騎手クローズアップ

高みを目指す9年目 粉骨砕身の日々

~長谷部駿弥騎手~

9月終了時点で今年50勝、リーディング7位に躍進を見せているのが長谷部駿弥騎手だ。2022年に記録した年間58勝のキャリアハイを更新するのも時間の問題で、自身初のトップ10入りも現実的なものとなっている。

昨年10月から永島太郎厩舎に移籍をして丸1年が経過した。今年デビュー9年目、日々成長を続けている26歳の現在地にスポットを当てる。

騎手への道と同期の存在

出身は大阪市鶴見区、競馬との出会いは家庭のリビングからだった。
「ごく普通の一般家庭なんですけど、両親が競馬見るの大好きで。物心ついた頃には、将来の夢は“騎手”って言っていました」

小学4年生で乗馬を始め、羽曳野市にある乗馬クラブ・クレイン大阪に通って、騎手になるべく腕を磨いた。他の習い事は一切せず、馬ひとすじの少年期だった。

地方競馬教養センターに第95期騎手候補生として入学し、2017年に無事卒業。晴れて地元関西の園田競馬場でデビューした。他地区の同期には、渡邊竜也騎手(笠松)、藤田凌騎手(大井)などがいる。

同じ兵庫でデビューとなったのは、永井孝典騎手だ。

「仲は普通ですよ。一緒にご飯とか行く感じではないですが、普通に喋ったりはしますし」

永井騎手はルーキーイヤーに33勝を挙げ、当時田中学騎手が持っていたルーキーイヤーの兵庫県競馬記録(32勝)を塗り替える活躍を見せる一方、長谷部騎手の初年度は13勝だった。しかし4年目には年間勝利数で初めて同期を上回るなど、長谷部騎手も徐々に力を付け、現在の通算勝利数は永井367勝、長谷部353勝(9月末時点)とほぼ差はない。

「同期の成績は、ちょっとは気にはなります。あんまり気にしすぎても仕方ないですけど。意識し合いながら、自分の技術を磨いていけていると思うんで」

一昨年、永井騎手が園田FCスプリント(メイプルシスター)で重賞初制覇を果たした際に、長谷部騎手は祝福しながらも悔しそうにしている顔が印象的だった。

「先に重賞を勝たれて悔しかったですけど、でもどっちかは先に勝つじゃないですか。それが永井だったというだけ。悔しかったですけど、僕は頑張りが足りていないっていうことでもあるので。もっと頑張らなあかんなって思ういいきっかけにもなりました」

デビュー初期の苦しみ

決してここまで順風満帆の歩みではなかった。

「最初の頃はなかなか思ったようにうまくいかないな、厳しい世界やなって感じながら過ごしていました」

当時の減量規定が、20勝以下(10勝以下:△ -2kg、11~20勝:☆ -1kg)だったため、デビュー2年目の2018年6月には20勝をクリアし、減量特典がなくなった。

そんな折、2018年4月以降にデビューする騎手の減量規定に大きな変化があった。減量特典が100勝以下(30勝以下:▲-3kg、 31~50勝:△-2kg、 51~100勝:☆ -1kg)に変更されたのだ。こうなると、減量が長く続く1つ下の石堂響騎手に自然と騎乗依頼が多くなる。長谷部騎手は、乗り鞍に恵まれず、出走が一鞍だけの日や“休みの日”も珍しくなかった。

「最初の頃はしんどかったですね。レースの乗り数があまり多くなかったですし、同期の永井は結果残していて。でも周りからは『腐ったら終わりやからな、頑張れよ』って言ってもらって。それもあって頑張りましたね。この苦しい2年があったからこそ、今の自分があると思ってるんで、決して無駄な2年間ではなかったなとは思います。この時期を味わってるんで、この自分にはなりたくないって今も頑張れています」

1年後に転機が訪れる。2019年4月より減量規定が統一され、2017年以前にデビューした騎手にも新しい減量規定が適用されることに。これにより再び△-2kgでの騎乗するチャンスが巡ってきた。

