調教師クローズアップ

絆が生んだダービー初制覇

~飯田良弘調教師~

ホースマンにとって最高の栄誉である“ダービー”制覇。
兵庫県競馬における3歳世代の頂点を決める一戦、第24回兵庫ダービーが6月14日に行われた。

今年の3歳世代は、去年の最優秀2歳馬スマイルミーシャと菊水賞馬ベラジオソノダラブによる2強ムードが去年の暮れからこの三冠レース最終章まで続いていたが、こたび三度目の対決を制したのはスマイルミーシャだった。
実に牝馬による10年ぶり、4度目の制覇という快挙、飯田良弘調教師と吉村智洋騎手にとっては師弟タッグによる念願のダービー制覇となった。

開業から12年目、晴れて“ダービートレーナー”となった飯田師の胸中に迫る。

弟子・吉村騎手とのダービー制覇

「皆さんが祝福の言葉を送ってくださるし、やっぱりダービーは特別というか、終わってはじめて、今しみじみと感じているところですね」。飯田師は余韻に浸るかのように今の思いを語ってくれた。

レース当日、単勝1.8倍の1番人気に支持されたのはスマイルミーシャの方だった。
これに関して飯田師は「こちらは牝馬で1800m戦も初めてでしたし、ソノダラブの方が菊水賞を勝っていますから意外でした」と話したが、それだけこれまでのパフォーマンス、とりわけ牝馬同士とはいえ、圧巻の勝利を見せた前走のじぎく賞のインパクトも大きかったのであろう。
唯一の敗戦となった菊水賞以上の状態で臨めるという戦前の情報も人気を後押ししたのかもしれない。

対する菊水賞馬ベラジオソノダラブは、その後兵庫チャンピオンシップで地方馬最先着の5着と善戦を見せたが、2.4倍の2番人気に甘んじた。
ここまで両馬の対戦成績は1勝1敗のがっぷり四つ。6番のスマイルミーシャに対して、ベラジオソノダラブは大外12番を引いた。実力が拮抗していた分、枠も戦前から注目され、この並びからどちらが前に行くのか、ファンの熱い視線がゲートに注がれた。スタートが切られるとハナに立ったのはそのどちらでもない人気薄のオキザリスレディー。スマイルミーシャが2番手、ベラジオソノダラブは3番手となった。

「(吉村にとっては)最初のコーナーで勝負ありという感じだったんでしょう。
レース前は吉村と特に何も話していませんでした。吉村自身が研究熱心ですから自分が言うまでもない。発馬も張り込んで“絶対にソノダラブよりも前で競馬する”そんな思いがあったんでしょうね」と飯田師は振り返る。

レースは序盤2番手から向正面で早めに先頭に立ち、ここからはソノダラブとの三度目のマッチレースに。ただ終わってみれば、勝負所からは並ばせることもなく、ライバルに3馬身差をつける快勝となった。

レース後、吉村騎手は「序盤の並びは想定内でした」と話していたが、その自身のイメージ通り、早め早めに動き、相手に自分の競馬をさせなかった名手の手腕が光る勝利となった。

振り返ると菊水賞のときはソノダラブが先手を主張。このとき、ハナに行こうと思えば行けたものの、控える選択をした吉村騎手。結果的にソノダラブが逃げて自分の流れに持ち込み、勝利をおさめた。
吉村騎手はレース後「控えたのが結果的に失敗でした」と悔しさを滲ませた。

「そんなに悪い競馬をしたとは思わないんですけどね。後ろからグロリアドーロがまくってくる想定もしていたようですし。ただ展開を読み違えたとうか、自分の失敗だとあんなに言うのも珍しかったですし。やはり自厩舎で重賞を獲りたいという強い思いがあったんですかね。しかし今回はその失敗したと思うところを全て改善してきましたから。そこはすごいなと思います」。師は弟子を素直に称賛した。

しかし、飯田師は苦笑しながら話をこう続ける。
「ただ欲しがるんですよ。誉めてほしいみたいで。一か八かの張り込みをしたことを」。

勝利インタビューで吉村騎手は「負けたら親分に怒られるんで。のじぎく勝の祝勝会でバーベキューをしたときにダービーを獲ってもう一回しましょうと話しました。もう一回美味しいお酒が飲めますね」と語っていたが、実際、ダービー週の日曜日に約束のバーベキューが催されたという。

