2024 兵庫優駿 レポート
2024年07月04日(木)
全日本的なダート競走の体系整備に伴って、”ダービー”のレース名は大井の”東京ダービー”に限られることとなり、全国から歴史ある”ダービー”の名称が消えていった2024年。
ここ兵庫もご多分に漏れず、これまでの「兵庫ダービー」から「兵庫優駿」に名称変更、開催時期も約1ヶ月遅れの7月開催へと形を変えた。
また、兵庫チャンピオンシップが春の短距離王決定戦の位置付けとなったことで、兵庫クラシック三冠は、4月の菊水賞、7月の兵庫優駿、10月の園田オータムトロフィーへと変更された。
その兵庫三冠の中でも最も特別なレースがこの兵庫優駿だ。25回目にして新たな歴史を刻むこととなった今年は、2歳重賞3勝と世代の出世頭だったマミエミモモタローこそ、ケガによる長期の戦線離脱で不在だが、それ以外は、菊水賞馬のオーシンロクゼロに2歳王者のマルカイグアスと重賞ホース2頭に加え、重賞常連組に世代最大の上がり馬と、有力どころは皆出走してきたと言っていいだろう。
生涯一度の夢舞台、世代最強を決める一戦に、12頭の役者が揃った。
人気は2強ムード。
1番人気の単勝2.0倍になったのは、重賞初挑戦のウインディーパレス。
年明けの1月23日のデビューからここまで無傷の6連勝中。
そのどれもが圧勝だったが、特に前走の兵庫優駿トライアル「オオエライジンメモリアル」は、マルカイグアスの追い込みを物ともせず、直線は逆に7馬身引き離しての逃げ切り完勝。この世代最大の上がり馬が夢舞台に間に合った。同型相手にどのような競馬をするのか、このレース初騎乗となる長谷部駿弥騎手の手腕を含めて注目が集まった。
対してオーシンロクゼロは僅差で2番人気の2.3倍に甘んじた。
無敗で菊水賞を制し、前走の西日本クラシックでは高知のシンメデージーとの無敗馬対決に敗れ、初黒星。
ただ、そのシンメデージーはその後、東京ダービーで地方馬最先着の4着と好走しており、敗れても悲観する相手ではなかった。
その後、オーシンロクゼロは、これまで同様淡路島のフォレストヒルにて放牧、調整。入厩後に最後の仕上げを施され、大一番を迎えた。
馬体は少し成長し、トモの緩さも若干解消されてきたとのことだが、依然としてゲート駐立の課題はつきまとう。しっかりスタートを決め、改めて世代最強を証明できるか。
2頭とは離れた3番人気10.5倍の支持を集めたのが昨年末の園田ジュニアカップの勝ち馬、マルカイグアス。
この春は西日本クラシックで3着、前走のトライアルではウインディーパレスに離されての2着と、善戦は見せるも半年間勝ち星から遠ざかっている。
前走に関して陣営は、「本当はもっとスムーズに前の位置を取りたいんですけど、スピードの違いで取れない。そこを今度は工夫したい」と、位置取りと展開面を敗因に挙げ、次走の巻き返しを誓っていた。
単勝11.0倍の4番人気は牝馬2頭のうちの1頭プリムロゼ。ここまで10戦して8連対し、3着1回、着外なしという堅実派。1月の兵庫クイーンセレクション、4月の東海クイーンカップ(名古屋)、5月ののじぎく賞の3重賞では、それぞれ2、3、5着と健闘するも、ことごとく名古屋のニジイロハーピーの後塵を拝した。前走のJRA交流「氷ノ山特別」では、中央馬と直線半ばまでデッドヒートを繰り広げたが、最後は4馬身離されての2着に敗れた。
とはいえ、逃げて早めに別の馬に突かれ、それを振り切った後、更に勝ち馬にマークされるという厳しい展開だっただけに悲観する内容ではなかった。
牡馬相手でも力を見せ、ひと花咲かせられるか。金沢の名手、吉原寛人騎手の手綱捌きにも期待が高まる。
単勝15.5倍の5番人気がウェラーマン。内枠に泣いた前々走の菊水賞が3着、前走の西日本クラシックでも後方からの競馬を強いられ、5着に敗れた。
悔しいレースは続くが、「前走は尾っぽを持ったことでスタートも決まりましたし、少しずつ成長を見せています」と盛本師は振り返る。
この中間も休養牧場で坂路を7本消化するなど抜かりのない調整でここまできた。この世代最強決定戦で脇役返上なるか。
あとは、前走AB混合特別を圧勝した菊水賞2着馬のクラウドノイズが6番人気の21.5倍。
それ以下は、90倍以上の単勝オッズとなった。
出走馬
レース
ゴールイン
