騎手クローズアップ

目標の向こうに夢がある

~鴨宮祥行騎手~

デビュー12年目の昨年、96勝を挙げて初めてのリーディングトップ5入りを果たした鴨宮祥行騎手。大晦日には久々の重賞制覇も果たし、年間勝利数のキャリアハイも更新した充実の1年を終えた。

昨年11月2日に30歳の誕生日を迎え、若手から中堅へと立場も変わりつつある中、日々進化を続ける鴨宮騎手に今月は迫る。

大晦日前の憂鬱

2023年を締めくくる大晦日の園田ジュニアカップ。2歳馬の出世レースとして名高い重賞に向けて様々なステップレースが行われる中、鴨宮騎手にも本番でチャンスがありそうな馬への騎乗依頼が来ていた。

11/29のアッパートライ。鴨宮騎手はウェラーマンに騎乗して8馬身差の圧勝、新馬戦勝利の吉村騎手から乗り替わりできっちり勝利を収め、陣営の期待に応えた。

しかし・・・本番では吉村騎手に手が戻ることになった。

「それはもう分かるんですよ、吉村さんが空いているんだったら乗ってもらいたいと僕が馬主やったとしても思いますし」

さらに12/6のアッパートライでは下原騎手からバトンを受けてミスターダーリンに騎乗。7番人気ながらマミエミモモタローにクビ差迫る2着に奮闘した。

しかし・・・こちらも本番は下原騎手が再び騎乗することに。

上位の騎手が空いているならその騎手に頼むのは優勝劣敗の世界において自然なこと。「そういう世界と割り切ってはいる」というが、前哨戦で結果を出しても次は乗れない悔しさはあったに違いない。

「これでもあかんかぁ、でもここで頼まれるようなジョッキーにならんとなぁ」

大晦日の歓喜

「あ~本番乗り馬ないわ」と思っていたところに、橋本忠明厩舎からマルカイグアスの騎乗依頼が舞い込んだ。田中学騎手のお手馬だったが、腰を痛めて休養が長引いていたためレースの前週に声をかけられた。

「僕に声がかかって・・・あれはホンマに嬉しかったですよ」

マルカイグアスは、元々主戦を予定していた田中騎手が騎乗不可となってしまった8/30の新馬戦でデビューし、吉村騎手の手綱で勝利した。

続く10/12のネクストスター園田は5着、11/15のアッパートライは2着と田中騎手を背に世代上位の力は見せつつもあと一歩のレースが続いていた。そんな中で大晦日の大一番を迎えた。

重賞3勝の無敗馬マミエミモモタローが出走できなくなったことでに他に混戦ムードが漂う園田ジュニアカップ。

鴨宮騎手もマルカイグアスには調教で跨り、良い手応えを感じながら迎えたレースだった。

「体が大きくて緩い馬なので、早目から急かして進出していっちゃうと走りがほどけちゃうようなイメージがありました。なのでそれだけはやめておきたいと、これまでのレースを見ながら思っていました」

レース前の「内枠が欲しい」とコメントとは裏腹に、外目の9番枠からのスタートとなった。若干後手を踏んだ飛び出しだったが、そこから中団のポジションへ。

「僕は内回りが良いと思ってたんですが、レース終わってから学さん(田中騎手)には『あの馬は内を回る馬じゃないで』と言われました。内で溜めて乗りたいと思っていたんですけどね。結局外を回って勝ちましたが、スタートして吉村さん(ウェラーマン)の後ろを取れた時点でこれはいいかもと思いました。そこからあとは馬がほどけないようにだけ、向正面も早目に動かさずに吉村さんの後ろでじっとして。ミスターダーリンがクラウドノイズを早目に突きに行ってペースは流れたので。うまくはまりました」とレースを振り返った。