減量が復活してすぐに騎乗日4日連続の勝利。直後に右手親指の骨折で2カ月半離脱という憂き目にあったが、復帰してからも勝ち鞍を伸ばし、3年目は34勝をマーク。前年の20勝を大幅に超え、キャリアハイを更新した。

「自分の技術もこの辺のタイミングで上がってきたかなっていうのは感じました」

経験に勝るものはなし。レースに騎乗して新たな課題を見つけ、トレーニングで積み上げたものをまたレースで実践できるというサイクルがようやくうまく回り始めた。

10連勝の重圧が鍛えた心

彼のキャリアを語る上で、欠かせない馬がいる。
「僕はやっぱりガレットショコラです。走る馬に乗せてもらって、走る馬はこういう走りするんや、こういうレースをするんやというのを教えてもらいました」

2018年から2019年にかけて10連勝。指の骨折で騎乗できなかった4レースを除いて、全て長谷部騎手が手綱を取った。

「10連勝目の時なんかは、もうすごいプレッシャーでした。やっぱりそのプレッシャーを乗り越えたからこそ、今も落ち着いて乗れますし。ガレットショコラにはいろいろと教えてもらいました。感謝しています」

そして、ウィンディーパレス。この馬も彼を語る上で欠かせない一頭だ。
2024年1月にデビューすると、長谷部騎手を背に連勝街道を突き進み、兵庫優駿トライアルのオオエライジンメモリアルも勝って無傷の6連勝。兵庫優駿に駒を進めた。

兵庫優駿では、重賞ホースを抑えて単勝2.0倍の1番人気の支持を集めた。デビュー8年目に訪れた重賞初制覇のビッグチャンス。しかもその舞台は最高峰の“ダービー”だ。

「やっぱりもう緊張しすぎて、色々考えて非常に余裕がなかったです。人気自体はあんまり気にはしてないんですけど、“有力馬で重賞で勝ち負け”っていうのはもう勝手に頭に入ってくるんで、やっぱり普通のレースとは違いますね。そこでどれだけ平常心を保てるかどうかだと思うので、そこがちょっと未熟だったかなと思います」

結果は5着。優勝馬マルカイグアスや2着馬ウェラーマンが早目に動いてくる展開に、持ち味が出せずに悔しい結果となってしまった。

「結果は残念でしたけど、それを体験するのってなかなかできないですから。今にもつながってますし、今後の自分にもつながっていくとは思うんで。良い経験はさせてもらったかなとは思います」

永島厩舎で学びの日々

長谷部騎手は、昨年10月に小牧毅厩舎から永島太郎厩舎へと移籍を決断した。

「最初はまだ移籍先も決まっていなかったんですが、太郎さん(永島調教師)が『うちに来るか?』って声をかけてくださって、もうその場で決めました。僕にはもったいないぐらい良い厩舎に声をかけてもらったと思います」

永島太郎厩舎は、2020年に開業し今年6年目。今年も含めてここ3年はトップ10をキープしている注目の厩舎だ。
<参考:「戮力協心にして事に当たる ~永島太郎調教師~」(記事執筆2023年11月)>

永島調教師は、移籍当時のことをこう振り返る。

「『良い馬に乗りたいから移籍したいです』と言ってきたのではなく、『騎乗技術を上げたいんです』と言ってきたのでね。それならばと引き受けたんです。『馬に乗せてください』という話だったら、受けてはなかったです」

永島厩舎には、永島調教師と騎手時代の同期で二人三脚で厩舎の屋台骨を支えている松浦政宏厩務員がいる。永島調教師は騎手時代に地方通算2043勝(重賞21勝)、松浦厩務員は地方通算1216勝(重賞15勝)。元トップジョッキーの2人から直接学べる環境に身を置いている。

「移籍してきてすぐに木馬に乗って騎乗フォームを取らせて、それを2人でチェックしたら、『ホンマにそれで乗ってたんか?』というフォームだったんです」と永島師は振り返る。

