積土成山 継続は力なり
~永井孝典騎手~
年に一度行われる820mの重賞、第13回園田FCスプリント。高知からは大会2連覇中のダノングッド(高知)やダノンジャスティスが遠征するなど、今年も実績馬が揃った。
レース当日の午前中まで激しい雨が降り続いた。その影響で馬場状態は不良。曇天の空模様で行われた電撃戦は4連勝中の上がり馬「メイプルシスター」が制した。持ち前のスピードでオープン馬を一蹴。同馬初騎乗の永井孝典騎手が与えられたチャンスをものにして初の重賞タイトルを獲得。今回のクローズアップは7年目の永井孝典騎手に迫る。
重圧を乗り越えて掴んだ栄光
永井騎手が跨ったメイプルシスターはワンターン戦で快進撃をみせていた。今年の姫路シリーズからスーパースプリント路線に矛先を向けると4連勝。前走は軽斤量の恩恵もあったがオープン特別を勝利。格上挑戦ながら3番人気の支持を受けた。
「癖がなくて乗りやすい馬ですね。園田FCスプリントの最終追い切りは、同厩舎のメイプルグレイトを煽る勢いがあって凄く良い感触でした」
確かな手応えを掴んでいた。しかし、今回の舞台は重賞レース。高知からは前年の1,2着馬(ダノングッド、ダノンジャスティス)も参戦するなど、スピード自慢の快速馬と激突する。定量、メンバー強化を不安視する声もあったが、レースの主導権を握ったのはメイプルシスターだった。
「スタートはあまり決まった感じはなかったです。二の脚が速いは分かっていたので、何が何でも行くだけだなと。ハナに行けたのでこれなら行けるかなと思いました。追い切りの感じだと820mであのレースができるイメージはありませんでした。レースに行くとガラッと変わりますね」と、レースに行くとスイッチが入る彼女の変貌に驚いていた。
勝負どころでは後続に跨る騎手のアクションが激しくなっていたがメイプルシスターは持ったまま。抜群の手応えで4角を迎える。
「主導権を握って余裕があったので、道中で脚をタメていけたら勝てるかなと考えていました。理想通りの展開に持ち込めたのも大きかったですね」
直線に入ってから追い出しを開始。一気に加速するとみるみるうちにリードが広がっていく。2着のパーに5馬身差をつける圧勝で彼女に初タイトルをもたらした。
まさに完勝といえる内容だったが、跨っていた永井騎手はゴールまで懸命に追い続けていた。
「『何も来ないでくれ』と願いながら、ゴールまでがむしゃらに追っていました。後で映像を観ましたが恥ずかしいですね(笑)」と照れながら振り返る。
メイプルシスターと共に検量前へ引き上げてくると、何度も何度も天高く拳を突き上げていた。普段はポーカーフェイスで冷静沈着な永井騎手が珍しく喜びを爆発させた。
「先輩騎手や調教師の先生が祝福してくれて、それに応える形で何度もガッツポーズしました。先頭でゴールして『嬉しい』というよりホッとしました。勝たなければいけないという緊張感から解放されて良かったという気持ちですね」
重賞を獲れた喜びよりも周囲からの期待に応えられた事に安堵していた。
検量前ではメイプルシスターを管理する大山寿文調教師と握手を交わした。
「大山調教師と何を話していたかは・・・覚えていないですね(笑)。今回騎乗出来たのも大山調教師や担当厩務員さんが馬主さんにお願いして頂いたおかげなんですよ」と感謝の言葉を述べた。
大山寿文調教師はレース後の取材で、「メイプルブラザーなど乗り難しい馬の攻め馬もよく乗ってくれています。全休日にも調教に乗りに来てくれたりと、努力している姿を見ていました。相当なプレッシャーだったかと思いますが、跳ねのけて結果を出した永井騎手が偉いですよ」
重圧の中で結果を残した永井孝典騎手を賞賛。自分の事のように嬉しそうに話をされていた。
永井騎手はこれまで何度も“重賞”という大きな壁に跳ね返されてきた。
「決めるべきところで決める事が出来て良かったです。過去に何度も悔しい思いをしましたし・・・それがあったから乗り越える事が出来ました」
意識改革で壁を乗り越える