「でも実は覚えてないんです。『絶好の位置が取れた!やった!』からホンマに覚えていなくて。あとで映像を見返したからこうやって話していますけど。4コーナーもタイトに回ってうまく乗ったなと周りからは言われたんですけど・・・全然覚えてないんですよ。もう本当に必死でした。勝った後は『うぉっしゃぁぁぁ!』って叫んでました(笑)」

レース後は本当に嬉しそうな表情を浮かべていたのが印象的だった。

「地元の重賞は久しぶりやったんでね。一昨年インペリシャブル(兵庫ウインターカップ)で勝ちましたけど川崎の馬でしたから。もちろんその時も周りは喜んでくれたけど、先生や厩務員さんとかと喜びを分かち合えるのって地元の馬なんでね」

兵庫の馬で地元重賞を勝つのは、2018年に園田チャレンジカップをセンペンバンカで勝って以来5年ぶりのことだった。気心知れた間柄でずっと一緒に頑張ってきた人と共に喜べるからこその価値ある地元重賞制覇だった。

キャリアハイ

昨年は自身最多となる年間96勝を挙げてキャリアハイを更新した鴨宮騎手。

2018年に77勝を挙げてリーディング6位の自身最高をマークしたが、その後成績は横ばい。10位以内こそ堅守していたが、あと一歩のところで殻を破れないでいた。そんな中、2022年に80勝、昨年96勝と2年続けてのキャリアハイ更新となった。30歳を迎え、ブレイクスルーを予感させている。

「(96勝は)よくできた方やと思いますよ。年間100勝は数字として目指していて、月8勝を最低ノルマに考えて12ヶ月で96勝。どこかでボーナス月があって100勝できたらという計算をしていたら、きっちり月8で終わった・・・(苦笑) 実際はボーナス月もあったけど、勝てない月があったのが響きましたね」

去年の月別の勝ち鞍は1月から4月まで10勝、6勝、8勝、8勝とまさに月8勝ペースだった。ところが5月から7月にかけて、5勝、4勝、6勝と数字を伸ばせず、この3ヶ月で計9勝分のマイナスを作ってしまった。

目標が遠のく中、8月に4日間の騎乗停止まで受けてしまう不運もあったがここから逆襲が始まった。8月は計10日間の騎乗ながら9勝を挙げて巻き返すと、9月以降は10勝、9勝、10勝、11勝とノルマを上回り続けて夏前に作った借金を返済した。

「年末の3日間だけで6勝したんですよ。“大晦日に8鞍中5つ勝てば100勝”という実現可能な数字で最終日を迎えました。大晦日まで100勝の可能性を残したというのは本当に自分を褒めたいです。そこは頑張ったなと思いました」

「乗り馬の質は本当に良くなりました、ありがたいことです。真面目に10年以上やってきて、ちょっとずつ(良い馬が)回ってくるようになりました。何かが一気に変わったことはないですね」

レース前日にはパーソナルジムでトレーニングに励むようになったり、結婚して生涯の伴侶を得たりなど色んな変化はあったが、どれか一つがきっかけだったということではない。できることを一つずつ積み重ねてきた結果として今がある。

自身初のトップ5入り

さらに昨年はリーディング5位。初めてのトップ5入りも果たした。しかし、2023年は不安のスタートだったと振り返る。

「一昨年の終盤に乗れていない時期があって、そんな中で田野さんがフィーバーしてきて、咲希到(山本騎手)が入ってきて。自分がそこまで上手じゃないから、もし後輩が乗れてきて1年でフルに戦った時にどこまでの順位におれるんやろうと思って始まった1年やったんですよ正直。なので終わってみれば、結構頑張ったなぁ俺・・・って」

去年は杉浦騎手や田野騎手と同世代で5位を争った。田野騎手が怪我で争いから遅れたのは残念だったが、鴨宮騎手96勝、杉浦騎手92勝と僅差だった。

「健太さんと『来年は100勝をした上で争いたいですね。来年こそは2人で100勝しましょ!』と話していました」

そして迎えた今年。年が明ければ、年始からの園田6日間でわずか1勝ずつ。「健太さん、これ僕らコケてます?もしかして?」って・・・(笑)