この日は開門時から蒸し暑く、兵庫優駿発走前の夕方5時半時点でも実況席の気温計は34℃台を示していた。
馬場は前日の稍重から、この日の5レースに良馬場に回復。猛暑日に迫る炎天下の中、新装なった夢舞台のファンファーレとそれに呼応した拍手と歓声が、白い雲と青い空に溶け込んでいった。
スタート前、オーシンロクゼロが課題だった駐立の悪さを見せる。何度も立ち上がる大きなアクションに中枠の馬たちも反応。数頭駐立に苦労する中、ゲートが開く。
注目のスタート、オーシンロクゼロは駐立の悪さがそのまま出て、2馬身ほどの出遅れ。後方2番手から巻き返していく。
逆に先行争いは、最内枠から好発を決め、クラウドノイズが難なくハナへ。
それに吉村騎手のミスターダーリンと金沢の吉原騎手騎乗のプリムロゼが続き、さらにその外から長谷部騎手が押してウインディーパレスが上昇。
“意地でもこの位置を”という気迫を見せ、陣営の理想とする2番手の外をなんとか確保した。
そこから2馬身遅れて3番手に控える形となったプリムロゼ、さらに3馬身差でミスターダーリンが4番手追走。
マルカイグアス、グランレザンドールがその背後、中団前のポジションを取り、各馬は1周目の3、4コーナー中間地点へ。
中団にウェラーマン、そこから2馬身また間隔が空き、先頭との差20馬身の位置にようやくオーシンロクゼロ、そしてゴールデンロンドンが追走。
その後ろはメロディメーカーとプリムロゼ、ワンダーグリーが固まって最後方グループを形成し、ホームストレートに入る。
序盤から縦長、スタンド前で若干ペースが緩んだが、それでも馬群全長17馬身程で1周目のゴール板前を通過していく。
先頭のクラウドノイズは息を入れたいところだが、外のウインディーパレスが終始並ぶ形で1コーナーへ。
そしてこの間、徐々にポジションを上げてきたのがマルカイグアス。3番手のプリムロゼに外から並んで2コーナーに向かう。前4頭の集団が5番手のミスターダーリン以下を3馬身離して向正面へ。オーシンロクゼロはまだ後方から5番手、前とは12馬身ほどの差がある。
残り800mを切ってバックストレートに入ると、早くも動いたのがマルカイグアス。勝負に出た鴨宮騎手が、残り600mで前の2頭を交わして一気に先頭に。3コーナー付近で後ろを3馬身、4馬身とあっという間に突き放していく。
これで苦しくなったクラウドノイズはみるみる後退、ウインディーパレスも抵抗できず、3番手に。代わって追い込んできたウェラーマンが2番手に浮上。
3、4コーナー中間で後続に5馬身のリードをつけたマルカイグアス。
一人旅の様相となって4コーナーへ。
離れた2番手追走のウェラーマン。一杯になったウインディーパレスに迫る、内のメロディメーカーと外のゴールデンロンドン。オーシンロクゼロは依然として後方4番手のままで直線に入り、残り150m。
独走状態のマルカイグアス。ウェラーマンとの差は縮まるどころか6馬身、7馬身と開いて残り100mを迎える。
そして2番手ウェラーマンと後続の差も広がる一方で、遥か後方の3番手争いにメロディメーカーとゴールデンロンドンの2頭が続く。
最後はリード8馬身、圧巻の走りでマルカイグアスがゴールに飛び込んだ。
鞍上、鴨宮騎手の会心のガッツポーズと共に。
2着は懸命な追い上げを見せたウェラーマン。マルカイグアスには離されたが、
3着を10馬身ちぎる走りだった。
接戦の3着争いをクビ差制したのは単勝最低人気の239.9倍だったゴールデンロンドン。4着にメロディメーカー、5着にウインディーパレスが入ってなんとか掲示板を確保したが、7戦目にして初めて土がついた。
一方、菊水賞馬オーシンロクゼロはスタートの後手が最後まで響き、よもやの8着に敗れた。
2強が崩れたことで波乱の決着。3連単は37万超えの高配当が飛び出した。
その立役者、鴨宮騎手の強気の競馬で圧勝を決めたマルカイグアス。
2歳王者、逆襲の走りで見事世代の頂点に返り咲いた。
入線後クールダウンのさなか、喜びを噛み締めるように、馬上で右拳を握る男の姿が夕陽に照らされた。
◆マルカイグアスはこれで通算8戦3勝、重賞2勝目。2歳頂上決戦の園田ジュニアカップに続いて、3歳最高峰の兵庫優駿も制し、またしてもここ一番での勝負強さを発揮した。
獲得タイトル
2023 園田ジュニアカップ
2024 兵庫優駿