「バーベキューだけじゃないんですよ。実は前日の土曜日にもご飯に誘われて。しきりに誉めてほしそうにするんです。だから素直に誉めておきました(笑)」。

師弟の微笑ましいやりとり、いつも沈着冷静な吉村騎手も師匠とのダービー制覇が余程嬉しかったのか、無邪気な一面を見せたようだった。

ちなみに「レース後に涙はありましたか」と飯田師に訊いてみると、「勝ったことは嬉しいんですけど、レースでは泣かないんですよね。人でなしみたいに思われるかもしれないんですけど、もっとしょうもないことで泣くと言うか。例えば、恋愛ドラマや動物映画の感動のシーンなんかで。だから今回は泣いてないです(笑)」との返答が。師の意外な面が知れたのも収穫だった。

松野オーナーとの絆

今回は“スマイル”の冠名でお馴染み、松野真一オーナーの所有馬での快挙達成となった。

松野オーナーと飯田師の出会いは開業当初に橋本忠明調教師から紹介されたのがきっかけだったという。
「当時は馬の集まりが悪く、新馬を預けてくださるだけでも恩義を感じていました。無名の調教師で馬の選び方も上手くいかずで。そんな中でも開業して2年目あたりからは1年に1頭は絶対に預けてもらえて」。

松野オーナーは1年に2頭、飯田厩舎と渡瀬厩舎に預けるのが通例となっており、馬の購入もこの3人でチームを組んで見に行っているという。
まず松野オーナーが血統を見て、馬をリストアップ。調教師2人が実際に馬体を見る役目だ。

“スマイル”というと兵庫では毎年しっかり新馬を勝ち上がり、2021年には渡瀬厩舎のスマイルサルファーで兵庫ダービー制覇を成し遂げるなどこれまで順風満帆な印象もあるが、「最初は上手くいきませんでしたし、それが一緒にステップアップした感じですかね」と飯田師は過去の苦労も滲ませた。

松野オーナーからは「渡瀬厩舎でダービーを獲ったから今度は飯田厩舎で」と声をかけられていたという。
そんなオーナーは兵庫ダービーの当日、パドック周回の時点で既に泣いていた。共に戦ったこれまでの歩みが色々と思い出されたのかもしれない。

「勝ったあとも“おめでとう”と握手されました。自分のことはさておき、まるで他人事のように私を祝福してくれました。思いを大事にされる方なんで。結果が出なかったときも、責任を問われることはありませんでしたから。ありがたいです」。

それはこれまでの強い絆が生んだ最高の光景だった。

スマイルプロバイドでの重賞初制覇

そんな松野オーナーとのエピソードはこれにとどまらない。2016年の園田クイーンセレクションで重賞初制覇。このときも松野オーナーの所有馬、スマイルプロバイドでのものだった。

一流厩舎になるために、まずは一つ早めにタイトルを獲りたいという思いはあったが、当時は中央でも好走歴のある“エイシン”や“タガノ”の強敵が古馬路線で活躍しており、なかなか思うようにはいかなかった。
そこで重賞を勝つためにどこにポイントを置くべきか、色々思案した結果、「初めて勝つとすれば3歳の早い時期の重賞かな」とイメージを描いたという。

「狙った通りに獲れたというと語弊はありますけど、ある程度想定していた形だったので」。勝つための戦略を練り、獲るべくして獲れた初タイトルだったのかもしれない。そんな思い出の馬の仔が先日飯田厩舎に入厩してきた。
その名はスマイルマリアンナ、小ぶりな牝馬だ。
さらにはスマイルプロバイドの2番仔、3番仔も入厩を控えているという。
「(初仔に関しては)まだ能力は完全に把握できていませんが、小気味の良い乗り味なので。また母と同じようにその仔で重賞制覇というのも楽しみの一つになりそうですね」と、ゆかりのある仔馬の話になると飯田師の頬は緩んだ。

2018年にリーディング獲得、トップとして走り続ける

「飯田さんていつも重賞前の陣営インタビューで控えめな発言が多い気がするんですが、あれはどうしてですか?」と訊ねると、飯田師は「そうですね」と苦笑しながら答えてくれた。

「競馬って甘くないっていうのが根底にあるので。惨敗するかもしれないし、自分が馬の状態を把握し切れているかと言われれば必ずしもそうではないですし。だから新子師なんかはいつも自信に満ちていてすごいなと思いますよ」。

飯田師と新子師、保利良平師の3人による去年のリーディング争いは大晦日までもつれ、最終的には保利師が初めてトップに輝いた。
新子師や保利師は飯田師の一つ、二つ年下でほぼ同世代だ。
開業した当初、兵庫県競馬は売り上げも厳しく、存続も危ぶまれた、いわば“崖っぷち世代”。とにかく競馬場にしがみついて家族を養わなければと必死の思いで結果を出した。3人以外の調教師も含めそんな世代が今の兵庫を支えている。