しかし姫路競馬が幕を開けるとお互いに勝ち星を量産。姫路スタートから9日間で鴨宮騎手は9勝、杉浦騎手も6勝ときっちり波に乗るのだからさすがだ。

「やっぱりホッとしましたよ。年明けから半年くらいまでは96という数字持っていきたいですもんね」と本音がチラリ。

年が変わると積み上げた数字も0にリセット。ひとつふたつと勝って流れに乗るまで気持ちも少し落ち着かないようだが、「姫路は乗りやすいです」という言葉の通りにここからさらに勢いは加速する。

長所は・・・

鴨宮騎手にストロングポイントを聞いてみた。

しばらく考えた上で、「人柄、ですかね・・・?自分でいうのもなんですけど、周りの人にホンマに良くしてもらっている」と答えが返ってきた。

「学校時代から『ここが良いよな』ってことを全然言われないんですよ。スタートも上手いなぁと思う人いっぱいいるし、学さんとか理さん(下原騎手)みたいに道中の巧さないし、吉村さんとか航さん(広瀬騎手)程追えないし・・・」

特徴がないといえば聞こえは悪いが、平均的にバランスが取れている優秀な騎手もいる。

「でも、これといって上手いところはないけどよく勝つよなっていうのが一番強いんじゃないかと最近は思っています」

174cmの長身の持ち主。体重の制約がある職業だけに苦労は人一倍かと思ったが、減量を大変とは思ってはいないそうだ。

「曜日で体重を決めていて変動幅が1年中ずっと1kg範囲になるようにしています。減量のしんどい人の中にはレースが終わったら2,3kg増える人もいるけど、それを僕がしたらダメなので」

レースの何日前にはこの体重と日々決めて、毎週毎日それを守って節制をしている。

「体重のこともあるから好きなものを好きなだけ食べられるわけじゃないし、休みは週1日だけどその中でも楽しめますから。競馬は楽しいですし。人の期待に応えるのも好きやし、勝って喜んでもらえるのも生きがいです」

周りからは大変そうと思えることも、ネガティブに捉えるのではなくいい側面を切り取って考えられる。インタビュー中も端々からそれが感じられた。本人が話す「人柄」を「人間力」と言い換えてもいいかもしれない。この点も間違いなく長所の一つだろう。

兄弟子と弟弟子

兵庫県競馬ではこの春に新人騎手4人がデビューする予定だが、1人は栗林徹治厩舎所属。すなわち、鴨宮騎手に弟弟子ができることになる。

4人の騎手候補生は、昨秋まで実習で競馬場を訪れており既に何度もコンタクトを取っているが、少々兄弟子としての難しさを感じているようだ。

「若干引かれてるかな、遠慮されているかなと。そうならないようにしているつもりですけどね。こっちが冗談ぽく言っても、10も上の先輩からの言葉だと17,8歳の子は引いちゃうので。距離の詰め方が雑やったんかな・・・」と先輩の方が反省モード。この辺りもやはり鴨宮騎手の人柄の良さが滲み出ているエピソードだろう。

鴨宮騎手には直接の兄弟子はいなかったが、デビュー当時から田中学騎手を兄弟子のように慕っている。

元々田中道夫厩舎に所属予定だったのが変更になった経緯があり、
「最初は『お前かうちに来る予定やったんは』みたいな感じで学さんに声をかけてもらいました。背丈も似てるし、その時の僕からしたらカッコいいなとかすごいなって。悪く言う人がいないんですよ、学さんのことを。レースの乗り方についてはあまり言われたことはないですが、人としての立ち振る舞いの部分は色々と言ってくれました。騎手としてだけではなく人としてもすごいと思います」と尊敬している。