永井騎手は2017年に騎手デビューすると、4月27日に初勝利を挙げた。順調に勝ち星を積み重ねると同年9月6日に20勝目を挙げて減量卒業を決める。
減量規定が全国統一される前の兵庫は20勝で減量卒業という規定になっていた。
ルーキーイヤーに年間33勝を挙げて田中学騎手が持つ当時の兵庫県競馬新人最多勝記録(32勝)を更新している。先輩騎手と同斤量になってからも勝ち鞍を伸ばしての記録。永井騎手の数字がいかに凄いが分かる。
デビュー2年目のゴールデンウィークに行われた兵庫チャンピオンシップ(エンジェルアイドル 8着)で地元重賞初騎乗を果たす。以降、重賞に跨る機会も徐々に増加していった。
「応援してくれる方が沢山いて、重賞で何度もチャンスを頂きました。でも期待に応える事が出来なくて・・・・早く決めなきゃという焦りもありましたね」
『期待に応えたい』が結果に結びつかない。重賞の壁に苦しみ藻掻いていた。
「メンタルが弱くて気持ちで負けていましたね。弱気になって消極的なレースをしてしまう事が多々ありました。勝てそうな馬でも勝てなくて・・・」と当時を振り返る。控えめな性格で感情を表に出さないタイプの永井騎手。大人しい自身の性格がレースにも出てしまっていたようだ。
デビュー5年目の2021年にチャンスが訪れる。前年の11月にエイシンイナズマが門別から転入すると初戦からコンビを任された。移籍初戦は3着だったが、以降は条件戦を連勝。JRA交流戦でも連続2着に入る健闘をみせ、春の重賞戦線に挑むことになる。
兵庫ユースカップは道中2番手から先に直線で抜け出すが、サラコナンに首差かわされ2着。菊水賞は2周目3コーナーで早め先頭に立つ強気な競馬をみせる。しかし、ゴール手前でシェナキングに捕まり1/2馬身差の2着だった。
「勝てそうで勝てない中でも乗せ続けてくれたオーナーさん、平松先生に勝利という恩返しをしたかった」が、勝利にあと一歩届かなかった。
次走の兵庫ダービーは下原騎手に乗り替わりという屈辱を味わったが、この悔しさが成長に繋がっている。
「エイシンイナズマでの経験をきっかけに、レースに対しての気持ちの持っていき方を変えました。枠入り前に不安にならないように、弱気にならないように自信を持って乗るように心掛けました。普段のレースでも余裕を持って乗れるようになりましたね」
ネガティブな気持ちを取り払う事により平常心でレースに臨むことが出来るようになった。数多くの苦難を乗り越えてきた先輩騎手からも助言を得ている。
「苦しい時期をどう乗り越えたのか話を聞いています。広瀬騎手からもアドバイスを貰いました」
デビュー20年目で涙の初重賞制覇を飾った広瀬航騎手。勝ち鞍を伸ばせず、悔しさに耐える時期が長かった苦労人だが、精進を重ねてトップジョッキーの1人となった。去年は勝ち鞍を138勝まで伸ばしている。
「広瀬騎手の経験談を聞かせて貰ってどう努力されたのか。参考にさせて貰いました。『今、頑張るときやで』と言って頂きました」
飛躍を遂げた先輩からの言葉を胸に更なる飛躍を誓う。
上位を脅かす存在に
永井騎手は7月28日(金)終了時点で年間38勝。早くも去年の勝利数(40勝)に迫っている。デビュー3年目に記録したキャリアハイ(45勝)も更新間近だ。兵庫リーディングは9位につけており、自身初のベスト10入りも見えている。
「気持ちの持ち方を変えてから、近況は自信を持って乗れるようになりました。園田、西脇関係なく様々な陣営から騎乗依頼を頂いているのも大きいですね」
勝ち鞍を伸ばせている要因を冷静に語った。精神面の強化だけでなく、自ら積極的に動くことで自身をアピール。園田の調教や能力検査にも顔を出している。7月21日(金)は高本友芳厩舎(園田)の管理馬で2勝を挙げた。
「高本先生から指名を頂いて騎乗しています。有力馬で結果を残せて良かったです」
勝利だけでなく騎乗数も増加している。今年は7月28日終了時点で騎乗数が460鞍を超えた。順調にいけば昨年、一昨年の騎乗数を上回るペース。多くの陣営に期待されている証だ。
調教で跨る際に工夫していること、意識している事がある。
