好循環を味方に!己の信念を貫き巧みな騎乗で魅了する
~田野豊三騎手~
8月3日(日)、今年から地方全国交流に変わった第29回黒潮菊花賞で兵庫所属のラピドフィオーレが6馬身差の圧勝。高知三冠を狙っていた1番人気のジュゲムーンを破る値千金の勝利だった。鞍上はデビュー16年目の田野豊三騎手。5月の西日本クラシックに続く重賞制覇となった。2025年はここまで重賞2勝、2着1回、3着4回と大一番での活躍が目立つ。今月は上昇気流に乗る田野騎手にスポットライトを当てる。

敵地で高知勢を一蹴!会心の勝利
「絶好のポジションにつけてあの末脚が使えるのは凄いですね」
乗っていた田野騎手も驚く末脚を披露したラピドフィオーレ。高知特有の重い馬場でみせたパフォーマンスは圧巻だった。抜群の発馬から好位3番手を確保すると、楽な手応えのまま加速。高知3歳世代ナンバーワンのジュゲムーンに影をも踏ませなかった。
「逃げにはこだわっていませんでしたが、ゲートが速い馬なので3番手が取れました。序盤で折り合いを欠いたときはどうなるかと思いましたけどね。距離の不安もありました。地元の中距離で結果が出ていなかったので・・・」
これまで馬券圏内に来ていたのは新馬戦の820mと1400m戦のみ。期待と不安が入り混じる中での一戦だった。
「心配不要でしたね(笑)。笠松遠征の時は物見が多かったけど、今回は落ち着いていて大人しいなという印象でした。姫路、笠松で跨ったときも良いレースをしてくれていたので、どこかでチャンスはあると思っていましたよ。向正面でグイっと行ってくれて抜群の手応えでしたね。これまで手前を替えないで走る所がありましたけど、今回はしっかり手前を替えてくれました。気分良く走れたのも大きかったかな。僕も気持ち良く乗れました」
心配要素を吹き飛ばして昨年9月の兵庫ジュベナイルカップ以来の勝利。約11ヵ月も勝ち鞍から遠ざかっていた馬とは思えない素晴らしい内容だった。
「環境が変わった方がいいタイプなのかもしれませんね。まだ折り合い面に不安はありますが、この勝利で今後は様々な距離で戦っていけそうです」と、手応えを掴んだ様子だ。
2歳時のラピドフィオーレはゲートの駐立が悪く、気の悪さもあって一筋縄ではいかない馬だった。田野騎手は2月20日(木)の兵庫ユースカップで初めてコンビを組んだ。
「兵庫ユースカップ(2着)の前から追い切りに乗るようになりましたが、気分屋な面のある馬ですね。そんなに難しい面はないけど自分から走ってくれるタイプじゃない。ただ、経験を積んで心身ともに成長してきたのかもしれませんね。伸び代はまだまだあるし、さらに良くなっていく感じがありますよ。次も高知なので結果を乗せるように頑張ります」
気になる次走は9月7日(日)の第10回西日本3歳優駿。再び高知競馬場へ遠征する予定だ。兵庫の3歳世代には7戦無敗で兵庫クラシック三冠に王手をかけている「オケマル」という絶対的な王者がいる。今後の進路次第では再び激突する可能性があるだけに、次回の高知でも結果を残してオケマルに待ったをかける存在になってほしいところだ。

