のクリスマスイブの戦い。
田中一厩舎が1日3勝の固め勝ちを決めた。しかも3連勝とインパクトも大きかった。これで、5勝差に迫っていた飯田厩舎を一気に突き放した。
「これでかなり僕の中では余裕ができましたね。やっぱりここで決めようと思ってたんで。ここで決めたら気持ち的にゆっくりできるんじゃないかって」
きっちり狙いにいって掴んだ3連勝。思い描いた通りの結果となったが、その皮切りは6レースのアレナトーレ、デビュー1年目のルーキー小谷哲平騎手の手綱による勝利だった。
「1発目が哲平だったんで、一気に流れを変えてくれた印象はありましたね。もう哲平がかわいくて仕方なくなってましたね。鞍付けのときに言ってたんですよ。冗談で笑いながら『哲平!今大事な時期やから、分かってくれてるよね』って(笑)。非常に助かる1勝でした」
そんな重圧もどこ吹く風、1番人気でしっかり勝利した小谷哲平騎手。
「普通に笑ってましたよ。『分かってますよ!』ぐらいの感じで。良い意味でプレッシャーを感じないタイプかもしれないですね。哲平が勝ったときにこれであと2つは絶対いけるやろとは思いました」
その予感どおり、7レースはガンバレベアーで小牧太騎手が、8レースはデビルシズカチャンで廣瀬航騎手がきっちり勝利を掴み、見事3連勝達成。
この日の結果がリーディングの座を大きく手繰り寄せた。

騎手との絆と重賞制覇
「今回のリーディング獲得の最大の要因は?」との問いに、「やっぱり騎手の方が人気どころをしっかり決めてくれたのが大きいですかね。まぁ人気薄でも勝たせてくれたんで」と話した田中一師。
田中一厩舎といえば、リーディング上位の騎手だけでなく、昨年4月の飛山濃水杯(笠松)を井上幹太騎手とフクノユリディズのコンビで制したように、中堅、若手の騎手にチャンスを与え、結果を出すイメージもある。
「厩舎に協力してくれている騎手なんで、こちらも何かで応援したいし、一緒に勝ちたいという気持ちも生まれてくるじゃないですか。去年話題になったロイヤルファミリーではないですけど、(そういう関係性に)熱いものを感じますもんね。そういう騎手との勝利はやっぱり嬉しいです。幹太も重賞を1つ獲ったことで、もっと自信を持って頑張ってほしいと思います」
幹太騎手も重賞勝ちのインタビューでは笑顔が弾けたが、常日頃から田中一師に感謝の言葉を口するのはもちろん、プレゼントを贈るなど気遣いもしっかりしてくれるそう。ちなみに飛山濃水杯を勝ったときはお酒が贈られたとのことだ。
「重賞を勝った日も『ちょっと飲みに行きましょう!』みたいな感じでしたけど、まぁ最終的に吉村(智洋騎手)が来て、吉村が支払いをするという(笑)。おい幹太、お前ちゃうんかい!みたいな(笑)。吉村には悪いことをしました。まぁでも吉村も幹太を可愛がってるのは見てますしね」
こんなほっこりするエピソードも語ってくれた。

昨年は勝ち星もさることながら、この飛山濃水杯を含む重賞3勝と中身も濃かった田中一厩舎。
サンオークレアで制した2月のレジーナディンヴェルノ賞(高知)、今触れたフクノユリディズによる4月の飛山濃水杯(笠松)、そして地元重賞初制覇となった、ヴィーリヤによる7月の兵庫サマークイーン賞だ。年間複数重賞勝利も自身初となった。
「その3つはやっぱり印象深いですよね。全部嬉しくてそんなに差はないですけど、地元重賞に関しては初だったんで勝ててよかったっていうほっとした部分はありますね。2着が結構多かったんで」
年間最多勝に箔の付く、3つの大きな勲章となった。