「馬によって性格、体質、体格が異なるので、馬によって乗り方を変えていますね。常に『綺麗な姿勢で乗る』ことを心掛けています。見ている方に良い印象を与えることができればレースに繋がっていきますからね」
乗り方だけでなく、関係者に好感を持って貰えるための努力が数字となって表れているようだ。
1月に3歳年上の松木大地騎手が兵庫クイーンセレクションで重賞初制覇を飾った。今年は20代騎手の活躍が光る。永井騎手と同期の長谷部駿弥騎手も昨年キャリアハイ(58勝)を更新。園田・姫路のスーパースプリントで上位騎手を抑えてトップの勝ち鞍をマークするなど頭角を現している。
「松木騎手とは『おめでとう』と言い合いましたよ。年も近いので『お互い頑張っていかないとな』と。僕ら世代が勝ち鞍を伸ばしてアピールしていかないといけないので」
兵庫は吉村智洋騎手、下原理騎手、田中学騎手の3強時代が続いている。2020年、2021年に笹田知宏騎手、2021年、2022年は広瀬航騎手が年間100勝に到達をしているが、上位3名の顔触れは変わらない。
兵庫を担う若手騎手達がどこまで迫れるか注目していきたい。
兵庫県競馬は近年若手騎手が増加。2020年に3名、今年は山本屋太三騎手がデビュー。現在、騎手候補生4名が競馬場実習を行っている。順調にいけば来春デビューを迎える予定だ。
「後輩は増加していますが、とりあえず自分の乗り馬をキープしたいですね。これまでと変わらず調教師、厩務員さんとの信頼関係を大事に。これからも地道にアピールを続けます」
新進気鋭の若手が増えてもやる事は変わらない。継続は力なりだ。
後輩騎手からアドバイスを求められる立場になりつつあるが「言えないんですよね・・・自分に自信がないので(笑)」と控えめだ。
今後の目標
「調子の波はありますけど、リーディング5位以内は目指したいですね。重賞は何個も勝っていけるように。所属する田村彰啓厩舎で重賞タイトルを獲りたいです。デビュー前からずっと気にかけてもらっているので恩返しがしたいです」
田村先生は永井騎手が他厩舎の調教にも乗れるように、騎乗数の調整をするなどデビューからサポートをしてくれている。
7月27日のJRA認定アッパートライ競走では田村厩舎のゴールデンロンドンで勝利。賞金加算に成功し、師弟タッグでの重賞制覇へ一歩前進した。
流行り病の影響で表舞台でのインタビューが3年弱自粛されていたが、今年5月から勝利騎手インタビューが再開。永井騎手は5月以降に2度メインレースを勝利し、お立ち台に上がっている。
「インタビューは苦手なんですよ(笑)。まだ慣れないです。何回立っても緊張しますよ。言葉を選んで答えなければならないので・・・」と渋い表情。
元々喋ることが得意ではないだけに、インタビューは苦手意識があるようだ。
過去に何度もインタビューを経験しているベテラン、中堅騎手でも久しぶりのお立ち台に戸惑っている様子がみられた。
重賞級の有力馬に跨る機会が増加すれば、インタビューを受ける機会も自然と増える。経験を積むことによって自信もついていく。将来、自信を持ってお立ち台に上がる永井騎手がみられるかもしれない。
永井騎手は7月25日(火)で行われた第13回習志野きらっとスプリント(船橋)はメイプルシスターと共に挑戦。抜群のスタートを切ったメイプルシスターは道中2番手追走。直線で力尽きて結果は7着だったが、勝負どころでも南関東の実績馬に食らいつき見せ場はあった。
「牝馬にしてはドシっと構えているので環境の変化も苦にしないタイプ。良いスタートが切れていい位置につけられました。終始外々をまわる形になりましたがよく頑張ってくれましたよ。今後に繋がるレースが出来ましたね」と振り返る。
南関東は初騎乗だった永井騎手は「もう少し大事に乗っていければ良かったかなと・・・僕の経験不足ですね。これからもっと頑張らないとですね」と気を引き締めた。
コツコツと積み上げてきた努力が結果となって表れてきた。上位陣を脅かす存在となっていくであろう。
文:鈴木セイヤ
写真:斎藤寿一