田野騎手はその2日後、第26回オパールカップに騎乗するため、盛岡競馬場へと向かった。3月からコンビを組んでいるダックワーズとのコンビで芝の重賞に挑戦。
「芝のレースに乗るのが久しぶりだったので感触を確かめながら返し馬をしました。その際に馬が何度か躓いていて、芝に戸惑っている様子でしたね。ある程度前にはつけたかったですけど、想定よりも位置は後ろになりました。重賞クラスになると他も速いですね。ただ、向正面から良い感じで上がっていけました」
6番手追走から徐々に進出を開始したが、3コーナーでアクシデントが発生。前を走る馬が躓いてジョッキーが落馬。ダックワーズはその影響を受けてしまう。
「落馬の影響もそうでしたけど、盛岡のコーナーも凄く急だなと感じました。膨れないように回ろうと思ってもスピードが乗っていたので、少し外をまわる形になりました」
盛岡競馬場の芝コースはダートコースの内側にあってコーナーがきつく、スピードと同時に器用さが求められる。それでもダックワーズは4コーナーで先頭に追いつき一旦先頭に立つ。しかし、直線で内から伸びてきたプチプラージュに捕まってクビ差の2着でゴールを通過した。
「直線で前に出た時に勝てるかなと思いましたが、気を抜く所をみせてしまいましたね。寂しがり屋な面があるのかもしれません。内から伸びてきた馬に差し返されてしまいました。勝ち馬は勝負どころでもインをロスなく立ち回っていたので、コース取りの差もあったのかな?ただ、初めての芝でよく走ってくれましたよ。血統的に適性があるのかもしれませんね。レース後は休養に向かったそうなので、今後も楽しみな馬ですね」
重賞連勝とはならなかったが、他地区重賞で1,2着と全国の競馬ファンに存在感を示す活躍をみせた。キャリアを重ねていくにつれて陣営からの評価は右肩上がり。重賞の騎乗機会も増加して上位進出を目指す田野騎手。だが、これまでの道のりは決して平坦ものではなかった。
好機をチャンスに!飛躍への足掛かり
2010年4月13日に同期の杉浦健太騎手と共に園田競馬場で騎手としての第一歩を踏み出した。デビュー日に杉浦騎手が初騎乗初勝利を決めれば、田野騎手は8レースで初勝利を挙げると最終レースも勝って1日2勝を挙げる。2人揃って離れ業をやってのけた。当時も凄腕のジョッキーが名を連ねていた兵庫。その厳しい環境の中で数少ないチャンスを掴んで勝ち鞍を伸ばしていたが、重賞騎乗となると話は違ってくる。
「これまでは騎手の層も厚くて重賞に乗れる機会が少なかったですね・・・。デンコウチャレンジで2着だった時は悔しかったです」
2014年の兵庫クイーンカップ。デンコウチャレンジに騎乗した田野騎手はまだデビュー5年目。この馬とのコンビでオープンクラスを連勝して重賞騎乗の機会を得た。道中4番手のインで脚をためると、勝負どころから進出を開始。直線では先頭に出る場面があったものの、後方から追い込んできたラヴフェアリーの末脚に屈して2着。掴みかけた重賞タイトルが手元からすり抜けていった。
「とにかく乗りやすくてゴーサインを出せばすぐに反応してくれる素直な馬でしたね。ロスのない良い競馬はできたんですが・・・」
その後、落馬による負傷離脱もあって勝ち鞍が思うように伸ばせない時期が続いた。2017年には期間限定騎乗でホッカイドウ競馬に遠征。約3カ月間の武者修行を経て兵庫へ戻ってきた。強者揃いの兵庫で揉まれながらも少しずつ年間の勝ち鞍を伸ばすと、次第に有力馬の騎乗依頼が入ってくるようになった。
「時間は掛かりましたけど、ここ数年でようやくチャンスがまわってきているのかな?という感じです」

初重賞制覇を挙げたのは2022年9月の園田プリンセスカップ。アドワンに跨ると道中4~5番手のインを追走。勝負どころで仕掛ける馬がいてタフな競馬となったが、4コーナーで外へ切り替えると良い脚を使って差し切った。後続に3馬身差をつける快勝で所属する土屋洋之厩舎に初タイトルをもたらした。
「初めて重賞を勝った時のことは・・・あまり覚えてないです(笑)。3年前ですもんね。ただ、自厩舎で取れたのは嬉しかったですね。土屋先生は勝った時でも『物足りない』とか厳しい評価を受けることがあるんですよね。いつかは納得させられるような騎乗をみせたいです」
その後は自厩舎のミナックシアターで2023年の兵庫ジュベナイルカップ2着、アドワンで去年の園田チャレンジカップ2着と大舞台で惜敗が続いている。またこのタッグで表彰台の頂点に立つ姿をみてみたい。