尊敬する名伯楽の言葉
前述したように6月の勝ち星は15勝と脅威的だったが、特に6月4日は出走した5頭全てが勝利を挙げる5戦5勝の快挙を達成。調教師の1日5勝は、兵庫における1日最多勝の新記録となった(記録が残る1973年4月以降)。
2025年の田中一厩舎を象徴する1日とも言えるが、こうした結果を残すことで、「今年は何か違うな。これは絶対にリーディングを獲らなきゃいけないんだろうな」というように気持ちが変化していったという。
そしてそんな中、かけられた言葉がある。
「ある人から『本当にリーディングを獲りたかったら、強い気持ちを持って最後まで挑まないとだめ』って言われてました」
そのある人とは、高知のトップトレーナーにして、全国リーディングに6度に輝く高知競馬の至宝、打越勇児調教師だ。
「ちょっと勝ててないなと思っていた去年の11月に2人で生田神社に行ったんですよね。パワーをもらいに」
付き合いは3年ぐらいになるものの、神社に一緒に行くのは初めてのことだった。
田中一師は兵庫リーディングを、打越師は全国リーディングを、今年は各々がそれぞれの頂点を目指す状況だったからこそ実現したことかもしれない。
「やっぱり上位の人らの活躍っていうのはすごく刺激になりますし、自分もなりたいって思うじゃないですか。こういう風になってみたいとか、こういう風に勝ちたいとか。
そんなに堅い話はしないですけど、時折ためになるようなことをさらっと言ってくれるんで。その言われたことがスッと入ってきて、心にずっとあったという感じですかね」
常に全国リーディングを争う、打越師のハイレベルな成績にリスペクトを抱く田中一師。
「やっぱり完璧主義っていうか、妥協がない人ですよね。僕も似たようなところがあったんで、やっぱりこれぐらい徹底してるんだって感じですね」
ちなみにその後、お互い兵庫と全国のリーディングを獲得したが、特にやりとりはしていない。
「地方競馬って年明け早いんで、去年よかったねって話している暇ないじゃないですか。
まぁちょっとゆっくり時間ができたときにとは思いますけどね。(会った際には)強い気持ちを持って頑張ったらリーディングを獲れましたみたいな。神戸牛をランチでご馳走してもらったのがやっぱ効いたんですかねって言おうと思って。次はお前奢れよって絶対言うでしょうけど(笑)」

“世界の矢作”と兵庫のライバルたち
「尊敬する人は他にもたくさんいます」としながら、次に名を挙げたのがJRAの矢作芳人調教師だ。
「自分が開業する前に研修でお世話になった師匠の矢作先生ですね。去年はアメリカなどフォーエバーヤングで活躍されましたし、やっぱりすごく刺激を受けましたね」
そして、自身の兵庫リーディング達成について報告した時には、
「よくやった」と、師匠から一言が。さすがは矢作師、発する言葉にボス感が漂う。
「年末のときもリーディングは大丈夫か?いけるのか?と、奥様と気にかけてくれてましたね。たまに成績を見て、『今年成績悪いじゃねぇか』とか言われたりしますけど。
実際弟子も多いですし、やっぱりすごく面倒見いいですよね。それがいつまでも続くっていう感じで」
矢作師は世間が抱いているとおり、いやそれ以上に親分肌な方なのかもしれない。
年末に矢作師の下で行われる会にも毎年お呼びがかかり、去年も出席した田中一師。そこでは特にフォーエバーヤングの武勇伝が語られることもなく、たわいのない話で盛り上がっていたという。それもまた師匠の粋なところだ。
「テレビでも新聞でも、もう勝手に矢作さんの情報が入ってくるじゃないですか。世界一になるって簡単なもんでもないですし、そこに行くまでの経緯って相当ですよね。獲った人にしか分からない重みはありますよね」
多くを語らずとも、その背中で弟子に影響を与え続けている、と言ったところだろうか。

