競馬場クローズアップ

馬も人も酷暑を乗り切れ!

~兵庫競馬の暑熱対策~

6月27日、大阪管区気象台は「近畿地方が梅雨明けしたとみられる」と発表した。近畿地方では、平年より22日早く、1951年の統計開始以降最も早い梅雨明けとなったようだ。そのため今年は例年より早い時期から連日35℃を超える猛暑日に。

園田競馬場内では熱中症対策として「水分をこまめに、塩分も適度に摂り、日陰や冷房の効いた屋内をご活用ください」と、来場者へ何度も繰り返し注意喚起している状況だ。

また人馬への負担軽減を図るため、7月から当面の間、パドックでの周回時間を5分程度短縮する形で実施している。昨年までも暑熱対策の一環として内々に行われてはいたが、しっかりと時間を決めてテロップで表示するなどファンに周知するのは今年からだ。

こうしたアナウンスをはじめ、この異常な暑さから人馬を守るため、兵庫県競馬では様々な対策をこらしているが、今回は関係者以外にはあまり知られていない、そうした暑熱対策をクローズアップしたいと思う。

暑熱対策① 馬場内待機所

まず最初にご紹介するのが、レース発走前に馬が輪乗りを行う「馬場内待機所」。
4コーナー付近と、2コーナーの奥に設けられているが、主に使用されているのが、1230m、1400m、1700mのレースで使う4角側。待機所内に入ると、天井から落ちてくる水滴と、横から吹く強めの送風の相乗効果でかなり暑さを和らげてくれる。

天井のミストは15基、横から風とミストを送る送風機、いわゆるミストファンは、待機所に沿ってL字型に6基設置されている。天井のミストは10数年前からあるが、横のミストファンは昨年2024年の6月に新設された。
これはこの後、ご紹介するエリアでも同様の話だが、ミストそのもので冷たく感じるというよりも気化熱(液体が気体になる際に周囲の熱を奪う現象)を利用して、冷却効果を狙っている。庭や道路に水をまいて涼をとる、昔ながらの「打ち水」のようなものだろう。ここを使用する騎手らに話を聞いてみるとしっかり快適さを感じているようだった。

ちなみに2角側の待機所にはミストなどは設置されていないが、こちらは820mや1870m戦で使用するのみなので、全体で見ると使用頻度は少なく、しかもそうしたレースに臨む際でも、各々の馬は基本的に4角側の待機所で先にある程度ウォーミングアップしてから2角側に向かう。「ここにはあまり長い時間いませんし、すぐ発走なのでミストがなくても問題ないです」と、杉浦騎手は話してくれた。

暑熱対策② 装鞍所

場内の装鞍所は一昨年の2023年に改修されたが、その7月31日の竣工からミストが設置された。まず装鞍所の周囲に3基のミストファンを設置。馬を引く厩務員さんによると、「(ミストファンは)結構近づいていかないと涼しく感じないけど、でもやっぱり気持ち程度でもあった方がいいですね」とのこと。

一方、より効果が高そうなのが、装鞍所馬房内に設置されているミストと扇風機だ。
馬房内に入ると、天井からミストと髪がしっかりなびくぐらいの強めの冷風が当たって心地良い。ここで使用されているのは通常のミストよりも圧力をかけて粒を細かくした”ドライミスト”と呼ばれるもの。そのため、雨天時以外はミストに当たっても体が濡れないのが特徴だ。

耐久性に定評のあるメーカーのもので、風量調整のつまみは、OFFの状態から徐々に強くなる一般的な形ではなく、基本的に最大風量で使用するため、OFFの次はすぐMAXの強さになるよう工夫されている。

ちなみにレース輸送馬房やJRA交流馬房にも天井ミスト・扇風機が設置され、加えて誘導馬の馬房には冷房が取り付けられており、とても快適だ。今は1頭で頑張って誘導してくれているストラディヴァリオ、現在誘導馬をお休み中のメイショウシャークが暑さから身を避け、ここで待機している。

尚、装鞍所には7月22日に日除けの天幕が新たに設置され、これも関係者からは好評のようだ。実際に場内を取材して回っていると、日なたと日陰では体感的な暑さがかなり違う。こうしたちょっとした工夫で大きな効果が得られそうだ。

暑熱対策③ 馬体冷却用シャワーと採尿所

採尿所の隣には、6〜9月あたりの夏の期間限定で馬体冷却用のシャワーが稼働している。こちらは2021年7月27日に7基設置された。レース後から13分間、周回する馬の頭上からシャワーが降り注ぐ。レース後、汗をかき、熱を帯びた馬たちをすぐさま冷ませるとあって、「馬のクールダウンに大変助かっている」と調教師からも重宝されている。

シャワーが止まって2分後に今度は洗い場が開放され、馬たちはそちらに誘導される。

このシャワーの隣の採尿所には、レース後、1、2着馬(10頭立ての場合。11頭以上だと指定馬を加えた3頭)が薬物検査のために連れてこられるが、ここにもミストファンを3基設置。2019年に取り付けられたもので今年で7年目。そしてこの場所にも7月22日に日除けの天幕が取り付けられたばかりだ。

暑熱対策④ パドック(下見所)

パドックの暑熱対策は2014年以降、送風機の種類を変えたり、台数を増やしたりと様々なアップデートを重ね、2021年に現行のミストファン7基で落ち着いた。こうした変遷から、毎年暑さが厳しくなっていくのに伴って、暑熱対策を強化しているのが見てとれる。

パドックのミストファンは噴射される距離が肉眼で確認したところ7〜8m程度で、他の場所に設置されているものより強力な風を送っている模様。これがパドックの周りを囲むように7台置かれ、人馬の涼に一役買っている。