「みんなカラーは違うにしてもリーディング上位。良いライバルというとおこがましいですが、好敵手であると思っています。ま、新子くんはどう思っているか分からないけど(笑)でも本当に互いにやってやろう!というギスギスした感じもなく、リスペクトし合っていると思いますよ」。

去年はそんな好敵手たちとの接戦に敗れ、惜しくも2度目のリーディングとはならなかったが、それでも「1回獲れたので」と本人は意にも介さない様子だ。

「初めて獲ったときは、調教師の中の約1/60の名誉ですから、嬉しかったし幸せでした。でも今は自分の成績よりも管理している馬の目の前の1勝を達成したい。その思いでやっています。ただ、できたら上位ではいたい。
それはオーナーに対して、箔をつけるではないですが、この厩舎に預けていることを誇ってもらえるような厩舎でないといけないとは思っています」 というようにどこまでも自分本位ではないが、こと重賞に関してはやはり特別な感情もあるようだ。

「それはタイトルになるので。自分自身のモチベーションにもなりますし、特に今回のダービーは、生産牧場さんなどがすごくおめでとうと言ってくれる。最近疎遠になっていた人からもお祝いのメッセージが来ました。
ある騎手からは”ダービーというレース名はこれが最後になるかもしれないから僕はもうなれないんですよ、ダービージョッキーには!”と言われたりもしましたね。
まだはっきりとしたことは分かりませんがもしそうなったとすれば、“ダービートレーナー”になれる最後の年に決められたのは栄えあることだと思っています」。

今後レース名がどうなるかは分からないが、少なくとも菊水賞、兵庫チャンピオンシップ、兵庫ダービーの兵庫三冠は今年をもって最後。全国におけるダート競走の変革期に勝利したことは大きな意味を持つことだろう。

今後に向けて

「スマイルミーシャは特別な馬です。競馬に対する操縦性、それが中距離もこなせる要因でしょうし、能力、終いのキレを見ても、そうそう出合わない馬だと思っています。牝馬の中では一戦級だと。
ただ中央含めて全国区が相手となるとちょっとまだ自信はないですね。でも他地区の同世代のダービー馬、特に東海ダービーを制したセブンカラーズなんかとはどこかで一緒になる機会があると思いますし、J R A勢も含めて、来年あたりの古馬牝馬重賞戦線で戦いたいとは思っています。
兵庫はその路線も拡充されますし。ですので秋までは地元の3歳路線で」と今後の展望を語った飯田師。

9月に佐賀で行われる西日本ダービーで各地区のダービー馬の競演も見たかったところだが、まだ夢はその先へと持ち越しになりそうだ。
従って、この夏から秋は在厩で調整し、園田オータムトロフィーが直近の目標となる。

「ソノダラブとはあんまりやりたくないですけどね。今回は枠の差、立ち回りの差で勝ちましたが、力は五分だと思っているので」とライバルへの敬意も忘れなかった。

あまり欲がなさそうな飯田師だが、今後の夢について訊いてみるといくつも話してくれた。

「まずはオーナーとの関係性を長く続けられるように。生き物を扱いますし、お金もかかることですからそんな中で競馬を楽しんでもらえるようにですね。それと今重賞を勝っているのは全て牝馬なんですよね。それは価格や路線など色々考えていたらたまたまそうなった感じなんですが、ゆくゆくは牡馬でもという思いはあります」。

元々動物が好きで、京都産業大学の馬術部に入ったことが競馬に携わるきっかけだったという飯田師。現在、自ら調教をつけているが、スマイルミーシャも自身が手がける一頭だ。
「特別な馬だから僕が乗っているわけではなく、たまたま最初が僕だったんでそのままという感じです。実際乗っていると変化も分かるし、馬の状態を把握できるので。今回のように結果が出ると自信になりますね。どこかで体力的に厳しくなることもあると思うんですけど、できるかぎり乗りたい。そこはこだわりですかね」。ホースマンを志す原点ともなった”馬に乗りたい”という欲求。初心に帰れる調教の時間は師にとってとても大切な時間なのだろう。この話をしているときは若干言葉が熱を帯びていたように感じた。

「今回スマイルプロバイドの仔が入ってきましたけど、将来的にはスマイルミーシャの仔も手がけたい。園田に根付いた血統を、世代をつなぐのが夢ですね」と、最後に壮大な夢で締めくくってくれた飯田師。

謙虚であり、策士。競馬の厳しさを知りながら、ロマンも忘れない。
愛し愛されるそのキャラクターを愛馬と共に今後も追い続けたい。

文:木村寿伸 
写真:斎藤寿一 

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