このように全国で活躍する人たちに影響を受けている田中一師だが、もちろん地元兵庫のライバルたちにも刺激を受けている。
「そうですね。(保利)良平君にしてもそうですし、一昨年にトップを獲った友君(森澤友貴師)も重賞もたくさん獲って大活躍ですし、まぁ(新子)雅司君なんかはもう常にハイレベルな競馬場でJpn2、Jpn1を戦っている。それに飯田君も上位争い常連じゃないですか。園田はやっぱりレベル高いと思いますけどね。西脇だって(永島)太郎さんもそうですし、橋本(忠明)君も大きいところは毎年必ず獲っていきますしね。盛本(信春)さんもオケマルというスターホースを管理してますし、勝ち鞍の追い上げもかなりの爆発力がありますからね」
と、挙げればキリがないほど、名前が出てくる。それだけ周りもリスペクトし、切磋琢磨する中で自身も成長を続けているのだろう。
兵庫2例目の調教師リーディング親子制覇
今回の調教師リーディング獲得は親子制覇の快挙でもあった。
父である田中範雄師は2004年と2014年の2度兵庫リーディングに輝いており、森澤憲一郎、友貴親子の2024年の例に続き、兵庫県競馬の資料で確認できる限り、2例目の親子制覇となった。
田中範雄師(以下:範雄師)は1月31日現在で地方通算2240勝と、今も尚兵庫県競馬の最多勝利記録を自ら更新し続ける名トレーナーだ。
「(範雄師からは)リーディングを獲った後にお花をいただきました。親子制覇っていうのはやっぱり嬉しいですね。
(範雄師は)存在としてはやっぱりすごいんでしょうけど、まだ現役だし、元気でやってもらいたいって思うぐらいで。まぁいなくなってからこの結果の偉大さに気づくんじゃないですかね。今は僕もそこを見て進んでいるわけではないんで。最多の勝利数をどこまで伸ばせるかっていう、そことの戦いで現役生活を楽しくやってもらえたらと」
兵庫の頂点にも立ち、前人未到の勝ち鞍を挙げ続ける父だが、意外にもリーディングに関しては2位と3位の方が多い。
「当時は曾和(直榮)先生がすごかったんで。そのとき僕はまだ親分(範雄師)の下で働いてたんで、曾和先生のすごさを見せつけられましたけどね。勝っても勝っても追いつかないという。確かに良い馬はいるんですけど、僕が感じたのは、馬の使い方が上手いなと。ローテーションや馬の状態の戻し方、それに仕上げが」
父の厩舎にいるときは、そんな曾和厩舎の強さを肌で感じ、リーディングを獲ることの難しさを感じていた。
「やっぱりリーディングを獲るには流れも必要だって分かったんで。獲れたときは確かすごくいい流れがずっと続いたんで」
そうした過去の経験に基づいた感覚が多少なりとも今回の結果に繋がっているのではないだろうか。

ちなみに幼い頃は調教師になりたいという気持ちは特段なかったという。
「なんかやらないといけない流れ、そういう星なのか分からないですけど。馬は好きでしたけどね。厩務員の仕事をしたことで、馬っていいなと思ってハマりました。初めて勝ったときの衝撃ですね。なんだこの嬉しさは!みたいな。サチノセンプーって馬だったと思います。
でも調教師になるって発言したこともなかった気がしますし、周りの人に舵を切ってもらって、そのレールに乗ったという感じで。それで途中から自分にもスイッチが入ったみたいな。それこそ曾和先生は結構連絡をくれていたと思います。『ならなあかんぞ!学校は行けよ!』って」
ちなみに田中一師は、祖父も騎手から調教師に転身した人なので、二世ではなく三世調教師になるのだそうだ。
ここまで紆余曲折はあったとのことだが、本人も話すようにこの仕事につくのは宿命だったのかもしれない。

今後の展望
田中一厩舎には今後の重賞戦線での活躍が楽しみな馬がたくさんいるが、どのような期待を持っているのだろうか。
「ヴィーリヤには牝馬路線でトップを獲ってもらいたいですけど、状態も調整も上手くいった上で良い成績に繋げたいですよね。あくまでペースは崩さず。ジグラートは強くなるために、今後遠征にも行きたいですし、成長できるレースに出向きたいですよね」
ちなみにジグラートはこの取材の後、1月28日のA1A2戦を勝って、次走は3月12日の白鷺賞を目指す予定だ。
「今年も全力で、なおかつ競馬場をもっともっとみんなで盛り上げていけたらというところですね。もちろんリーディングの連覇も目標の1つとして置いてます。ただやっぱり現実的に、目標として達成できるものを1つずつ達成して、それで行き着くところが今回届かなかった年間100勝だったり、リーディング連覇だったり、そうできるように体制を整えたいですね。勝てるチャンスは逃さず、1つでもいい状態、1つでも多く出走、1つでも勝ち鞍を増やしたい。でもまずは今年は初心を忘れずやっていきたいという気持ちですね」
と、今年の抱負として言葉を結んだ田中一師。
“勝って兜の緒を締めよ”ではないが、トップに立っても浮き足立つことは一切なく、あくまで慎重に現実を見て、着実に歩みを進んでいるように見える。
ブレイクスルーの2025年から常勝の2026年へ。
これからの兵庫はもとより、地方競馬全体をも牽引していく存在へと、期待せずにはいられない。

文:木村寿伸
写真:斎藤寿一