パドックから本馬場へ向かうときの下見所通路、いわゆる花道にもミストが出ているが、こちらは昨年の2024年6月に導入された。

暑熱対策⑤ ファンエリア

スタンドのファンエリアは言わずもがな冷房が効いていて快適だが、スタンドとお座敷投票所の間にある通路も涼しい。こちらは天井から冷風を送るエアダクトが複数設置されていて、この真下に佇んで暑さを凌ぐ来場者の姿もちらほら。昔は投票時に列ができる場所で、人が滞留しやすかったこともあり、ここに設置されているのはその名残りだ。

さらに7月30日から第4投票所前にキッズスペース・クールスポットが登場。0〜2歳、3歳〜12歳でエリア分けされた小学生以下のお子様連れのご家族限定の冷房付き休憩場所で8月29日まで利用可能だ。

暑熱対策⑥ その他

ここまでご紹介したもの以外の細かい対策でいうと、検量前にはレース後すぐに馬体を冷やせるようにと、水をかけるホースが設置されている。西ウイナーズサークル入り口の水源から水を引く工事をして、今夏に新設された。これまでは火照った馬体にバケツで汲んだ水をかけるシーンが見られたが、調教師側の意見を聞いて新たに設けた。一見地味な対策に見えるが、これが熱中症対策には重要なようだ。

それに馬だけでなく、日々炎天下にさらされる騎手や厩務員への配慮も。
パドックの待機部屋には騎手が自由に使えるように、スポーツドリンクややかんに入った麦茶、さらにはクーラーボックスには冷たいおしぼりが用意されている。

検量室の近くにも騎手と同様、厩務員用に上記の飲み物が置いてある。今回は特別にスポーツドリンクを試飲させてもらったが、特に濃くも薄くもなく、基準通りの飲みやすい味で提供されていた。

騎手に個々の暑さ対策について聞いてみると、
「もう根性ですよ。耐えるしかないですしね(苦笑)。でもこういう冷たい飲み物を用意してもらっているのはありがたいですね」by杉浦騎手

「塩分タブレットや経口補水液を常備してまた熱中症にならないように気を付けています」by笹田騎手

と、こんな声が。特に笹田騎手は6月26日の兵庫優駿が行われた日に熱中症で9レース以降乗り替わりを余儀なくされた分、対策に気を使っている印象だった。

厩舎の暑熱対策

ここまでは場内の暑熱対策をご紹介してきたが最後は厩舎の取り組みについて触れていきたい。
一口に厩舎と言ってもまず園田と西脇で分かれているし、厩舎の事情や考え方によっても対策は様々だ。
まず西脇の厩舎エリアに関してはこれから建て替えが進むことになるが、全馬房に冷房とミストファンが設置される予定とのこと。

「大きな冷房を厩舎に数台付けるより、各馬房に小さめのものを付ける方が馬によって冷房類を使うかどうか選べるし、何かあったときに交換しやすいですしね。うちでは基本的に冷房は調教が終わって食事をするぐらいまで使う感じですね。ずっとつけていると逆に外に出たときに馬が暑さにこたえますから」と、永島調教師は話す。

同じ西脇の渡瀬厩舎では、夏の輸送時に牛や馬用の冷感マフラーを使用している。保冷剤で頸動脈を冷やして馬の体温を下げるアイテムで、輸送による体温上昇を防ぎ、発汗を抑える狙いがあるとのことだ。ちなみに厩務員も本馬場入りした際、バスの中では首にネッククーラーを巻いて暑さを凌いでいる。

一方、園田の新子厩舎では、1年ほど前からエアコンを設置。冷房を嫌がる馬もいるので、そこは馬の様子を見てどの馬房に入れるか判断しているとのこと。「メリットの方が大きいと思う。涼しいとちゃんと寝てくれる。しっかり休養が取れるのが大きいね。効果はあると思う」と、新子調教師。

そして実際に馬房の中を見せてくれたのが同じく園田の森澤厩舎。こちらでは西脇に在籍していた開業当初から冷房ではなく、ミストにこだわっている。「クーラーは快適なんですが、どうしても人工的な冷たさといいますか、夏場でも発汗の機能を制限してしまうかなと思い、ミストにしていますね。冷房の機能もかなり向上していると思いますが、ミストも年々改良されていますから、その度に厩舎でもアップデートしています」と森澤師は話す。

馬房の天井からミストと扇風機の併用で快適に。朝4時から深夜0時まで稼働させ、ミストの噴射は4分ONの後、3分OFFを繰り返す。外の気温や湿度によって手動で馬房内の温度を調整しているという。

また森澤厩舎では馬のエサに電解質の粉末を混ぜるなど食事にも工夫を凝らしている。
「ナトリウムやカリウムが汗とともに流れていくのでこれで補う目的ですね。アイルランドのエイダン・オブライエン調教師も使っていると聞いたことがあります」。

他にも乾燥したニンニクのスライスチップを与えて血管の拡張を図るなど、夏場限定の取り組みを行なっている。

調教内容も「冬より夏は距離を短く、強度は強く、調教間隔は冬が中2、3日で追い切るところを夏は4、5日空けるなど季節に合わせて変えています」とのこと。

「昔ほど夏負けの馬もいませんし、効果は出ているでしょうね」と対策が実っているようだ。

ということで、ここまで兵庫県競馬の暑熱対策をつぶさにご紹介してきたがいかがだっただろうか。おそらくこの他にもそれぞれの厩舎が思い思いの工夫を凝らしていることだろう。人馬の安全を第一に、年々厳しさを増す過酷な夏を乗り越えるため、これからも対策は続いていく。

 文:木村寿伸  
    写真:斎藤寿一  
写真提供:渡瀬寛彰厩舎

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