「今も常に学さんに見られてると思ってジョッキーしている感じです。そうさせてもらえているのがありがたいですね」

マルカイグアスの勝利も、開催終わりにすぐに電話で報告した。「よくやったな」と“弟弟子”からの報告を喜んでくれた。

今年の目標

昨年も掲げていた年間100勝がまずは今年の目標だ。

「年間の勝利数だけが全てではないと思っていますし、吉村さんとか、学さん、理さんが300とか200勝している中、100勝でどうこうは言えないですけど、『すれば変わるよ』と言われているので。平松先生とか色んな人に言われますね。航さんもそうじゃないですか、1回したらポンポンと行ったし」

100勝の壁に挑み、それをクリアすることで新しい世界が広がっていくということは先輩が証明済み、間違いないようだ。今年改めてそこにチャレンジする。

「これで今年はもう絶対しなきゃいけなくなった。周りの目もありますしね。ずっとネクストブレイクと言われ続けてここまで来てますから。健太さん(杉浦騎手)ほど重賞も勝ってないですし、跳ねないのでね。どこかで跳ねないと!」

さらに最近は1勝の重みを感じるようになってきた。

「100勝もしたいけど、1勝1勝をすごく大事にしたいです。どちらかというと元々普段調教乗っていても本番は乗れないという側なので、乗り替わりの悔しさや乗せてもらえる有難さが分かります。簡単にレースに乗れるわけじゃない、馬主さんや先生、厩務員さんとかに頼んでもらってこそ乗れるというのは、ここ2、3年意識するようになりました。良い馬を頼まれてこそ勝ち負けできる仕事なので1つ1つを本当に大事にしたい」

馬に乗れることは当たり前じゃないということを強く痛感し、感謝の思いを持ちながら日々レースに臨んでいる。

経験は財産

コロナ禍がスタートした2020年3月、初めてJRA遠征を経験した。阪神競馬場でドバイキャンドルに跨って1勝クラスのレースに出走した翌週には中山競馬場へ。G2のスプリングSにガミラスジャクソンで参戦。

そこで大きな衝撃を受けた。

「当時はコロナで無観客の開催が始まっていたので大観衆の前で乗るという経験はできなかったんですが、レース前の騎手ルームの雰囲気にビックリしました。騎手がみんなリラックスしていてこれから重賞っていう感じじゃないように見えたんです。園田の1レースのグリグリ(総本命馬)で緊張してる場合じゃないって思いました」

それから「いい意味で舐めてかかる」気持ちを持つ余裕ができた。舐めるというと言葉は悪いが、“あの大舞台に比べたら大したプレッシャーではないはず”と心の余裕を生み、自らのメンタルをうまくコントロールするのはプロにとって必要なスキルだ。

これを遠征という経験から持ち帰った。

今年、目標の先に新たな夢を抱いている。

「今年は絶対に100勝しないといけない。そしてそれが達成できたら、短期でどこか行ってみたいです、海外とか!海外が無理でも、どこかちょっと他の競馬場で乗ってみたい!行ったら行ったで自分アカンやんって絶対思うはずです」

「無収入になっても、寝藁作業をやるところからでもいい」と、環境を変えて乗る新たな経験に目を輝かせた。

「大井の翼(笹川騎手)が南関東のリーディングをとって、今年カタールに行くじゃないですか。かっこいい。あれを先にやりたかった(笑)」と、兵庫のイグナイターに騎乗しJBCスプリントでJpn1制覇を果たした一つ下の後輩からも強い刺激を受けている。

「せっかく騎手免許を持っているんだから、もっと世界を拡げないともったいない」と園田・姫路のままで収まるつもりはない。

経験は余裕を生み、成長を促す。挑戦を続ければ、経験は幾重にも積み上がり、やがてそれは大きな財産となる。

30代に突入し、目標の先に新たな夢を抱いた鴨宮祥行騎手。
成功も失敗もそれは全て経験となる。飽くなき挑戦を続ける生き様にこれからも熱視線を送りたい。

文:三宅きみひと 
写真:斎藤寿一   

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