◆鴨宮祥行騎手は重賞通算8勝目。今年は2月の笠松・白銀争覇(バーニングペスカ)に続いて2勝目。兵庫ダービー時代を含め、自身7度目の挑戦で本タイトル初制覇。
◆橋本忠明厩舎も鴨宮騎手とのタッグで制した2月の笠松・白銀争覇(バーニングペスカ)に続いて今年2勝目の重賞V。
兵庫ダービーでは初出走の2014年から、2015、2018年と3回連続の2着があったが、兵庫優駿に名称変更元年に悲願の初制覇となった。
◆鴨宮祥行騎手 優勝インタビュー◆
(そのだけいば・ひめじけいば 公式YouTubeより)
まだ、額に汗が光る中、「嬉しいです!はい!」とまず第一声、爽やかに喜びを口にした鴨宮騎手。
8馬身差の圧勝劇については、「良い手応えでずっときていたんで、直線半ばぐらいで、『うわ、勝つわ』と思って」と笑みがこぼれた。
今回マルカイグアスの馬体重は前走時からー16キロ。前回が幾分太めだったこともあり、陣営はしっかり絞って送りだしたが、「素軽さも出て、返し馬で自信が持てた」と鞍上も好感触だったようだ。
レース前に橋本調教師は「もう1列、2列前で競馬がしたい」と話していたが、そのイメージ通り、序盤から中団前のポジションを取りにいった鴨宮騎手。
「枠も外枠で良かったので。この馬は二の脚、三の脚が速い馬なんですけど、中間、ゲート練習して良かったので、その成果も出て良いスタートが切れて。航さん(オーシンロクゼロの廣瀬航騎手)がいなかったので、『おやっ?』と思いながら道中はいました」と序盤を振り返る。
1、2コーナー中間では、2番手追走のウインディーパレスの背後まで位置を上げていた。前回楽に行かせて逃げ切られたのを意識してのものだった。
そして勝負の決め手となった、向正面での早めの仕掛けについては、
「レース前に学さん(昨秋から腰痛で休養中の田中学騎手)に会いにいって、『枠も良い枠やから強気で行け』と言われてましたので、あの位置についた時点で強気にいく気持ちでいきました」と、普段から師と仰ぐ田中学騎手の助言もあったと明かした。
抜け出してからは後続を離す一方だったマルカイグアス。
ゴールの瞬間は歓喜のガッツポーズも飛び出した。
「良かったです。橋本厩舎も(兵庫ダービーでは)2着が3回あったと聞いていたので、勝ててよかったです」と陣営の悲願を喜び、そしてこの馬の将来性については「それでもまだまだ緩さも残しますし、今後厩舎力でもっともっと上を目指せるような馬になってほしいと思っています」と期待を寄せた。
総評
ただ、このあとは夏休みの予定で、ここが本番ですし、15キロ位絞ろうと思って調整してたら、きっちりそうなったんで。中間ゲート練習もしましたし。思っていた以上にいいところ取れたんじゃないですか」と、これまでになく悔いなき仕上げで臨んだと振り返った。
そしてこのタイトルを手にしたことについては、「最高です。引退するまでには勝ちたいレースの1つだったので、2着がずっと続いたときもあったので早めに勝ちたいなという思いはすごくありました。
普段から世話をしており、ジンギの担当でもあった山本秀信厩務員は、「やりました。一発狙ってたからね。もうこのレースで牧場にあげるからメイチで絞っていくと。身軽になるんじゃないかなと思って。ゲートも練習したんですよ」と、大一番で出た努力の成果に柔和な笑顔で喜んだ。
兵庫史に残るような圧勝劇を見せたマルカイグアス。それでもまだまだ緩さと精神的な幼さがあるということで、今後に向けても楽しみは尽きない。
その今後、この世代が狙うのは、10月10日の三冠最終章「園田オータムトロフィー」だ。
今回敗れた2強、オーシンロクゼロは課題の駐立の悪さがとうとうレースに影響を及ぼし、痛恨の出遅れ。本来の力を発揮できなかった。そして、ウインディーパレスは、後ろから早めに来られる厳しい競馬を初めて経験した。
他にも、良い追い込みで2着と存在感を見せたウェラーマンらを含め、各陣営は秋のリベンジに向けてまた意欲を燃やすはずだ。今後もこの世代から目が離せない。
兎にも角にも、これで世代最高峰の戦いは幕を閉じた。
兵庫ダービーから兵庫優駿に名称が変わっても、その価値は揺るがない。
新たなダービー馬、ダービートレーナー、そしてダービージョッキーの誕生に、改めて祝福の拍手を送りたい。
文:木村寿伸
写真:齋藤寿一