2度目の重賞制覇は今年5月の西日本クラシック。キミノハートに騎乗すると絶妙なペース配分でレースを支配し、見事な逃げ切り勝ちを決めた。
西日本クラシックを制したキミノハートとのコンビ結成は4月の3歳A級戦からだった。短期休養から戻ってきての初戦は鮮やかに逃げ切って復活の勝利。勢いそのままに西日本交流重賞のタイトルも射止めた。
「2歳の入厩時から乗っているわけではないのに声を掛けていただいて嬉しいです。僕は以前のスイッチが入った状態のキミノハートを知らないんですよ。休養から戻って心身ともにリフレッシュした時から跨り始めたので良いイメージしかないです。厩舎サイドが試行錯誤を重ねてくれたおかげで良い結果を残せました」
次走の兵庫優駿も先手を主張するとしぶとく粘って3着を確保。屈強な牡馬相手に健闘をみせた。
「追い切りで牝馬特有の気難しさを出す時もありますが、気分よく走れさえすれば強い競馬をしてくれる子なので、この先も楽しみな馬です。ここ最近はタイミング良く有力馬の騎乗依頼をいただけるのも大きいですかね」
近年の活躍により重賞タイトルを目指す有力馬を託される機会も増加傾向。特に今年は重賞で馬券圏内に入ってくる回数も多く存在感を示し続けている。
「最近だとケンジーフェイス、ベストオブラックなど重賞常連の馬に跨る機会が多くなっていますね」
ケンジーフェイスはJRAから2021年秋に兵庫へ移籍してきた。転入後は条件戦で9連勝を挙げて才能を開花。JRA交流戦で勝利を挙げると、重賞でも入着圏に入るなど2年以上オープンクラスに在籍している。
「ケンジーフェイスは良い上がりを使ってくれますね。近況は入着圏止まりですが、820m~1400mの短い路線で長く活躍していれています。よく頑張ってくれていますよ」
ベストオブラックは2021年秋にJRAから兵庫へ移籍すると勝利を積み重ねて2023年の春にA1へ昇級。そのタイミングで田野騎手が鞍上に抜擢される。
「乗りやすい馬でしたね。先生からの指示もあって、道中はついた位置でじっくり脚をためて上がりで勝負するというレースをしていました。なかなか勝ち切れない馬でしたね。気分が乗る時と乗らない時の差があって、気持ちが乗った時はオープンを勝ったり、重賞でも良いレースをしてくれました。摂津盃を目標に調整を進めていたのですが、病気で亡くなったと聞いたので・・・残念ですね」
これまで7度重賞に出走したが、着外に沈んだのは今年の白鷺賞(9着)のみ。あとは全て掲示板を外していなかった。兵庫転入後も着外わずか4度だけと常に堅実な走りを披露していただけに突然の訃報は残念でならない。

「これまで重賞を3つ勝っていますけど、どれも良いタイミングで騎乗依頼を頂けたのも大きいと思いますね。仕上げて下さった陣営の皆さんのお陰ですよ」
そのチャンスをものにするところが田野騎手の強みで武器になる。9月中旬から重賞レースが続く兵庫でどんな手綱捌きをみせてくれるか要注目だ。
自分の信念を貫き歩みを進める
「自分から乗鞍を取りにいこうとしても良い風に流れないと思っているんですよね。そうすると怪我が増えたりして良いイメージが無いんです。自身の性格に合っていないかなと」
気迫や闘志を表に出すタイプではなく、常に沈着冷静で人馬一体を心掛けるタイプ。その姿勢を貫き、ここ数年は着実に数字を残している。
「自分らしく焦らずやっていこうと思っています。レース、騎乗でアピールを続けていきたい。レーススタイルにこだわりはありませんが、差し切る競馬の方が勝った時は爽快です。気持ちいいですから」
著者の私も田野騎手といえば後ろから豪快に差し切るというイメージが強い。終い勝負のタイプに乗る数が多い影響か、差し馬の田野騎手は警戒するようにはしている。
「よく同期の杉浦騎手や同世代の騎手と比較されるんですが、個々の技量や環境も異なりますからね。あまり気にしないようにしていますが、良い刺激はもらっていますよ」
今年4月に地方通算1000勝を達成した同期の杉浦健太騎手。1つ下の鴨宮祥行騎手は昨年年間100勝を突破し、年明けからオーストラリアへ武者修行を敢行。両騎手ともに兵庫優駿(兵庫ダービー)、園田金盃などのビッグタイトルを獲得していている。しかし、その二人に負けない騎乗センスを持つ田野騎手。ここ数年はそのテクニックが遺憾なく発揮されている。
「彼らをみていて羨ましいなと思いますよ。良きライバルとしてお互い切磋琢磨していけたらいいですね。いずれは兵庫優駿、園田金盃のビッグタイトルも取りたい。特に兵庫優駿は2歳から主戦騎手として乗り続けないと狙えないレース。そういう馬に出会えたらいいですね」