「でもそこから松浦さんが細かく指導する中で、彼は、自分を変えよう、技術を身に付けようと目の色を変えて真面目に取り組み始めました。すごく努力していることが見て取れます」と永島師は評価している。

「太郎さんと政宏さんには色々と教えてもらっています。質問したら求めた以上の答えが返ってきます。ただ、実際にレースでそれをしようって思っても、なかなか体が・・・これまでの8年間の癖が取れないので、すぐにはできないですけど、しっかり頭の中ではイメージできています。少しずつ、少しずつですけど、良くはなってきてるかな」と話す長谷部騎手。日々の取り組みが実を結び始めている。

「あと、教えてもらっているのは太郎さんだけじゃなく政宏さんもなので、その名前もしっかりと書いておいてくださいね!技術を言語化するのって難しいんですよ、感覚の世界なんで。でも、それをできる技術もあるのですごいです」

その言葉に、“2人の師匠”への日々の感謝の気持ちが表れていた。

今の課題は、レース中の体の硬さだという。
「体が硬いから馬に無駄な負荷がかかっている。その分、最後に馬の体力も少なくなってくるぞ」と言われています。ポイントは膝の使い方にあるとのことで、改善すべく日々トレーニングに励んでいる。

「鴨宮さんはすごく柔軟に膝を使って乗っているなと思って見ています。自分も少しずつ膝が柔軟に使えてきたと言っても、まだまだ全然足りてないと思うんです。まずは膝を思うように、そして体のパーツをもう全部バラバラに自分の思うように使いたいですね。これが使えるようになったらまた見えてくるものがあると思いますし、できなかったものもできてくると思います。今は、地上ではできて、調教でもできるけど、レースになるとまだできないっていう感じですね」

頭では分かっていても、レースでは勝つために必死になる。すると意識すべきことが疎かになってしまう。今はその段階のようだ。

意識しながら繰り返しやり続けることで、無意識でもやれるようになっていく。「無意識に体の各パーツを柔軟に使えるようにしたい」と日々トレーニングに勤しんでいる。

スーパースプリント男

スーパースプリント戦に強い騎手といえば長谷部。兵庫のファンには、もうおなじみだ。その印象を裏付けるように、今年の園田820mと姫路800mはここまで16勝でトップだ。

<2025年 園田820mと姫路800mのリーディング> (成績は9月末まで)
1.長谷部駿弥 16-18-19-72 (125鞍)
2.吉村智洋  16- 3- 7-21 (47鞍)
3.土方颯太  14-12-11-74 (111鞍)
4.廣瀬航   12-17-12-60 (101鞍)
5.下原理   11- 7-10-52 (80鞍)

短距離戦に強い理由は、スタートが上手いこと。4ハロン戦はとりわけスタートが大事な要素だが、その騎乗数も最多であることは、その技術が関係者にも高く買われている証左だ。

永島師に聞くと、「スタートは天性のものがある。二の脚をつける技術はピカイチなので、あとはそのほかの部分を高めていけば」とやはりスタート技術の評価は高い。

長谷部騎手曰く、「自分で言うのもおかしいですけど、スタートは上手な方だと思います。太郎さんには『ゲートは乗ってる人の感覚でしか分からない部分だから教えられないもの。それを持ってるのは大きい』と言われました」とのことだが、デビュー当初はそれほどでもなかったという。3年目くらいからスタートが巧みである自覚が芽生えたものの、何か意識して変えたとか、コツ掴んだきっかけがあったわけではなく自然とそうなっていたということだ。