兵庫県競馬生え抜き騎手の最多勝利記録(4745勝)を持つ田中学騎手が8月1日付けで調教師に転身。数々の名馬とコンビを組んできた名手がジョッキー人生に別れを告げた。その名手を目標にしていた一人が田野騎手だった。
「レースが終わる度に助言、アドバイスをもらったりしていました。少しでも近づけるように学さんの背中を追いかけるように乗っていましたよ。間近で見て技術を吸収しようと。目標の存在でした。気難しい馬の扱いとか、折り合いに苦労する馬との気持ちの合わせ方も上手いですよね。少しではありますが理想に近づいている感じもします」
馬との呼吸を大事にする騎乗スタイル。その技術をマスターには相当な時間と経験が必要だ。戦い続けながら理想を追い続ける。
「ただ、前向きじゃない馬を前向きにさせたりする所は真似したくても簡単にできるものではありません。あの域に達するのは容易なことではありませんよ(笑)。調教師としても頑張ってほしいです。騎乗依頼がもらえるように頑張っていかないとですね」
尊敬する田中学騎手は調教師として第二のホースマン人生を歩み始める。開業までまだ時間を要するが、田野豊三騎手&田中学厩舎タッグの見られる日が待ち遠しいところだ。
層の厚い兵庫で目指す
現在、兵庫県競馬には34名の騎手が所属。全国の地方競馬で騎手の在籍数が1番多いエリアだ。近年は兵庫でデビューするジョッキーも増加して乗り馬の確保が大変な状況となっている。
「最近の若い子達は上手ですし上達も早い。そのうえ昔より起用する陣営が増えて経験を多く積めるじゃないですか。結果も残しているので嫉妬しますよ(笑)。僕のときは20勝で減量卒業でしたからね」
兵庫は2018年4月1日の新年度から減量騎手規定変更となったが、それ以前は通算20勝で見習い騎手卒業だった。2010年の初騎乗から同期の杉浦騎手と共に勝ち鞍を積み上げデビューイヤーで減量卒業の20勝に到達。そこから歴戦の猛者達と同じ斤量で戦わなくてはならない厳しい状況だった。
「1kg取れただけでもキツくなるんですよね。これまでの乗り方が通用しなくなる。競馬が変わるというか難しくなるんですよ。そこからどう対応していくかも大事なんです。苦労しましたね」
減量が取れたことによって勝利数を落とすジョッキーも多い。その試練を乗り越えた先に見えなかった世界に辿り着くことができる。

兵庫県競馬は基本年間通して開催が行われている。毎週3日間または4日間レースが実施され、その間にも日々の調教で攻め馬に騎乗。同時に関係者へ営業、売り込みをして騎乗馬の確保を行う。さらに束の間の休みで身体のメンテナンス、トレーニングをしつつ体重の管理をしなければならない。
「最近は筋力をつけすぎないように注意していますね。体重が重い方なので食事にも注意しています。10年ぐらい前から体重が落ちにくくなって、食べたり飲んだりしたら身になってしまうようになりました。夏でもサウナに入ったりして維持するようにしています」
田野騎手はジョッキーの中では背は高い方で体格もガッシリとしている。年齢を重ねると共に体重を落とすことが難しくなっていくが、騎手である以上は体重の維持、管理は必須項目だ。
「今年の春から負担重量が変わって少しは楽になりましたけど、2歳とか牝馬に乗るときは54、55kgだったりするので落とさないといけない。良い馬に乗るためには頑張らないといけないですね」
有力馬の依頼が増えてきたこの機会を逃すわけにはいかない。ライバルだけでなく、己との戦いに勝たなくてはならない。
「焦らずにやっていきつつも、キャリアハイという景色はもう一度味わってみたいです。そう簡単にはいかないと思いますが、トータルは後からついて来ると思います」
キャリアハイは2023年に記録した72勝。今年は8月29日の開催終了時点で40勝を挙げている。2着の数は63回、3着44回を記録。連対率は25%超と馬券への貢献率が高い。
「2、3着の数が多くなっていますけど、そういう年が多かったりもします。勝てたのに2着、頑張って2着というのもあるので、そういう所は『しょうがない』と開き直って引きずらないようにします。決めたいなとは思っていますけどね」
ここ数年は勝ち鞍よりも2着数の方が上回っているが、歯車が嚙み合った時にビッグスコアを叩き出す可能性もある。秋以降の活躍次第ではキャリアハイに迫る数字を残せるかもしれない。
「調教師の皆さんからは良い印象、良いイメージを持ってもらえるようにレースでアピールを続けます。そうすれば兵庫優駿、園田金盃を勝てるチャンスが巡ってくるかと思いますし、与えられたチャンスで掴み取りたいですね」
普段は穏やかな表情で笑顔が印象的な好青年だが、馬場に出るとキリっとした勝負師の顔に切り替わる。兵庫で最も勝負強く、頼もしいジョッキーと呼ばれる日もそう遠くはないだろう。

文:鈴木セイヤ
写真:齋藤寿一