「意識としては、ゲートの中で馬をリラックスさせるように。人も馬もリラックスするようには心掛けていますが、何かコツがあるかと言われると・・・(苦笑)」

“天性の武器”は自然と感覚で掴んだもの。そして、今はそこに意図して新たな強みを加えようと必死になっている。

「スタートが生かせてるのは良いと思いますけど、それはこれまでの自分なので。これからは800m以外でも、騎乗依頼が来るような騎手になりたいです」と力強く語った。

努力の積み重ね、充実の今

西脇トレセンでは、長谷部騎手が調教番長だという。

「西脇の騎手の中では、帰るのはだいたい僕が最後ですね。調教の1頭目は朝の1時半くらいから乗って、最後は8時台に乗って終わりって感じです。競馬のない日だったら20頭くらい調教に乗っています。『他厩舎優先でやっていいから』って言ってもらっているので、そこは言葉に甘えて、盛本厩舎、石橋厩舎など多く厩舎の調教に乗せていただいています」

元々攻め馬の数は多かったというが、永島厩舎移籍後にはより増えたという。

「他厩舎の調教を終えてから自厩舎も手伝いに行きます。引き受けてもらった身なので、やっぱりその分は厩舎に貢献しないといけないので」

永島師は「10年近く騎手をやってきた中で、もう一度自分を見つめなおして変わろうってなかなかできるものじゃないよね」とその真面目に取り組む姿勢を評価。
「性格も明るく変わってきたように思う。後輩ができたことも大きいかな」と来年永島厩舎所属でデビュー予定の騎手候補生(南部楓馬くん)の存在も彼を成長させているようだ。

そして、休日もまた、鍛錬に当てることが多い。
「ここ最近は、休みの日はトレーニングジム行ったり、西脇と園田の全休日が違う時には園田に行って調教を手伝わせてもらったりしています」

ジョッキーとして更なる高み目指すため、今が頑張り時と分かっている。

「たまに釣りとかキャンプには行ったりします。ジョッキー仲間と行ったり、一人で行ったりもします。子供が生まれてからは回数は減りましたけどね」

2年前に生まれた息子も2歳になった。第一子となる愛息が誕生したその日にメインレースを勝ったのは今でも語り草だ。

「休日はジムに行くか、園田に乗りに来るか、家族サービスしてるかって感じですね。やってることがちゃんと実になってきてるっていうのもあって、今すごく楽しいです」

その話しぶりからも充実感が伝わってきた。

これからの目標と夢

今年ここまで50勝。リーディング7位につけているという現状を長谷部騎手自身はどう見ているのか。
「移籍1年目でこんなに勝たせてもらえるとは思ってなかったので、すごくありがたいです。太郎さんと政宏さんに教えてもらったのが大きいですね。それと、移籍した時、厩舎の皆さんも温かく迎えてくださって・・・永島厩舎全体の頑張りと僕の頑張りとで、今この数字につながってるのかなと思います」

厩舎のみんなの支えがあって、チーム一丸となっての数字だと胸を張った。

「目標はキャリアハイの更新と、まだ10位以内に入ったことがないのでこのままトップ10をキープしたいですね」と残り3カ月で目指すものはハッキリしている。自身のキャリアハイは2022年の58勝なのであと9勝で更新となるが、そこに留まらずまだまだ数字は伸ばしていけそうだ。

そして、さらに視線を上げる。
「でっかい夢で言えばもちろんそれはリーディングですし、グレードレースも勝ってみたい。現実的な夢でいうと、トップ5をキープできるようなジョッキーになりたいです。一度入っても、やっぱりそれをキープするのがとても難しいですから」

まだ重賞未勝利の長谷部騎手だが、永島厩舎もビッグタイトルとは縁がない。
「自厩舎の初重賞制覇を自分の騎乗でできたらすごく嬉しいですね。その機会もただ待つんじゃなくてやっぱり自分から作っていかないといけないです」

そう語った後、「でもとにかく今はトップ10に入ってそれをキープすること。それが目先の20代の目標ですね」と締めくくった。

高みを目指すが上を見すぎず、地に足をつけて着実に一歩ずつ進んでいくという決意が感じられた。「生きていて楽しいです」と語る顔は、どこまでも真っ直ぐだった。

ひたすら高みを目指す9年目、長谷部駿弥騎手。
粉骨砕身の日々は輝く未来へとつながっている。

文:三宅きみひと
写真:齋藤寿一

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